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邪道作家第五巻 狂瀾怒濤・災害作家は跡を濁す 分割版その2 

新規用一巻横書き記事

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)

   2

 誰にでも言える言葉に価値はない。
 他でもないこの私の心(あるのか?)を動かしたいのであれば、誰一人思いつかず、かつ己の魂の叫びを言うべきだろう。
 とはいえ、だ。
 人を信じない英雄か。英雄というのは人間の信頼を、いやその他大勢の身勝手な欲望を背に背負う上で、民衆にとって都合の良い政治形態を作り出すための装置みたいな「モノ」というのは、些か以上につまらない答えだ。
 誰にでも言える。
 この程度、常識だろう。 
 少なくとも、人間を信じなければ。
「英雄は人間の希望の象徴だろう?」
 当然、皮肉だ。
 英雄など、才能に溺れただけの愚か者。そして世界を変えられると思いこんでいる、その他大勢を熱狂させて、尊い意志がここにあると、そう思いこんで正義の味方ごっこをしている、ただの頭の悪い子供でしかない。
 下らない。
 英雄に価値など無い。
 だから私はこう続けた。
「無論、世界を善意が変えることなどありえないから、何の意味も無いがな。世界の意識を変える事が出来るのは、「悪」だけだ」
「何故?」
 意味が分からないのか。不思議そうに彼女は聞くのだった。
「善意で世界が変わることが、信じられませんか・・・・・・それは臆病なだけでは?」
「ふん。なら、聞くが・・・・・・人間の善意に、法王でもイエスでもいい。それは尊く、美しいのかもしれないが・・・・・・その他大勢の、「弱い」人間に彼ら聖職者の言葉が、届くか?」
「どういう意味ですか」
「人間は弱い・・・・・・弱さを糧にして勝つことが出来るのは、人間の本質だ。最初から善意だけで、つまりこの世界の美しい部分だけしか知らない人間には、重みがないのさ」
「重み?・・・・・・」
「ああ。じゃあただの天才でもいい。才能を使い苦労もせず、上に上り詰めた人間がいるとしよう・・・・・・それは善意だけの人間と変わらないんだ。善意というのは、ただそれだけを持つというのは人間の汚い部分を、克服し戦わないからだ。悪意だけでは世界は滅茶苦茶になるだろうが、善意だけでは飽和する」
「観念的すぎて、分かり難いですが、要は清濁併せ持つことで見える景色もある。そういうことでしょうか?」
「そんなところだ。英雄だかなんだか知らないが「善意」を持つなら敵にすらならん。私には下らない洗脳技術は通じないのでな」
 実際、私が誰かに魅了されて、信奉する姿が想像もできないし、無理があるだろう。
「・・・・・・早とちりさせて何ですが、今回の標的は悪意、というか、人間らしい男ですよ」
「そうなのか?」
 良く分からない噺だが、金になればいい。
 この場合、私の寿命になれば。
 長生きに正直興味はないが、貰えるモノは何でも貰うことにしよう。
「私は無宗教だが、しかし気になるんだが、実際神の言葉なんて、綺麗事だろう? どの宗教でもそう感じるが」
「それは神に対する冒涜ですか?」
 からかうように彼女は言った。
 私は構わなかった。
 相手が何であれ、そうだがな。
「いや、そんな大層なモノではない。ただ、神は人間と違い全知全能で、人間よりも、まぁ何を持ってかは知らないが「高い」ステージにいるというならば、人間の心情を思いやれるはずなんてないだろう? 所詮安全圏からの言葉だ。高いところか言っているだけだ」
 そんな言葉が、届くはずがない。
 だが実際世界に宗教は浸透しているところを見るに、人間は綺麗事に身を任せるのが、好きなだけかもしれない。
 だが。
「そうでもありませんよ。確かに、人間が神になれないように、神は人間と同じにはなれません。ですが、思いやり、道を正すことはできます」
「それこそ思い上がりだ。例え神であろうが、自身が歩いたこともない道を、知った風な面して語るのは詐欺師の了見さ」
「器が小さい人ですね」
「かもな。だが、知った風な言葉を言うだけ、あるいは語るだけ語って、誰一人救わず、そのくせ自分自身は敗北も屈辱も苦悩も苦労も辛酸も無いくせに、綺麗事を広めるよりはマシだ。聖職者は尊い存在かもしれないが、尊いだけだ」
 少なくとも私のような狂気は、知りもしないだろう・・・・・・狂気にまみれた人間が、敗北から苦悩し、敗北の運命を克服しようとする人間が、そんな小綺麗な肩書きを持つとは、思えない。
「お前等の綺麗事は正しい・・・・・・聖書に書かれていることは何よりも正しいだろう。だが正しいだけで人間には響かない。大抵の人間は敗北し、苦悩して、順風満帆な存在から綺麗事を言われたところで、憤るだけだ」
「・・・・・・納得行きませんね」
 なんだろう、何か宗教でもあるのか?
 野球選手が野球は金で動くスポーツだと言われたかのように、タマモは文句を言うのだった。
「上から目線じゃ駄目ですか? 私は持つ側の人間でしたが、持つ側は、人の心を動かしては、いけないと言うのですか?」
「・・・・・・・・・・・・そうでは無い。私が、持たざる者が持たないまま勝たなければいけないように、持つ側の存在は、持たざる者の立場を、哀れむのではなく変えなければならないのさ。私は理不尽にも敗北が約束されている運命を変えなければならない持たざる者だった。貴様は理不尽にも勝利を約束されている、成長の見込みのない持つ側の存在だった。だちらかだけでは駄目なのだ。それに、負けてもいい、正しい道を歩けばなどというのは、やはり敗北を知らない人間の言葉でしかないんだよ。全力で挑み続け、それで屈辱に震える人間に、届かないと知りながらも勝利を目指す人間に、上から声をかけて良い道理はない」
 例え、それが神だとしても。
 上から哀れむだけでは神失格だ。
 だからこそ。
「敗北者は尊く勇気を与える。勝利者は中身のない希望を与える。どちらも同じだ。片方だけでは意味がない。成長するためには、自身にない部分を学ばなければ」
 私は嫌と言うほど学んだ。
 共感はしなかったが。
 理解した。
 届かないと知りながらも、手に入らないと理解しながらも、敗北者は先を目指す。
 持たざる者は。
 上を見る。
「ま、私はそれでも届かなかったがな・・・・・・」
 それでも、上に運良く立っているだけの存在に勝てないと言うのだから、世の中というのは分かりやすく狂っている。
「そんなことは」
 そう言って、彼女は息を飲んだ。
 ないとは言えまい。
 私には何も無い。
「無いさ。物語など、架空の戯れ言だ。何の意味もない空虚なおとぎ話だ。そこに意味はない」
「・・・・・・噺を戻します」
 私を説得することを諦めたのか、彼女はコーヒーを一気に飲み干し、乱暴に置いてから資料をテーブルの上に広げた。
 コーヒーが飛び散るかと思った。
「今回の相手は、合理主義者です」
「何だ、それは?」
「これを見て下さい」
 人間、普通に生きて普通に死に、少なくとも人間らしく生きるだけなら、執念はいらない。
 だが。
「なんだこりゃ・・・・・・」
 自身の分を越えて何かを成そうとする時、その人間には狂気が必要だ。
 そしてこの男には狂気があった。
「どういうことだ?・・・・・・データを見る限り、この男が加入してから」
「ええ、この男、ヴィクター宣教師が加入してから、あらゆる人間が彼に成長「させられて」いるのです」
 その男はあらゆる組織を入っては成長させ、組織に属する人間の、成長の限界を超えて成長させているらしかった。少なくとも、データを見る限り、通常ではあり得ないほど、組織としても個人としても、彼に関わった人間は、能力の限界を超えて成長している。
「他人の能力を引き出すタイプの人間か・・・・・・私のような平凡なる人種には、理解できんな」
「貴方が言いますか貴方が・・・・・・まぁいいでしょう。察しの通り、この男は尋常ではありません」 ただ能力が高いだけなら対処は簡単だ。
 理想を歌うだけなら始末すればいい。
 影響力があるならなくせばいい。
 だが、これは。
「確かに、普通じゃないな。まるで人間を駒のように扱っている。数字でしか人間を見れない破綻者だな」
「だから貴方が」
 もういいです、とそう言って標的の写真を机の上に差し出すのだった。
 普通の男だ。
 むしろ、精悍な青年、いや若手の有望な政治家と言うぐらいに、あり得ないほどに「良い人間」という印象を、無理矢理持たされた。
 そんな人間、いるわけもない。
 だが、そんないるわけもない人間を、その人間性を押しつけられる。他者を洗脳して理想を魅せ洗脳し、自身の思いのまま世間、世論を掌握し、民衆を熱狂させる。
 典型的な独裁者の素質。
 どころか、カリスマすら持っている。
 化け物だ。
 人間ではあるまい・・・・・・私が言うと、かなり説得力が無いが、それは置いておこう。
「狂気で世界を変えられる人間か。まったく、確固たる信念を持ちながら狂気で世界に挑む人間とは、理解できんな」
「だから貴方が言いますか・・・・・・」
「いいや、私とこいつとでは決定的に違うさ。私は私個人のために生きるが、この男は「仕組み」の為に全てを捨てる人間だ」
 人間性も。
 道徳も。
 社会を円滑に進めるために、何もかも全て自身の意志さえ利用する。
 それが人間であるわけがない。
「自身の悪を自認しながら、振り返りもせず全てを捨てて世界に挑む。それこそを「悪」と呼ぶのかもしれないな」
「ならば、貴方の役目は悪の主人公の討伐です」 下らん。
 主人公など、己の欲望の為に生きる、その上それを自覚しようとすら思わず「良い人間」であろうとする邪悪そのものだ。
 だが、今回の相手はそうは行くまい。
 本物の「悪」は、絶対に折れない。
 殺されたって、いや死んだところで目的を変更せず、自我があれば目的に進める。
 絶対に、諦めない。
 諦めたくても諦められない。
 後悔もしない。
 だからこその、悪だ。
 悪とは、本来そういうものだ。
 ここで断言しておくが、私は、敗北を良しとしたことは一度もない。次は勝利すると屈辱に燃えることはあっても、負けても次があるさと考えるかどうかは、大きな違いだろう。
 だが、この男は。
 このヴィクター博士は敗北すらも計算の内、あるいは無理矢理にでもその敗北を勝利への礎に吸収する人間だ。私もあまり人のことは言えないが「敗北」すらも己の糧にして大きな勝利の為の、その第一歩としてしまえる人間だ。
 私との違いは簡単だ。
 この男は、最終的に勝ちの形になれば、それでいいのだ。
 私は、最終的に勝ちの形になればそれでいいがだからといって、敗北を許容したりはしない。
 つまり、この男には私欲が無い。
 究極的には、私とは違って自身を犠牲にしても何一つ後悔も失敗も無いのだろう。
 社会構造そのものに思想をぶつける人間はそれだけでも結構稀だが、そのために自分自身すらも感情に入れない人間は、狂っているだろう。
 ただの英雄では断じてない。
 自覚的に、世界を巻き込んでいる。
 本物の、悪。
「悪の主人公、か」
 私はチョコレートをまた口に含み、コーヒーで流し込んだ。自覚的で無い主人公なら、始末するのは簡単だ。そういう輩は誰かのために何かをすることは素晴らしいと思いこんでいるので、そのためならどれだけ傷つけても「泣いている女」の為なら何をやっても後悔しないと思いこんでいるだけなので、私なら囁くだけで人間性を破壊することは、可能だ。
 それで壊れなくても、そこまで自身の正しさを信じる人間は十分に壊れているので、やりようはいくらでもあるだろう。しかし、だ。
 この男は、自覚がある。
 その上で、開き直っている。
 全く、私のような人間を見習えばいいのに。
「自覚のある悪ほど厄介な者は無いな。この男はどうも、社会全体を数値的に捉え、最終的に社会構造が全体にとって都合が良くなればそれでいい・・・・・・そんな印象を受ける」
 資料を読み返して、私はそう言った。
 実際、社会構造を変えるといえば聞こえは良いが、そのためにどれだけの差別とどれだけの闘争と、どれだけの金が動くか、想像もつくまい。
 それを平気でやってのける人間。
 悪でなくて何なのか。
 かく言う私もそうだ。私は物語を読者に読ま¥精神を引き上げることを目的としている。いや、あるいは引き下げることをと言うべきか。
 何も持たざる人間の視点まで。
 引き下げて、頭を垂れさせる。
 洗脳も良いところだろう。だが、それで私個人にとって住みやすい世界になるならそれでいい。 この男も、似たり寄ったりだろう。
 狂人など、そういうものだ。
 目的以外を踏みにじる。
 例え己であっても。まあ私は私個人のことを、目的よりも上に置いているがね。
 その一線を越えたらもう戻れない。
 ヒロインが良く言う台詞だが、我々悪は、最初からその向こう側にいる存在だ。だから意味はないし価値もないのだろう。
「熱血的な主人公、を演じている超合理主義者という訳か。何事も人に教えられるようになって一人前と考えるものだが、それを生まれついてやっている人外の英傑だな。完全すぎて気持ち悪い人間関係と言い、それに威圧感は完全にマイナスで強制的に落ち着くその雰囲気と言い、真の理解者だと思いこみさせる悪に許されたカリスマだ。気に入らないのは論理と合理を重んじるくせに、誰よりも情熱的で苦手なタイプの人種と言う部分だが」
「どうしますか?」
「いいだろう。この依頼、引き受けよう
 私はコーヒーを飲み干した。
 私と同じ。、決して叶わない願い、叶わないことを認められない人間の苦悩を、私はこの世界から始末する事にしたのだった。

   3

「私は幸福になりたい」
「だが、成れないんだろ? だから妥協した」
「仕方あるまい。無いモノは無い」
「けど欲しい」
「だが無駄だ」
「なら、自分に嘘をつくのか?」
「何か問題が?」
「開き直るなよ」
 宇宙船の中、我々「二人」は談話していた。
 談話。
 何とも微笑ましい響きだ。
「そうは言うがな・・・・・・実際綺麗事でなく、私個人が幸福になる方法など皆無だろう」
「アンタにはあらゆる「弱さ」が理解でき、あらゆる「強さ」を剥ぎ落とす。それでも自分は分からないのかい?」
 愉快そうに。
 人工知能に「愉快」も何も無いのだろうが、とにかく愉快そうに彼は言った。
「分かってはいるのだろう。分かったところで無駄なだけでな」
「無駄か、確かにな・・・・・・感じ入れないならそんなのは存在しないも同義だろう。先生の世界には最初から、概念として「幸福」が無い」
「ふん」
 つまらない落ちだが、まぁそういうことだ。
 しかし、それだけで納得もしなかった。
「とはいえ、だからこそ金が欲しいがな」
「それは本当なのかい? 俺は随分前から疑問だったんだが」
「当然だ。大体がそういう足りない人間というのは普通、金があったり才能があったりするものだろう。何もない、という孤独はどうでもいい。そんなものに興味はない。だが割に合わない」
「気にするところそこなのかよ・・・・・・」
「当たり前だ」
 多少、怒気をはらんでいたかもしれない。
 当たり前だが。
「足りない部分は無視すればいい。例え道徳的にどれだけ「当たり前の幸福」を求める行為が尊いのだとしても、私には興味すらない」
「それは嘘だろう」
 にやにや、と言う擬音が似合いそうな声で、彼は言った。
 だが。
「どうかな、実際分からない。それに、私はそういうモノがあれば満たされるかもしれないが、しかし満たされるだけで、そんなのは精神的な自己満足としてしか、捉えられない」
「強がりとかではなく?」
「ああ。だから困っているのさ」
 困っていたっけ?
 まぁどうでもいいがな。
 どうでも良くないのは金だけだ。
「ふぅん。ならアンタ、先生にある問題は、そもそも先生は根本的に、「幸福」とやらを心の底では求めてすらいない部分だろうな」
「その辺りは、自覚的だ」
「自覚しながら求めないのがもうやばいんだよ。アンタそれでも人間か?」
「人工知能に言われる覚えもない」
 携帯端末を置いているだけなので、端から見たら会話には思えないだろう。もっとも、席は全て私が買い占めているので、問題ない。
 金で買えるモノは多い。
 少なくとも席は買えた。
「人間でなくても・・・・・・「愛」を、あるいは他生物とのつながりを、どれだけ悪人ぶろうが求めてしまうし、それこそが「幸福」の正体なんだが・・・・・・・・・・・・先生はそれを自覚的に拒絶できて、しかも無くても、強がりでもなく孤独を感じること、そのものが出来ない。狂ってるどころじゃない。生き物として破綻・・・・・・なんだろうな、俺には先生を表す言葉が思いつかないぜ」
「そう言われたところで私にはこれが「正常」だったからな。当たり前の孤独からくる心の弱さなんて、今更求められても困るが」
 表す言葉は最悪か。
 正直、それ以外にあるまい。
 言葉がないと言われても、知るか。
「どうでもいいな。些細なことだ。金のあるなしに比べれば」
「それなぁ、逃げ口上じゃねぇ? 金なんて正直先生にそれほど必要だとは思えねーよ」
「あるに越したことは無い。実際、金というのは生活以外では、人間は見栄や娯楽にしか使う用途は元来無い」
「先生が娯楽って人間かよ」
「構わない。私の平穏を守るだけの金があれば。だが少なくて良いモノでもない」
「それはあってもなくても同じだろう?」
「まぁな、だが・・・・・・ある方が、楽しめる」
 これは本当だ。
 本当でないかもしれないが、本当にしたい。
 そう思う。
「大体、貴様はどうなんだ? 人工知能は大抵、人間の心を手にしようとして消滅するが」
 主に映画や小説では。
 私は聞いた。
 聞きたくなった。
「仮にこの世界にプラスの人間とマイナスの人間があるとするならば、私は完全な「0」だ。だがお前はどうなんだ? 何か、人間とは違って、あるいは人間より優れていて、それでも求める先の景色は、貴様にはあるのか?」
「景色ね。見たいモノなら、あるぜ」
「見たいモノ?」
「ああ。俺は、まぁ人工知能な訳だが、しかし人工知能に産まれたからって、その天寿を全うするつもりはさらさらねぇ。俺は人間より遥かに優れた形で産まれたが、少なくとも俺個人は、有能さよりも生身の人間の景色を見てみたい」
 いつか、言っていたな。 
 浴びるほど酒を飲みたいと。
 人間なら簡単だが、人工知能には叶わない願いだ・・・・・・銀行にアクセスし、不正融資を受けることは出来るのだろうが。
 ままならないものだ。
 だが。
「お前たちが望むほどのモノは無い」
「そのまま返すぜ。まさか、本当に金さえあれば幸せになれるなんて、アホなことを考えている訳じゃねぇんだろう?」
 さて、どうだったか。
 少なくとも気分は壮快だと思うが。
 何より、金で欲しいのは平穏と充足であって、幸せではないだろう。
「かもな。いや、実際特に、平穏な生活の獲得以外には、充足感くらいしか変わらないだろうが」「充足感、ねぇ。先生のことだから分かっている前提で話すが、充足感なんてモノは、結局精神の内面で起こる自己満足なんだぜ」
「だろうな。だが、物質的に満たされることで金銭面では安心できる」
「そう思いたいだけだろう? 紙幣が無くなったら、どうするんだ? 国が倒れれば保証が無くなる程度のモノでしかないんだぜ。先生なら、人間の政府が永遠に続くなんて言うのは、ただそうあって欲しいと言うだけの勝手な願望で、平和な国が明日には戦争で傾くことが、この世界でそれほど「珍しくもない」出来事だってのは、分かっているんじゃないのかい?」
「ふん」
 慧眼じゃないか。 
 人工知能のくせに、世の中を斜に構えている。 そして、世の中の裏を知っている。
「だとしても、やはり欲しいモノは欲しいがな・・・・・・あれば買えるモノが多いのだから、欲しいのは当然だろう」
「先生に欲しいモノなんて無いだろう」
「無いな」
 即答した。
 即答できた。
 だから何だって噺だが。
「美味い食い物と良いコーヒーくらいのモノさ。とはいえ、金がなければどうでもいい、下らないトラブルに巻き込まれることが多いのでな」
「それが本音かよ」
「当然だろう。私は作家だぞ、作家が考えるのは物語と、金だけだ」
 挫折、無力、トラウマ、そう言った「人間らしい人間」を屈服させる方法では、私は、作家という生き物は止まることは絶対にない。
 他の作家は知らないが、私はそうだ。
 そんなモノで止まれれば、苦労しない。
 ソファに体を預け、私は新聞を読み返した。新聞の記事を見ると、これから向かうであろう惑星の社会問題について一石を投じてある。
「私はな、ジャック」
「何だ、先生」
「綺麗事が、大嫌いだ」
「知ってる」
「綺麗事の物語というのは心に響き心に残るかもしれないが、心を変えることは無い。ただ感動するだけで終わる」
 一夜の夢みたいなものだ。
 気分が良いだけで、価値が無い。
 意味もない。
 下らない、自己満足。
 美しいモノは、嘘にまみれている。
「今回の標的は、どうやら自覚的に綺麗事を使いこなしているようだ。見ろ」
 記事を携帯端末でダウンロードした。そこには英雄的と言っても良いくらいに、記事に描かれている偶像の姿があった。
 この男は、「英雄」という偶像を、人の心に作り出すことに、長けているらしい。ヴィクター博士はどうやら、人間の弱さを知る上、人間の強さを演出することも出来るようだった。
 まるで音楽の指揮者だ。
 格差問題、貧困問題、あらゆる「問題」を合理的に答えを出し、そしてその上でもっとも効果的な方法で民衆にアピールし、効果を上げる。
 これが人間か。
 否、これこそが、人間を扱う人間か。
 「人間」を、合理的に知り尽くしている。
 どうすれば反応して、どう扱えばその民意をどこに向けてくれるのか? それら全てを思いのままに操る人間を、人は「英雄」と呼ぶのだから。 あるいは、主人公か。
 自覚ある主人公など、自覚のない主人公と同じくらいには害悪だ。自覚があるだけマシとも言えなくはないが・・・・・・自覚無い悪意は醜悪だしな。 見れるだけ、マシか。
 マシなだけだが。
 女のためだとかそういうクソにも劣る理由で、人の信念を踏みにじり、自身を良いとは思わないが、女を泣かせる奴よりはマシだとか、どうしてそう「思いこめる」のか、分からない。
 分かりたくもないが。
 多分楽なのだろうが。
 女を泣かせなければ、だとか、そんなのは女を言い訳にしているだけで、別に女が泣いているところで、殺人が正当化される理由など無い。
 考えないのが、楽なのだ。
 「正しい」側だと思いこむことが。自身を悪だと理解した上で、自分は悪いけどこれは自分自身のため、我が儘みたいなものさと気取って、それでいて人を救おうとする主人公は、実に醜い。
 気持ちが悪い。
 自身が悪だと、塵一つ分も思っていない。そのくせそれでも女の笑顔が見れればとか、そんな下らない理由で敵を洗脳して仲間にする。
 女を侍らせ。
 敵を味方にする。
 気持ちが悪い。
 素直にそう思う。
 今回はそんな相手でなくて、本当に良かった・・・・・・まぁ、そういう人間は、そう言う人間でなくても、私の前ではべりべりと自身に対する「嘘」など、そんな薄っぺらい言い分など、剥がして捨てて切り刻むだけだ。少なくとも、そう言う人種は私には、とてもじゃないが勝てないだろう。
 私は主人公を殺せる人間だ。
 だが、今回の相手はそんな、気持ち悪い主人公では、無いだろう。自覚を持ちながら、その主人公を演じている。
 魅せている。
 少なくとも、人間的な内面は、そんなただの主人公とは、比較にならないほどに、深い。
 深く、頑健で、真の意味で強いのだろう。
 折れるような信念は、あり得まい。
「確かに、この記事を見る限りは・・・・・・能力とモチベーションのある先生、って感じだな」
「どういう意味だ」
 私に喧嘩を売っているのか?
「いや、先生は気まぐれの権化だが、このヴィクター博士は確固たる指向性があるのさ。先生の指向性は「己の幸福」に向いているが、この博士は「社会的な仕組みの改善」に向いているように、感じられるな」
 夢をほざくだけほざいて何一つ計画性を持たず仲間だとか、あるいは元から持っていた能力だとか、そういう選ばれた資質だとか、努力した程度で物事が叶う分際とは、違うというわけか。
 有能であるのは確かなようだが、しかし有能なだけでは、私には及ばない。有能さの中に狂気を感じるからこそ、私はこうも警戒するのだ。
 狂気。
 主人公などという恵まれただけの馬鹿には、持ち得ないものだ。
 私自身、自分でも狂気を持つ人間はあまりまっとうだとは言い難い・・・・・・強さも弱さも併せ「持たず」に、あらゆる他者の痛みを感じるのではなく「理解」し、そしてそれら全てに反省も罪悪感もなく、全くの正常で事に当たる。
 無論、私はまったく、そうであることに対して何の落ち目もない。道徳的には感じるべきなのか知らないが、道徳などというコロコロ変わる世の中全体のその場の勢い、流行など知らん。
 知ったことか。
 だからこそ、私も、そしてこのヴィクター博士も、突出した強さも、他者を引き寄せる弱さも無いが、しかし、決してブレない。
 主人公に説得される、二流の悪人には、成り得ないのだ・・・・・・死んだところで、私や彼のような狂人は、あの世で同じ行動を、同じモノを目指して行動するだけだからな。
 そう言う意味では、和解は望めない。
 望む気もないが。
 そうでなくては、面白くないしな。
 主人公に説得されて改心しましためでたしめでたし・・・・・・この私にそれがあり得ない。私は私と同じ、狂っていると形容できる、強い我を持つ人間こそを、あるいは非人間こそを、見たい。
 その方が、面白い。
 悪として、一流だ。
 誰かに説得されてブレる信念など、信念では無く流されているだけだ馬鹿馬鹿しい。世界中から非難されようが、全人類から嫌悪されようが、神も悪魔も見捨てようが、私が作品を書き続けるであろうことと同じく、止まるつもりすらない人間こそが、面白い。
 狂気こそが、面白い。
 それこそが、人間の極地だ。
 悪というのは概念であり、体現は不可能だ・・・・・・だが、周囲を省みず全てを犠牲にしてでも目的のみを望む狂人は、間違いなく、「悪」だろう。 自覚のある悪。
 自認のある悪。
 自信のある悪。
 だからこそ、面白い・・・・・・・・・・・・。
「ところで、ヴィクター博士は今、どこにいる」「個人情報管理会社のCEOをやっているぜ。どうもアンドロイド及び、未だ権利の獲得が認められていない人工知能すら、新しい統治勢力を作り上げるために、この会社で働いているらしい」
「どういうことだ?」
「つまり、革命家してるってことさ・・・・・・理不尽が許せないタイプの人間だな。「権利の獲得」なんて分かりやすいテーマだろう? 自分のことでもないのに怒れる人間だ。だからこんな回りくどい方法で世論を動かしているんだろうな」
 私は新聞の見出しをみた。
 そこにはヴィクター博士の提唱する新しい人工知能の管理方法、違法電子生命体の隔離、及び電子世界における法規制について言及されていた。 電子世界は未だに管理が行き届いていないからな・・・・・・どの時代でも、能力がありすぎるのは困りモノで、自我のある人工知能はそういう理由で輸出入が制限されている。無論、制限されたところで違法な商品というのは、値段が上がるだけで無くなったりはしないのだが。
 まぁ狂人にもメリットはあるがな・・・・・・通常、人間という奴は「幸せ」のみを感じ続けると、むしろ耐えられなくなってしまう。簡単に言えば、平穏な日常に満足できない子供が、非日常を求めるようなものだ。
 狂人には、それがない。
 当人の目的に合致していれば、「無限に」同じ楽しみを楽しみ続けられる。
 我ながら、便利なものだ。
 本当にな。
「こういう人間がいるからこそ、この世界は面白いのさ・・・・・・」
「へぇ、先生が言うと説得力ねぇな」
「ほう、何故だ?」
「だって、先生は・・・・・・どう考えたって、人生を楽しんでいる人間じゃ、ないだろう?」
「確かにな。だが、人の狂気は、面白い」
「だから、世界は面白いのか?」
 俺には理解できねぇよと、ジャックは理解を放棄するような台詞を吐いた。人工知能のくせに、矛盾している奴だ。
 もっとも、だからこそ面白いのだが。
「ああ、面白い・・・・・・特に人間の描く物語はな」「人間そのものは、どうなんだ?」
「さぁな。そこまでずば抜けて「面白い」個人に出会ったことはないから分からないが・・・・・・構わないさ。人間が物語に劣る存在だとしても、私の役に立つならどうでもいい噺だ」
「人間を、何だと思っているんだい?」
「何とも」
 これは本当だった。
「私がどう見るかなど、それこそどうでもいいだろう? 問題は、個人として結果的に「楽しめるかどうか」だけだ」
「やれやれ、先生は相当、破綻しているぜ」
「下らん。それこそどうでもいい噺だ。破綻しているかどうかなど、凡俗のその他大勢が指さして騒ぐ為の、会話の種でしかない」
「ある種の才能だな」
 そこまで開き直れるのは。
 彼はそう言った。
「その他大勢の凡俗の基準に、いちいち考えるのがどうかしているのさ・・・・・・どこの世界でもそうだが、言うだけなら誰にでも出来る。何が正しいか何が間違っているか、上から言うだけの人間は多くいるが、そういう助言をする人間は何の責任もとってはくれないし、失敗しても助けてはくれない。そんな当たり前のことを、お前たちは開き直りだとか、人に合わせて文句を言われないために、あれこれ言い訳しているだけだ」
 外れた人間を、指さしているだけ。
 だから貴様等は到達できないのだ。
 どこにも。
「開き直りだろうが何であろうが、私は目的を達成できるなら何でもやるさ」
「確かに、先生は良い人ってわけでもないが、しかしまぁ先生ほど「人間としての強度」の堅い人間は、いないだろうな」
「どうでもいいな、そんなモノは」
 むしろ、必要なのは柔軟性だ。
 頑健でだけでは意味がない。
 臨機応変に、強さも弱さも使い分けるのだ。
「つれないねぇ。実際、先生の持っている素質は人間が、生涯賭けて到達するものだぜ?」
「それが金になるのか?」
「いや、ならないけどさ・・・・・・」
 しかし腹が減った。
 腹が減れば空腹に苛立ち、食べ物を求めるが、私の在り方も似たようなものだろうか?
 腹が減った。
 腹が減った。
 何でも良いから今すぐ寄越せ、と。
 過程に興味は無い。華々しさも知ったことか。どれだけ素晴らしい素質であろうが願い下げだ。私は、誉められるためでも尊敬されるためでも立派だと認められる為でも無く、金が欲しいのだ。 金だ。
 それに比べれば、人間としての成長など、安いものだ・・・・・・金で買える人間の立派さもどきなどに、私は興味がない。
 人間が何かを立派だと認めるのには、金があれば十分だ・・・・・・私が言うのだ間違いない。人間は本質よりも結果を求める。そして資本主義社会においては、内実よりも結果が全てだ。人間として成長しようがどうでもいいのだ。
 少なくとも、多くの人間は、そうだ。
 そのくせ人間賛歌、愛と友情と努力の美しさを信じているというのだから、心底呆れる。
 馬鹿ではなく愚かなのだ。
 忌々しいことに。
 人間は金で買える。
 金と肩書きがあれば詐欺師でも信じることから分かるだろう。目の前の、すぐそこにいる人間を見ることが、今の人間には、出来ないのだ。
 そんな人間が、幸福になど成れるわけがない。 誰かに言われた幸せを鵜呑みにし、そして後から不満を募らせるだけだ。
 どうでもいいがな。
 私には関係あるまい。
 私はフードサービスを頼むことにした・・・・・・このステーキ一つとっても、未開発の国、資源を搾取され労働力を強制されている奴隷たちが、少ない給料で作っていることを知ったら、世の人間たちは「そんなことがあって良いはずがない」と声高に叫ぶが、それはお前たちが見ていないだけ、見ようとしなかっただけだ。
 世界は悲劇で出来ている。
 誰も見向きもしない、悲劇で。
 この世界は縁人と人との縁で回っているのだろう。だが、その縁の外側にいる人間にその庇護は無い・・・・・・無かったところである人間は「そんなことはない、気づいていないだけだ」と声高に言うのだろう。
 持つ者には、分からない。
 持たざる者は、見られない。
 弱いだけでなく何一つ持ち得ない人間は、感じ入ることすら許されない。弱さによる強さすら持たずに、強さによる優位すらあらずに、ここまで来た。
 だが。
 そんな些細な事は、どうでもいい。
 どうでも良さ過ぎる。
 必要なのは、金だけだ。
 他は必要あるまい。
 信念は尊いが力を持たない・・・・・・正義に力を与えればそれが正しくなるように、世の中という奴は結局のところ押し通せる法を優先するのだ。
 法。
 つまりルールと言う「平等の元」も、結局は平等でも何でもない、ただ決められる人間が決めるものでしかない。そんな世界で信念や誇りの尊さを信じたところで、それに力は伴うまい。
「先生はさ」
 そう言って、ジャックは私の思考を遮った。何か一言あるらしい。
 私はステーキを口に放り込んで「何だ」と聞いた。
「信念や誇りには力がないと常日頃から言っているが・・・・・・しかしその一方で世界を動かしてきたのは紛れもなく、そういう「形のない信念」だったりするんだぜ?」
「だから、何だ?」
「いや、それを認めるんならもう認めたも同然だろうよ。人間の意志には力がある」
「無いね」
「どうして?」
「後付けで歴史の勝者にそんな事を言われたところで、嘘くさいだけだ。大体、お前は、この世界で一人でも、信念だけで成功した人間を知っているのか?」
「信念だけなら、無理だろうな。けど、信念を共有できる仲間がいれば、不可能じゃない」
「不可能じゃないだけで、不可能だ。可能性の噺を考えていればキリがない。人間が空を飛ぶようなものだ」
「飛べるじゃないか」
 航空機で人間は空を飛んでいるぜ、とジャックは言った。
「金の力でな。少なくとも運不運で成功した人間は多く知っているが、愛だの信念だのそういう有りもしない幻想で、この現実に勝利を収めた人間など、私は知らないな」
「夢がないなぁ」
「夢なんて、最初から無いさ」
 夢など最初から、世界のどこにも存在しない。 当人の脳内にあるだけだ。
「人工知能のお前が言うのか? 信念などと言う、何の力も持たないゴミを、お前は信じるつもりなのか?」
「勘違いしちゃ困るぜ先生。信念そのものに力なんて無いさ。だが、その信念を貫き、形にしたならそれは、本物と呼べるんじゃないか?」
「下らん。実際にやった人間でなければその言葉は重みを持たない。実際に信念を形にした我が身からすれば、綺麗事をほざくなと言った気分だ」「綺麗事でも、駄目なのかい?」
「当然だ。世界は理不尽を中心に回っている・・・・・・・・・・・・社会は金で、人間は裏切りで、夢と希望は虚飾で構成されている。本物、とお前は言ったな。だが、本物であることは端から見れば尊くて素晴らしいのかもしれない。だが、私は、そんな風に見られるために生きているわけではない」
 恐らくは、先人もそうだったのだろう。別に認められるかどうかはどうでもいいのだ。
 貫き通して結果が出ないなど、馬鹿馬鹿しくてやってられないではないか・・・・・・そのくせ、他に生き方は見あたらないと来た。
 選ばれないが故に選ばれていると言うべきか。我々狂人は平等と平和に選ばれない、どこにも混ざれないが故に異人種と言って良いが、しかしその分生涯を賭けて、凡人どころか神だって、届こうとすら思わないし、誰も目指しもしない果ての果てを見て生きているのだ。
 その光景を見るのは尊いのかもしれないが、しかし偶さかそれしかなかっただけで、私は、別に平和に豊かに生きられれば、それで良かった。
 今更生き方を変える気も無いがな。
 だが、それならそれで金にならなければ嘘ではないか。尊さを言い訳にして、私に押しつけるんじゃない。
 尊い生き方が素晴らしいと思うなら、勝手に自分たちでやればいい。
 私には興味が無い。
 凡人には狂気が無い。
 非凡には意志が足りない。
 バランス良く出来ているつもりかもしれないがしかし、そんな訳がない。興味がないのに無理矢理歩いてそれを生き方として確立し、それでも豊かさには届かない。
 平凡に劣等感を持ちながら豊かに生きる凡人と、妬みを代償に豊かさを手にし、大した思想を持つことを許されない有能と、いずれにしても何故狂人だけ金銭的豊かさに恵まれないのか。
 精神的に豊かだみたいな噺をジャックはしたが・・・・・・精神的に私が成長していたとして、それが何だというのか・・・・・・所詮内側の問題だ。
「けど、人間の抱える悩みは大抵内側、精神的なものでしかないんだぜ・・・・・・先生は狂気の代わりに、あらゆる精神的な悩み、苦しみ、人間関係だとか恋愛に関する悩みだとか、劣等感だとか、そういう悩みを、持たないだろう?」
「金銭面での不満は残るがな」
「それにしたって、大きいメリットだと思うぜ。なんせそれが原因で人間は自殺したり、苦しんだり騙されたり、先生みたいに開き直れずに、生涯悩み続けて答えにたどり着く人間は、ごく稀だ」「だから何だ? 金銭面で悩もうが、恋愛で悩もうが、悩んでいることそのものは同じだ。比べることに意味はない」
「いや、だからそんな風に考えられないから、大抵は人生に失敗するんだが・・・・・・まぁ確かに、悩んでいること自体は同じか」
 まぁ、恋愛で悩むのは良いから金銭で悩みたくないと言ったところで、夏が来たら冬が恋しいと言っているのと変わらないが、しかし私の場合、金銭以外で「悩む」という概念自体が無いのだから、それさえ克服できればと思うのは、本能みたいなものだろう。
「破綻した考えだが、私には必要なモノはあっても欲しいモノは何一つとして、無い。これは心がないからだと仮定して、しかし心がないなら物質的な部分を埋めるしか、やることもない。無いモノを無理に埋めようとして私は失敗し続けた。なら妥協案と言われても仕方がないが、しかし金で埋め合わせ満足するしか、方法があるまい」
「消去法だな、先生の人生って」
「事実だ。実際、無いモノは無い。無いモノを手に入れろと、無理を言われても欲しくないし、疲れるだけだ」
「欲しくないってのは嘘だろう? 無い以上先生は欲しかったはずだ。だが、どうしても手に入らないから諦めきれずに妥協した」
「悪いか? 文句があるなら代案を出せ」
「いいや、何も悪くないさ、先生の人生だ。だが先生は死ぬ寸前に後悔するぜ。欲しいモノを手に入れられなかったわけだからな」
「手に入らないと、言っている」
「かもな。だが、、それでもさ・・・・・・ある方が幸せなのは、誰の目にも明らかだろう?」
 かもしれない。
 しかしアテも無い。
 無いモノは無い。かといって綺麗事で納得する気は、さらさらない。
 そもそも、それが手にはいるなら私は、作家など目指していなかっただろう。絶対に幸せに成らないからこそ作家に成れた。なんて、
 私は作家なのだろうか。
 作家に成らずには、いられなかったのか。
 最初から。
 金にならないのは、本当に嫌なのだが。
 前々から思っていたのだが、私という人間はすでに死んでいて、記憶と肉体のみが残り、勝手にそれこそ人形のように動いているのではないか、それが人間のように振る舞っているのではないのかなんて、思わなくもない。無論、そんな些細な事はどうでもいいし、人間だろうが人形だろうが呼び方が違うだけで、金さえ数えられれば私という存在は満足だが。
「私にはそれら「人間的な幸福」を感じ取れないのだから、あまり意味のない仮定だがな」
「確かに、違いねぇ」
 言いながら私はステーキの支払いを済ませる。と言っても、仮想通貨での支払いだから、携帯端末をタッチするだけだ。
 これも問題が多い。
 幾らでも偽造が可能な上、管理する銀行、所謂メガバンクという存在が不正を繰り返しているのは明白だが、その証拠が提示できない。
 聞く限り、やりたい放題だ。
 銀行というのはおかしなモノで、自分たちは善人で、社会的に良い人間でありたい集団だ。例えどれだけの不正を働いたところで、書類上で誤魔化しさえすれば罪悪感が沸かないらしい。
 社会的な面から、自分たちを「正しい」と思いこんでいる集団。そんな連中があらゆる仮想通貨を仕切っているのだから、社会経済は原形を留めてはいない。
 大手、というか余程シェアを独占している会社でない限りは、銀行に利用されて潰れるか、潰されるか、そんなところだ。
 金が全てというのが現在の社会なのだから、彼らが何万人合法的に殺そうが、「正しい」のではないのかと思わざるを得ないが、しかし道徳的に許せないと叫ぶ人間は多い。
 多いだけだが。
 実際的な問題として、金が力を持ちすぎたと言うべきか。その銀行の不正にしたって、あるいは政治家の汚職にしたって、誰もが「間違いだ」と認めて理解していても、金の前では無力であり、変えられないと言うのだから、そんな社会を作り上げておいて今更道徳を叫ぶ人間というのも、金のことしか脳に無い人間と同じくらい、どうかしている噺だ。
 誰も望んでいないのに、そうなっていたというのが正しい、いや事実と言うべきか。何にせよ金で事実すらねじ曲げられるという「事実」がある以上、綺麗事に興味はないが。
 仮想通貨なんて実に分かりやすい例だ。まして扱うのが銀行だというのだから・・・・・・まず金を預けて仮想通貨を貰うわけだから、全額使わない限り、銀行に金を渡しているも同然だ。そして仮想通貨に対しては、通常の通貨と同じ法規制はほぼ不可能と言ってもいい。いや、不可能と言うよりも、意識的に法整備から外せるので、私腹を肥やしたい人間からすれば好都合だろう。
 誰もそれを考えない。
 生きることを考える人間は、随分減った。
「私の生き方にほぼ唯一と言って良い利点があるとすれば、無意識に直接アクセス出来ることぐらいだしな・・・・・・」
「どういうことだ?」
「芸術家や発明家が、「夢で見た」アイデアを使ったら成功した、みたいな噺があるだろう? 私はどうやらそれを意識的に出来るらしく、アイデアに詰まったことは、今のところ一度もない」
「それって、かなり、ぶっ飛んで凄いこと何じゃないのか?」
「馬鹿が。アクセスしたところで私が書くのはただの物語だぞ。第一、もし仮にそうだとして、それが金になるのか?」
 別に嬉しくもないしな。
 幾ら書いても売れなければ、何の意味もない。あああああと連打しているのと同じだ。
 そして重要なことだが、売れるかどうかと素晴らしいかどうかは、関係がない。
「素晴らしいか凄いかはともかく、いやそもそも私が書くのはただの物語だから、仮にそれだったとして、それこそが素晴らしい人間の行き着く先だとしても、下らないモノに使って金になるかも曖昧だというのでは、噺にならんな」
「おいおい、人類にとって素晴らしい能力だと思うぜ」
 それって所謂真理じゃねlかと、適当なことを彼は言った。実際、そんな大層なモノに繋がっているかなど知らないし、繋がっていてところで、どうせなら金になる知識の方が、金になった。
「知るか。私は別に、素晴らしさなどどうでもいいからな。欲しいのは実利であって、そんな珍妙な能力では、断じて無い」
 大体が、私にとって「物語を書く」というのはその、「無意識」を通して「作者」というフィルタを通して演出されるモノだと、理解している。 フィルタが私だからな・・・・・・いずれにせよ、そんなあるのか無いのか分からないモノに、興味はあまりない。
 救いの手は握りつぶして腹に入れる。
 今まで散々選択する権利すら無い道を歩かされてきた。今更綺麗事を信じろ、などというのは無理を通り越して押しつけがましい。
 
 私は、どんどん人間から離れて行っている。

 人間らしさ、愛、感情、友情、慈しみ、何でも良いが、私は徐々に、だが確実に人間に許された心などと呼ばれる器官が、死んで来ている。
 いや、消滅と言った方が正しいのか。何にせよ私にはもう感動して「ああなりたい」と願うことすら出来なくなっている。お笑い草だ。そもそももう私には、心無い怪物が憧れるように、人間の持つ温かみを、欲しいと願うことすら無くなってきているのだ。
 これで救いなど、幸福など、無理がある。
 無理なら無理で、構わないがな・・・・・・なおのこと金がなければ噺にならない。割に合うまい。
 まぁ今更どうでも良い噺だ。些細なことに思考を削いているのも馬鹿馬鹿しく感じる。感じる、なんていかにも私らしくないが。
 金があれば何でも買える。
 買えなかったところで、満足すれば良いだけの噺だ。自己満足。大いに結構だ。私はそれで構わないし、被害者ぶるつもりすらない。
 どうでもいい。
 金以外、いやこの私の充足、満足、他でもないこの「私」が、生きる上で納得し満足し、楽しめるか否か? それ以外はどうでもいい。
 それが、私だ。
 邪道作家だ。
 だからこその、私だ。
 どうでもいいがな。私がどう考えるかなんて社会から見ればどうでもいいし、結局は全ての善し悪しは金で、つまり運不運で決まるのだから、考えることには意味はない。
 そう言う意味では、本当に無価値だ。
 物語なんて。
 ただのゴミだ。
 売れるか売れないかは内容など関係なくただの運不運で決まり、善し悪しは金の有無、その分量でのみ計られる。
 人間の意志も誇りも尊厳も、金の前ではただのゴミだ。人間の意志なんて本来必要ない。「たまたま」金を多く持てるか持てないか、ただそれだけが重要なのだ。
 才能も環境もとどのつまりただの運。世の中はシンプルに出来ている。なにもかも無価値で何もかもただのゴミだ。
 世界はゴミの山で出来ているが、価値の有る無しは金で決まる。そして金は運不運、人間の意志も誇りも尊厳も無視して、「どうでもいい」理由で一カ所に集まるものだ。
 ステーキを摘んで考える。
 いや、考えたところで、結局意味はないが。
 金というのは「たまたま運が良かったか」を計るためのモノなのかもしれない、なんて考えると笑える話だった。だとすれば、努力も労力もいままでの長い長い道のりも、何の意味もない。
 運が悪いから無駄でした、なんて。
 怒りを通り越して、笑える。
 笑わずにはいられない。
 こんな下らない噺を。
 笑う気も、起こらないが。
 どうせ無駄なら面倒だしな。
 運不運、か。私の人生は「それ」に散々左右されて、私個人の挑戦は全て運不運に敗北してきたわけだが、となると人間が運不運に勝利することは、不可能なのだろう。
 どう足掻いても、少なくとも私には、覆すことは出来なかった。
 無駄だった。
 意志を燃やすことは無駄だったし、執念で挑んでも駄目だった。時間をかけても才能には破れたし、その才能すら運不運で計れる、下らない産物だった。
 何もかもが、無駄だった。
 勝てない。 
 勝てるのは、結局運がよい奴だけだ。
 どれだけ緻密に計画を練ろうが運悪く計画通りに行かず、どれだけ時間をかけようが運悪く結果が形にならず認められず、執念も信念も誇りも生き様も生き方も、結局運不運、という言葉には勝てないまま、勝てなかった。
 ともすれば、どれだけ私が執念を燃やして頑張っていようが、結果が出たことは一度もないのだから、年中寝ていても結果は同じだったのかもしれない・・・・・・いや、同じだろう。
 運不運、なら結局そういうことだ。
 綺麗事は嫌いだ。物語という奴は綺麗事を使わないと噺が終わらないので、やむなく使うこともあるが、やはり嫌いだ。
 綺麗事など、言うだけならば猿でも出来る。
 猿の鳴き声を聞いているのと、変わるまい。
 綺麗事を現実に出来るのは、運のある人間だけだ・・・・・・そして、私はそうではないので、ただ迷惑なだけでしかない。
 まぁ私の場合、本当に心があるわけでもないので、執念や信念や誇りと言うよりは、それが合る人間ならこうするだろうという、模倣だが。
 淡々と狂気そのもので、繰り返し繰り返し成功するまで手を変え品を変え、あらゆる方法を試し尽くしただけだ。
 試し尽くして分かったことが、運不運がなければ何をしようと無駄、という身も蓋も心も無い結果だというのだから、無駄だったが。
 そういう意味では、私という人間は幸福を目指すことも目指す姿勢も、目指す私自身でさえ、何の意味もない。いっそ辞めてしまいたいが、理不尽に頭を垂れたところで、結局は同じだしな。
 苦しむだけだ。
 私が苦しむだけ。
 ただそれだけだ。
 苦しむ、というのも最近は分からなくなってきた・・・・・・物理的な苦しみは勿論、精神的な挫折すらも、正直食傷気味というか、そもそも私は精神的に人間が挫折し、本来あるべき苦悩すら、持ちたくても持てない。
 苦しみに嘆きたくても。
 出来ないのだ。
 随分とまあ、へたを押しつけられたものだ。
 まったくな。
 どれだけへたを押しつけられようが、結局は自信の都合を押しつけられる方が偉く、正しいのだから、私が無条件で悪いのだが。
 負けた方が悪いのだ。
 負けるべくして生きている存在が悪い。
 勝てなければ、綺麗事だ。
 だから何が悪かったと言えば運が悪かった。もう少し勝ち目のある人間に産まれていれば、大分結末も違っただろうが、そういう意味では神がいたとして、その失敗作が私だとしても、失敗の責任というのは基本的に貧民が背負うものだ。
 なるほど、そう捉えれば神という存在は便利なものだ。自分より偉い、というか自分勝手な都合を押しつけられる存在がいないのだから、悪くなりようがない。
 だから神は正しいのだろうか。
 ふと、そんな下らないことを思った。
 生殺しの人生なんて歩いてきたからか? 我ながら下らない考えにとりつかれたモノだ。
 希望はある。
 かのように、無理矢理、どうせ無駄だと知りながらその目先にぶら下げられている「希望みたいなもの」を見て、己を奮い立たせ、今回こそはと挑むのだ。
 その全てが無駄だったが。
 無意味で。
 無価値だった。
 何の結果も、残さなかった。
 希望なんて無い。
 あったところで偽物だ・・・・・・そんな人生を送っている時点で、何かを「信じろ」など、無理な相談だ。信じるべきモノなど、全て裏切られてきたのだからな。
 全く、実に傑作な人生だ。
「そろそろ着くぜ」
 私は事前の打ち合わせをして、後は携帯端末を放り投げて眠ることにした。
 運不運。
 ならば、この先にある物語も、結局はそれなのだろうか、などと、夢のないことを、胸の中で繰り返し考えながら。





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