邪道作家第五巻 狂瀾怒濤・災害作家は跡を濁す 分割版その5
新規用一巻横書き記事
テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)
縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)
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「えげつないな」
「意味不明の義侠心で、人を殺す奴よりはマシだと自負しているが」
「そりゃ、そうだけどよ」
我々は結局、通りがかった別の船に乗ることにした。無論、一番高い席だ。
まぁ値段は知れているが。
それほど大きい船でも無かったしな。
機内サービスの食べ物が充実していれば、別にそこまで無駄に高くなくとも、構うまい。あの二人に関しては色々と手を回し、犯罪者を収容する精神病院へ無期懲役で送りつけた。無論、あの孤児院にいる人間達があとから復讐しようとか思っても何だったので、私の情報は完全に消させておいた。
調べられれば分かることだしな。
その場合、先手を打って始末するだけだ。私の個人情報へアクセスした時点で、面は割れる。
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「なら、どういうことだ」
「やりすぎじゃないのか?」
「やりすぎ? 私は言葉を囁いただけだ。人を殺すなんてえげつないことよりは、人道的だろう」 何せ、誰も傷つけてはいないのだからな。
ある意味人道的処置だ。
国際法に従って「人道的に」テロリストを拷問するのと、同じことだ。
法的に問題はないし、道徳的に問題があるというなら、殺そうとしてきた李の方が、非人道的だろう。
「私はむしろ、被害者だ。何なら金を請求したいくらいだ」
「結果ばかりを追い求めていると、どこぞの合理的畜産国家みたいに、病気で倒れるぜ」
「武士道魂で燃え尽きるよりは、マシと言わざるを得ないな」
よくやったね、おめでとう。努力したからそれでいいや。なんて下らない理由で私が納得できる人間な訳がない。結果がなければ。
覚悟があろうが信念があろうが、未来へ向かう意志があろうが、結果が無くては噺にならない。「人生はプラスマイナスゼロだからな。何せ最初からゼロなんだ。どちらにも傾きようがない」
「へえ、じゃあ先生の人生は何色だい?」
「さて、どうだろうな。色も数値も無いことだけは、確かだろう。弱さによる集団も強さによる優越も無い。何もないのが人生だ」
「それで楽しいかい?」
「金があればな。私の基準はそれだけだ」
「一人は寂しいかい?」
「いいや・・・・・・最高に面白いぜ。だが、如何せん金が足りなさすぎて、げんなりするがな」
「それだけかい?」
「どうだな・・・・・・回り道や寄り道で得られるモノがあると人は言うが、私はそうは思わない。そもそもそういった人間が積み上げるべき経験を、積み上げて立派だと言われたいわけでもないしな。だから、私は」
「結果が欲しい?」
「ああ、だが、それも、少し、疲れている、のかもしれないな」
疲れ切っている、と言うべきか。
私はとっくに。
いつかたどり着くことが出来ると、そう信じることが出来なくなっているのだろうか。
わからない。
分かりたくもなかった。
分かったところで、意味も価値も、無い。
「さて、そういう意味では人間の意志の力など、信じろと言うのが無理な話だ。あったところで、他でもない自分にその恩恵がないのなら、存在しないも同義だしな」
「そう思うのか?」
「仮に、だが・・・・・・「信念」が真実へとたどり着くというのならば、「誇り」や「思い」が人間を目的地へと運ぶのならば、長い長い回り道を経て私は未だ、たどり着けていない。なら、到達するその日までは、信じないさ」
信じるわけには行かない。
信じてたまるものか。
綺麗事で納得する気は、絶対にない。
あってたまるか。
私は、ただこれまでの道のりに相応しいものが欲しいだけなのだから。
「そうかもしれねぇ、だがな」
と改めてジャックは知ったようなことを言うのだった。
「だが、結局のところ、俺も、先生も、どれだけ長生きしたところでいつかは「死ぬ」いや、死ななかったところでいつまでもこの世にしがみついて生きているわけにも行かないだろうぜ。俺たちは死ぬ。だが、それまでの短い間に、やるべきことをやり遂げたなら、それは「幸福」じゃねぇのかな」
「ふん、それはその「過程」を歩いた人間だけが口にして良い言葉だ。お前も、そして遙か上から眺めている「神とやら」も、生き様とは無縁だ。語る資格はお前達には無いさ」
「だろうな。言ってみただけさ」
「そうか」
私は考える。
仮にそうだったとしたら、御免だ。私は別に「尊くも美しい人生だったぞ拍手拍手」と、神だとか悪魔だとかに上から目線で誉められるために生きているわけではない。
断じてない。
そんなのは願い下げだ。
今「生きて」いるこの瞬間に、得るべきモノを得れなくて何が幸福か。
人間が作物のようなもので、「実った」魂に価値があるだのと言われたところで、私は別にお前達を喜ばせるために生きているんじゃない。
神も悪魔も知ったことか。
これほど役に立たないモノも無いしな。
いずれにしても、あの世があろうがなかろうが私は、私の為だけに、生きる。
それ以外に道は無い。
誰かのための誰かもいない。
守るべきモノも無い。
あるとすれば、財布の中身だけだ。
そんな人間が生きようと言うのだから、これはもう金を集めるしかない。何に使うのかと言えば使い道も無いのだが、集めるのだ。
そして札束に囲まれて死んでやる。などと殊勝なことは言うまい。私はそんな謙虚な人間ではないのだ。愛も友情も人間らしい楽しみも、金の力と併せて全て、手に入れる。
手に入れれば、の噺だが。
目下、金だけでも苦労したのだ。愛だの友情だのはやはり、金に余裕ができ、手に入りそうなら寄り道感覚で買うとしよう。
私はソファに腰掛け、深く体を沈めながら、ホットミルクをぐびりと飲んだ。
「先生は既に、そこそこ作品が売れて小金持ちじゃないか。今更金の多寡を気にする必要があるのかい?」
「当然だ。金は使うものだからな。そして、何に使って楽しみを得るか。これが重要だ」
それを考えるために生きる。
いや、それをあれこれ考えながら生きることが楽しいのだ。
それこそが人生の娯楽だ。
使わなければ意味がない。だが、使う用途をあれこれ考えられて、かつ実際に使えるというのが一番楽しいものだ。
そういうものだ。
なので、私は珍しい食べ物でも食べることにした。ウズラ卵の納豆ご飯と言うモノを食べることにしたのだが、形容しがたい味だった。つまりは不味かったのだが、これはこれで良い経験になるだろう。作品のネタにするとしよう。
作品のネタか。
物語の大筋に意味はない。読み終わってしまえば解決し、覚えてしまうからだ。マンガならそれでもいいのだろうが、小説とは暇なときに何度も何度も読むものだ。
出来れば何度も、それこそ本が擦り切れるまで読まれる物語が良い。それは「思い」だとか「信念」だとか「思想」を伝えるものだ。私のようなそういう「非科学的な」思想を信じない人間が、誰よりも物語を通じて人にそれらを伝えているというのだから、皮肉な噺なのか?・・・・・・金になればそれもどうでもいいがな。
しかし事実だ。
信念のない物語、教訓や思想、「人間」について深く描いていない物語は、打ち上げ花火のように、華々しく売れるだけで、すぐに飽きられる。 継続的に売れるに越したことはない。
だからこそ、なればこそ物語の主人公は「悪」であるべきだ。そうじゃないか?
少なくとも、ヴィクターが演じようとしていた物語の主人公は、誰からも好かれ誰にでも打ち勝ち誰とでも仲間になれる類の存在だ。
そんなモノを見ていて何が面白い。
やはり悪だ。
仲間は選り好みし、敵は始末し、嫌われながらも物語、「運命」に挑む姿の方が、面白い。
そうでなくては嘘だ。
何にでも打ち勝つ主人公など、応援するに値しない。応援しなくても勝つと言うことではないか・・・・・・盛り立て役だけ、だ。仲間に与えられる役割がそれだけでは、つまらない。
何を犠牲にしてでも己の信じる道の先へ。
それこそが、主人公の有り様だと、私は思うのだ。善か悪かなど些細なことだ。善人の主人公など、つまらない。人間は悪性の生き物だ。そんな善性だけの人間など、人間ではあるまい。
ただの機械だ。
物語を加速させるだけの、機械。
そんなものに興味はない。
有能も愚鈍も同じことだ。やはり人間の執念の先こそ、見る価値がある。
だからこそ、物語は「面白い」のだ。
「先生は劣悪な境遇だからこそ、傑作を書けるとは思わないんだな」
「馬鹿か貴様。書いたところで売れなければ意味がないだろう。そもそも、環境に左右されるほど私は人間としてブレていない」
「それはすげーよく分かる」
人間というのは面倒なものでなにかと理由を付けたがるが、しかし不幸であるから良いものが作れるならば苦労はすまい。と、いうかその理屈で行くと不遇な人間が偉人になるかのような考えと言っても良いが、それはただ単に彼らに運がなかっただけだ。裕福な生活をしていた偉人だって珍しくもない。天才が恵まれた環境で時代を変えることはよくあることだ。
運不運。
とどのつまり私の本当の「敵」はそれなのだろうか・・・・・・考えたところで、何かが変わるわけでもないが、意識はしておこう。
意識するだけならば金はかからないしな。
「けどよ、実際拝金主義じゃないが、物質的に豊かになればなるほど心は貧しくなるって言うぜ」「なら心配いらないな」
私にはそんな大層なモノは無い。
断言できる。
そんなモノは無い。
「遠慮なく金を使えるというわけだ。最も、私は食事と本と生活環境くらいにしか、使わないが」「娯楽とか無いのかい?」
「それこそ物語で十分だ。嗜好品と物語があれば大抵の場合は満足できる」
「それでも出来なかったら?」
「女でも抱け」
「先生は、それで満足できるのか?」
「出来なくても、生きてはいけるさ」
「生きていける、だけだろう?」
「満足云々は、豊かさとは別に追い求めるものでしかない。だから金と目的を比べることに、意味も価値もありはしない」
私はソファへもたれ掛かる。そして指向性音声認識で「ニュース」と言った私の言葉を認識したのか、ニュース画面が幾つも空中に表示された。 古い技術だ。
電脳世界なら、現実の時間感覚を0にして見れるしな・・・・・・現実には一瞬だが、あそこなら無限に時間を浪費できる。
それで帰ってこない奴も多いが。
資源問題は解決したが、人間の精神はますます軟弱になったしな・・・・・・デジタル世界では「死」の概念がないから、真面目に考える奴も少ないと言えば少ない。
科学と引き替えに人間は人間性を犠牲にしつつある。作品が売れれば作家としては、特に何の不満も発生しないから構わないが。
売れれば、だが。
「最近は、いや科学が発達するにつれて、人間は真面目に「死」や「己の人生」などの「生きる」ということについて、考えなくなったな。役に立たないと言えば、立たないのだろうが・・・・・・・・・・・・「生きる」ということは金の概念の前では「金を稼ぎ糧とすること」だ。だからこそ「考える」だけでも駄目だが、「稼ぐ」だけでもきっと、足りないのだろう」
「なら、先生は足りているかい?」
「さあな、金はまだまだ足りていないが」
「足りる足りない、ってのは、生きている証明だと思うぜ。全てに満足してしまったら、むしろ生きている実感は薄れるんじゃねぇかな」
「そんなものかね」
「ああ、そうさ・・・・・・神様じゃないんだ。人間もアンドロイドも妖怪も、いや神様だって、結局は人間関係のもつれで殺し殺されするんだから、何もかも全て満たされるなんてのは、あり得ない噺なのさ」
「お前はどうなんだ?」
「足りないさ。まず肉体が足りない」
「だろうな」
旅先というのはこうして物思いに耽られるから便利だ。作家という生き物は「他の人間が思いつかないこと」を書かねばならない。哲学にしろ、物語にしろ、当たり前のことを書くのなら教科書で十分だろう。
あるいは、考えたくなくて逃げていることを、かもしれないが。
私の作品はそういう思想が多く含まれる。
読者の嫌がる顔が見たいからな。
「先生には、足りているのか?」
「足りないさ、全然足りない。私は面白い物語を読み続けたいと願う人間だからな。足りないモノを埋め続けることこそが、私の望みだ」
だったような気がする。
とはいえ、事実だ。私は楽しみ続けたい。この世界も、面白い物語も読み続けたいのだ。
「私は楽しみ続けたい。連載は終わらなくて良いのさ。楽しみ続けて楽しみ続けて楽しみ続けて楽しみ続けて、楽しみ続けたい。そういう意味では私は満足し続けなければならないからな。だから満足したら次の新しい満足を探すだけだ」
ただ飽きっぽいとも言えるが。
構わないがな。
私は私が良ければそれでいい。
「そんな生き方で、よく破綻しないな」
「破綻? しないさ。するはずもない」
破綻したらまた、別の在り方で固定しろ。
楽しみ続けることに、破綻などあり得ない。
「先生は良くも悪くも外れているからな。だが普通の人間は物語の終わりを望むものさ。終わらない物語じゃ読み手が退屈してしまう」
「退屈か。それこそ、退屈しない面白い物語を読み続ければいい。あるいは他の物語を」
「だろうな。しかし・・・・・・先生みたいに一つの目的、いや個人の世界を完成させているとでも言うべき人種は、それだけで幸せなのかもな」
「意味が分からないが・・・・・・」
「意味のない噺だ」
少なくとも、先生にとっては。そんなことを知った風にジャックは言うのだった。自己満足による達成感、幸福感を言っているのだろうか?
だとしても、構わないが。
重要なのは私個人がそれで満足することだ。
私が納得できればそれでいい。
善悪すら知らん。
そんなどうでもいいことを気にしたところで、誰が何をくれるわけでもない。その他大勢のご機嫌を伺うつもりはまるで無い。伺ったところで、どうせ何を出来るわけでもない奴らだ。何をしてくれるわけでもない他人の言い分の為に行動するほど、私はお人好しではない。
私は私のために生きている。
他のことなど知るか。
私さえよければ何人死のうが構わない。偽悪的だと言われようがやめるつもりもない。事実、私は私のためならば、他はどうなってもどうでもいいのだから。
「個人の世界か。大層なものだ、私にはそんな大層な思想は無いよ。ただ自分に正直なだけだ」
「その「自分に正直」ってのが一番難しいのさ。大抵の人間は他の人間の目線や倫理観、社会の基準みたいなものに、振り回されるからな」
「そんなありもしない、どころか何を根拠に決めているのか分からない「空気感」などに振り回される方がどうかしている」
「先生なら、そう言うだろうな。けどさ・・・・・・・・・・・・皆と違うっていうのは、きっと恐怖なんだ。先生みたいに皆強くないのさ」
「私に強さなど、無いがな」
あらゆる意味でそれは保証できる。
弱さによる強さも強さによる弱さも、無い。
何もない。
私の精神は強い弱いと言うよりも、単純なプログラムのように他を受け付けないだけだ。曰く、己の楽しいことのみを許容せよ・・・・・・と言ったところか。
我ながら自分勝手なプログラムだ。
構わないがな。
「強いさ。いや、強い弱いと言うよりも・・・・・・真似できないんだ。先生の生き方はレールから外れているどころかレールをゼロから作り上げる行為だ。そんなこと、思いついても実際に何年も賭けて、人生を通してやり遂げる。そんな人間はそうそういるもんじゃない」
「そうそういなくとも、そこそこはいるだろう。私以外にもそういう人間は多かれ少なかれ、いるものだ」
「違うな、先生はそれでいて、自らを決して貶めずに肯定し、それでいて妥協せず、人を頼らず人を使い、たった一人で歩き続けている。・・・・・・・・・・・・やろうと思えば、誰にでも出来るかもしれない。けどそんな真っ暗闇の人生、誰だって送りたくはない」
「酷い言われようだな。私とて別に、望んでこうなったわけでもないのだがな。生まれたときからそうだったのだから、仕方あるまい」
「先生はその「真っ暗闇の人生」を、笑って生きられている。誰にでも通ることは出来るけど、そこで笑うことは絶対に出来ない。金貨さえあれば笑えるだなんて、思う前に潰れて壊れてしまうだろうな」
「だとしたら、何だ?」
何が言いたいのだ、こいつは。
回りくどいにもほどがある。
「先生は自分で思っている以上に尋常じゃ無い存在ってことさ」
誉められているのかわからなかったので、私はとりあえず適当に答えた。
「嬉しくもないな。尋常であろうが異常であろうが、金にならなければ噺にならない。私は観客の見せ物になるために、ここにいるのではない」
異常か正常か知らないが、そんなことはどうでもいい。
それが金になるのか?
尋常で無い存在。役所から補助金が出るならともかく、そうでもないのに珍しい生き物と扱われたところで、嬉しくもない。
人の評価など、どうでもいいしな。
評価よりも実利だ。
金がすべてだ。
私に意見したいなら金を持ってこい。十億から考えてやろう。
考えるだけだがな。
「予定通りだ。行くぞ、作者取材のために・・・・・・・・・・・・「人間関係」を「売る」泉へ」
そう言って、私は景色を眺めるのだった。
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人間関係で悩む、というのは理解し難い。
悩んだところで解決する類のモノでもないだろうに、悩んで、悩んで、最悪だと頭を抱えるのだ・・・・・・金があればそれもないのだろうが。
大半は金が絡むから存在する関係だしな。
無論、金があるが故の関係性で悩む人間もいるらしい。金目当てだからとか、言わば持ちすぎて面倒ごとに巻き込まれる、という噺だ。
つまり内面でのみ発生する。
現実には何一つ不自由しなくても、人間は不満をため込める生き物なのだと思うと、器用な生き物だと感嘆せざるを得ない。実際、多くの人間は「夢」がなくて生きてる理由がわからないだとか「人間関係」で満たされないだとか、そういったありもしない悩みで、時間を浪費する。
そんな暇があるなら物語の一冊でも書けばいいモノを・・・・・・暇そうで羨ましい。
実際的な問題として本を売らなければならない私からすれば、贅沢な悩みだ。
だが、だからこそ需要はある。
つまり金になる。
占いなどその最たる例だ。実際には何の解決にもならなくとも、心が落ち着いたとか、気が楽になったとか、そんな中身のない結果で満足し、中身のないモノに馬鹿げた金額を払う。
物語なんて中身のない、意味も価値も介在しないモノを金に換えようとしている作家、なんて生き物が追求するのも変な噺だが、しかしそう思わざるを得ないだろう。
そんなどうでもいいことに、金を使う。
あるいは、見栄だったり権威だったり、ブランドなどという中身のないモノに金を払い、体を壊すためにせっせと麻薬、煙草や葉巻を吸うために金を払い、高級車などという走るためにあるのか置物なのかわからないモノに、金を払う。
理解できない。
いや、理解は出来るが、愚かすぎて共感できまい。何故、そんな適当に、人生について何一つ考えずに生きてきたくせに「金が足りない」とか言い出せるのか。私は「必要」だが彼らは「足りない」のだ。
無限に己の劣等感を消すために使うから、際限など無いのだが。
実用性重視の私からすれば意味の分からない話だ。実際、悪趣味だと自覚してそういう「見栄をアピールできるモノ」を買うのは分からなくもないが、自覚もせずに買うというのだから、意味不明だ。
つまりは存在さえしない「劣等感」を勝手に感じるからこそ、彼ら彼女らは「無駄使い」をする事に余念がないのだ。金が足りないのではなく、そうしていないと不安なのだ。
人間関係も、また然り。
良好な人間関係を「保有」していないと不安になるのだろう。早く結婚しなければだとか、友達を作らないとだとか、仲間がいた方がいい、などというのはただ、不安から来ているだけだ。
自分に自身がないだけだ。
根拠もなく私のように傲岸不遜なのも問題な気はしなくもないが、しかし人間そのくらいでも良いのではないだろうか?
根拠無き自信、大いに結構だ。
金儲け以外は、根拠など必要ない。精神的な劣等感など、下らないにもほどがある。
あろうがなかろうが同じだ。
ならば、考えるだけ無駄そのものだ。生まれてから一度として持ったことのない私が言うんだ、間違いない。
自己肯定能力には自信がある。そんなものは何の役にも立たないと思っていたが、どうやら役には立たなくても問題は起こさないらしい。
やれやれ、参った。
そんなつもりはなかったのだが。
とはいえ、自信があるのは事実だ。無論あらゆる強さも弱さも持ち合わせず、私個人が、誰も通さずに何かを行おうとすれば必ず失敗する自信もあるし、事実今までそうだった。
人を介してでしか力を発揮できないと気づいたのは大分前のことだったが、その肝心な部分を忘れやすいのだ。だからいらない苦労が増える。
無論私に主人公のような「人徳」能力があるはず無いので、毎回綱渡りなやり方で人を雇用するのだ。実に面倒だった。
我ながら、精神面では他よりも優位に立てるなんて、役に立たない特性だ。物質的に優位に立てる方が絶対良いではないかと思うのだが、そういう人間はよく分からない悩みで苦しみ続けるのだろうし、何より私の人間性からして、物質的には満たされるけれど精神的に満たされない、なんて状況はとてもじゃないが想像できない。
精神面など満たされなかったところですぐにそれを忘れる自信がある。妥協すればいいのだ。幾らでも人間など、代わりが効くしな。
無論、私は物質的に満たされたところで、その背負った業とも言える狂気に従って、次の楽しみを見つけるだけなのだが。
目的を使い捨てる。
それが私だ。
手段も当然、使い捨てるが、目的を使い捨てる人間は、多分珍しいのだろう。珍しいだけで、別段驚くようなものでもあるまい。
誰でも、無意識にやっていることだ。
私はそれを、意識的にやるだけだ。
無論どんな目的にするにしろ金は必要だが・・・・・・・・・・・・そこを譲る気は無いが、とにかくそういうことだ。だが。
恐らくは、今回の「泉」は、そう思えない人間たちが来るのだろう。
無論、そうでない人間もいるようだが。
少なくとも、私の周囲、依頼主には。
確信犯として動ける人間は実にやっかいだ。私が言うと説得力に欠けるかも知れないが、しかし実際、自身が悪であると自覚している存在は、目的のためならば「何でも」する。
文字通り。
何でも、だ。
とはいえ、それは誰でも同じだろう。宗教組織が奴隷を保有することを「道徳的だ」と認めた時代があるように、人間という奴は自分たちの道義的正しさのためならば、殺人も奴隷も法律で認めることが出来る。
己の資本の為ならば「何でも」する。それが人間だ。口では道徳を言いふらし、そのくせ自分たちの過ちは認めない。そんなものだ。
つまり珍しくもない。
どうでもいいことだ。
人間の根底にあるのが善か悪かなど、考えるだけくだらないことだ。そもそも善悪は時と場合によって、あるいは金と権力によって変わるものでしかない。強いて言えば金がないことが悪か。
己の正しさを押しつけることは、金がないと難しいしな。己の、あるいは社会的な正しさなど、他者から見れば勝手な言い分でしかない。ここで私が言いたいのは何が正しいか、何が正しくないかなど、考えるだけ時間の無駄だということだ。 私はカフェにいた。時間を潰しながら執筆できるので、コーヒーを飲んでくつろぎながら過ごせるカフェはいいものだ。私はカプチーノを頼み、席に座った。
実を言うと、あれから接触があったのだ。別に依頼人から依頼の前段階の噺をしたい、と言われて私はここにいた。指定された席に向かうと、ご丁寧に携帯端末が置いてあった。
着信が鳴る。
使い捨ての携帯端末は便利だ。詮索される不安がないし、このご時世でも、宇宙に人間が進出した科学全盛の時代でも、堂々と犯罪に悪用できるからな。まぁ、開発者はそんなつもりで作ったわけではないのだろうが、世の中の発明は大抵そういうものだ。本来以外の使い方で悪用することは別に、珍しくもあるまい。
「やあ」
合成音声だった。
古くさいが、確かにこれならわからない。
「何のようだ。金は払えるのだろうな」
相手が何者かはどうでもいい。いや、今回受けた依頼内容からおおよその見当はついている。だが私があの女、タマモから受けた依頼内容を考えると、ここで知った風なことを電話口の相手に話すのはまずいだろう。
だから知らないフリをした。
無論、金については聞くがな。
「ヴィクター博士を始末したのは貴方ですね」
「だとしたら、何だ。報復か?」
「いいえ。サムライに会えるのは珍しい。その上金さえ払えば依頼を受けてくれるのだから、接触しない理由はありませんよ」
だろうな。
金で動きにくい「サムライ」を雇用する、その接触のチャンスを与えるのも、今回あの女から受けた依頼の一部だ。サムライは私以外、金で動くような奴はいないので、今回あのヴィクターとか言う人間を始末した後、世論を騒がせ世の中の動きをコントロールしているヴィクターを始末すれば、その後ろにいる存在も出るだろうという考えだ。
それも含めて今回の依頼だった。
とはいえ私が今回この依頼を受けたのは作家としてだ。報酬はいつもと同じ現金と寿命だが、その前段階の依頼、の目的地に興味があった。
「それで」
「貴方の耳にも入っているかとは思いますが、我々はヴィクターを使って世論のコントロールを実践している集団です。そして今回貴方が向かっている「泉」に私たちも用がある」
「自分で行けばいいだろう」
私は今回「人間関係」を売買できる泉があると聞いただけで、細かいディティールは知らない。 何故私に依頼するのか。
「いえ、それが・・・・・・「資格」が必要なのです」「資格?」
サムライであることか?
「いえ、サムライで無くても挑戦は可能だと思います。ただ、その資格が不明瞭な上、科学的に解明できない「泉」のこととなると、貴方のような存在が非現実な人間にお願いしたいのですよ」
失礼な噺だ。
私をそんな人種と一緒にするな。
「非現実的ですよ。貴方は。貴方のように人間は自信のことのみを考えられない生き物ですから」「どういことだ?」
むしろ逆ではないのか?
人間は、己のみを信じるべきだ。
己の利益だけを。
「それがそうでもないんですよ。人間には良心の基準がある。それに沿っていないと「不安」を感じる生き物なんです。貴方のように集団から孤立しても「何とも思わない」人間は、非常に珍しい生き物ですよ」
「人を珍しい生物みたいに呼ぶな」
「珍しいですよ。普通人間は誰かの役に立っていると、そう思いこまないと事故を確立できない生き物ですから。貴方は本当に珍しい」
嬉しくもない。
私は標本になる為、生きているのではない。 金の為だ。ひいては、私個人の幸福の為に。
私は生きている。
少なくとも、今は。
「どうでも良い噺だ。それで? その「泉」にお前たちも用があると、そういうことだな?」
「ええ。噺によると「等価交換」。入れる品は持ち主のモノであれば持ち主に対して効果を発揮する、とのことでしたので、貴方が代わりにその泉へと行って、そのテーブルの裏に張り付けている「チップ」を入れてきて欲しいのです」
あった。
テーブルの下を覗き見ると、底には確かにバイオ・チップが張り付いていた。テープごと剥がして私はそれを手に取った。
中身は分からない、まぁ、知らない方がいいだろう。・・・・・・どうでもいいしな。
「金は」
「あります」
と言って。彼は(女かも知れないが)金額を言って、私のデータバンクへの振り込みをした。確認したが振り込まれている。
「いいだろう。この依頼、受けよう」
そうは言ったものの、私のような人間が言われたとおりに行動するのかと思うと、はなはだ疑問であった。
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「ここまでは予定通りだな」
私は移動する列車の中、独り言のようにそう言った。まぁ今回は携帯端末の中に小五月蠅い人工知能を入れてあるので、会話には事欠かない。まぁ最近はバイオ・チップを脳内へ埋め込むことで通話もメールも全てのデジタルなやりとりを済ませているのだから、こんな旧型の端末を持たなくてもいい気もするが・・・・・・デジタルというのは、電子の世界というのは「リスク」を機械に肩代わりして貰う行為だ。決してリスクそのものが無くなるわけではない。
だから、私は全てを機械に預けることに不安があるのだ。よく分からないトラブルで、私の仕事を阻害されたら、たまったものではないしな。
「ヴィクターに接触することで「サムライ」で
ある私へ「依頼」を「関係者」がしようとするところまでは予定通りだ」
無論、私の依頼内容は泉へ行くことではなく、先ほどの「泉を狙う関係者」のデータを調べ上げることなので、ここまでは出来て当然だ。
「だが、ここから先は未知だろう?先生。未知、先生が最も好きで最も嫌いな言葉だよな、これって」
「ああ。物語ならいいのだが、現実に未知の領域なんて、無いに限る」
未来のことは分からない。
だから嫌だ。
良いことがあるというならともかく、私の人生に「良い事」なんて無かったから、未来に信用が置けないのかもしれない・
「まぁ、それはさておき、景色でも見るさ」
列車の中の席に座っているだけだが、出来ることは多い。外の景色を眺め、思索に耽る。
例えば、金の使い道。
私は作家なので当然、作品の宣伝を第一に、つまり作家としての「活動」そのものに結構な金がかかる。チラシ、電子広告、ネットワークサービス・・・・・・まぁ色々だ。
だがそれらは必要経費であって使い道ではあるが、使いたい金ではない。まぁ、宣伝費用に使えば入ってくる金も増えるので、喜び勇んで私は金を使うのだが。
食べ物であれば後悔しないだろう。自身の身体の血肉になるのだ。「健康」というのは幾ら金をつぎ込んでも足りないくらいだ。
他には、投資も無論行う・・・・・・プロを雇えば金を増やすのは正直、容易いしな・・・・・・その金を何に使うのかと言えば、さらに投資させて増える金をニヤニヤ眺めるわけだ。悪趣味だが、これ以上の贅沢もあるまい。だが、考えてみればそんなのは通帳を眺めているようなもので、数字を眺めるだけなら電卓でも見ればいいだろう。
ならばどうするか。
リッチで優雅な「時間」と「空間」を買うのだ・・・・・・経験は糧になる。本来なら女に使いたいところだが、金をつぎ込むに値する女というのは、既に絶滅危惧種だ。そう簡単には見つかるまい。 いっそ今度タマモでも誘おうか。
考えておこう。
景色を見ながら考える・・・・・・道徳ほど、何の力も持たず価値のないゴミはない。道徳というのは基本的に、強者の都合で決まるからだ。
ルールは決められる人間が決める。
そこに公平など、あるはずがない。
そしてそれを行うのに必要なモノが「金」だ。倫理的にどうだとか言う「正論」など、何の力も持たないし何一つ変えられはしない。
だからこそ金だ。
金、金、金だ。
金以上に大切なモノなど無い。あったところでこの世界では金で買える。道徳は金で変えられるし、理性は札束で崩壊する。女の本能も金の前では無力であり、男の誇りも金がなければガラクタに過ぎない。
ならば金で買えないモノは何なのか。
私は「己自身」だと思う。
流石に自分は、私でも買えないしな・・・・・・無論嬉しくもないが。私という人間は、金の力で自分自身を要領よく買うことだけは、出来なかった。 作家など辞めてしまいたかったが、この呪いのような「生き様」だけは、幾ら不格好でも売り払えないらしい。迷惑な話だ。
しかし同時に納得もする。
金持ちが没落した話はどこにでもあるが、彼らは己自身を買うことは出来ない。どれだけ金を持ったところで、小さい人間は小さい。
少なくとも私のような凶悪な個性を持つ人間はかなり稀だ。いや、私が凶悪な個性かどうかは分からないではないか。もしかしたら、善人でお人好しで弱気を助け強気を挫く好人物かもしれない・・・・・・言ってて吐き気がするが。
つまりは、己の器の大きさだけは買うことは出来ないのだろう。金を失った途端、みすぼらしくなる人間はその極端な例と言える。無論私は器の大きさなどどうでもいいから、金が欲しいが。
人間の器と金の有る無しは関係がない。もしかしたら本当に全ては「運不運」なのかもしれない・・・・・・だとしても、やはり分量を超えた金など、銀行が所有するのだから実質的な意味はないのだが、それでも多くあれば「安心」できる。
無論、そんな安心は仮初めだが。
銀行が潰れる可能性の方が、金を使いきらずに残す可能性より大きいしな。まぁ、私は私個人が世俗と関係せず、欲しいモノを買いまくり、欲望にまみれた生き方をし、そして人生を楽しめればそれでいい。
心ない私にはそもそも「欲望」が持ち得ないので、完全に人間の真似事になるが・・・・・・それはそれでいいだろう。よしとしよう。
構わない。
自己満足でも満足できる。
問題なのは生活環境を整えることだしな。
本を書いて生きれればいいとまでは言わないがしかし、それほど望むモノがあるわけでもない。人間の望むものなど知れている。金による安心感と、不老不死による安心感、そして権力を掴む仮初めの優越感だ。
つまり中身のないモノだ。
私はそれでも構わないが。
権力に関しては別だ。正直そんなモノを手にしようとするのは中途半端に有能で、何一つ考えずに生きてきた頭が空の馬鹿だけだ。疲れるではないか、馬鹿馬鹿しい。
肩がこるだけだ。
つまり馬鹿の所行だ。
金に関して言えば、使うのが楽しいのであってそれを楽しめなければ意味がない。そして私はそれを楽しめる人間だ。
どうせなら面白いモノがいい。投資でもいいのだが、それは所詮定期的な金の入り口で自己満足するためのモノに過ぎないしな。必要ではあっても面白くはあるまい。
惑星の一つ二つ買って、ゲームの世界を際限でもしようか? いや、そういうのは電子世界で再現できるはずだ。何より、面白くない。
可能な限り、無駄を楽しめるモノが良い。
物語、はまぁ当然として、人間が生涯を賭けて楽しめるモノなど、私には釣りと物語くらいしか浮かばなかった。まぁいいさ。その内何か考えておこう。良い女にプレゼントでもするさ。
それか、「恐竜」でも買おうか。これから行く場所を鑑みれば良いかも知れない。「賭け」は嫌いだが、生物同士の争いは見ていて面白い。
いずれにせよ「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」の為に、刺激が不要というわけではないのだ。人生に刺激は必要だ。だがその内容は私が決める。
不必要な刺激にさらされないために、生きる。 それが私だ。
「こんな事を考えている時点で、「必要」は「存在」の母ということか」
私は辞められないかもしれない。
誰かが「物語」を必要とする以上、作家は必要になるだろう。個人的にはさっさと隠居したいところだが、「生きる」ことを辞めることよりも、それは難しい・・・・・・命が無くなれば生きることは辞められるが、しかし「生き様」と言うモノは、あの世でも変えられない。
それが背負った業。
己の生き様だ。
纏われついて離れない、とはいえ私は別に生き方にはこだわらない人間なので、どうでもいいのだが。しかし当人の意志が関係ない以上、それに従って生きるしかあるまい。
いずれそれも克服するが。
克服してみせる。
生き様だろうとそれに囚われてしまうのだけは御免被る。私は私だ。私のことは私が決める。
例えそれが、己の生き様であろうとも、縛られる覚えはない。
まぁ。気取ったことを考えたところで、この世界は運不運、それが全てだ。人間の意志にも思考にも意味なんてない。ただの暇つぶしだ。
幸運に嫌われれば、生きていても無意味だ。
無意味でも、続けるしかないが、だがそれは続けさせられているだけだ・・・・・・別に当人の意志は関係ない。
生きるなど、その程度の惰性だ。
克服など、そう言う意味では出来なければ出来ないし、出来れば何もしなくても出来るものか。 意味なんて無い。
私は散々味わってきた。敗北するべくして、敗北するのだ。持たない存在はそう言うものだ。努力とか信念とか、そんなモノはただのゴミだ。
ゴミで自己満足するのが、人生なのだ。
少なくとも、持たざる者には。
持つ側のみが、生きられる。
この所謂「理不尽」って奴に対して私が思うのは、「神様」って存在は人間の魂の輝き、逆境に置ける気高さみたいなモノを見るのが好きなのだろうと言うことだ。
人間からすればたまったものではないが。
少なくとも私は、「神」などという意味不明な人種を喜ばせるために、必死に生きているわけではない。とはいえ、「神」と言う存在があるのかは知らないが、仮にあったとすれば、それは無理矢理道化の役割を押しつける、醜悪な存在だと言うことくらいだろう。
実際、笑えない話だ。
神なんて存在は、特に。
「持つ側」の究極と言えるだろう。そして、大抵の場合「持つ側」の都合に沿ってしか「持たざる側」は生きられないという事実だ。
もし神などという存在があったとすれば、私はそんな意味不明な馬鹿の為に、苦労して「こんな苦しい状況でよく書いたな、オメデトウ」とか、腹立たしい台詞を言われるために、この道を歩いてきたことになる。嫌な話だ。
だが、世の中そんなものだ。
金を持たない人間が、持つ人間のために人生を全て捧げるように、持たざる存在は奪われるしかないのだ。努力とか信念とか、そんなものは結局のところ持つ側の言い訳でしかない。
全てを持たなかったこともない癖に、
努力すれば夢は叶うとかぬかす訳だ。馬鹿馬鹿しいことに、そして腹立たしいことに、「持つ側」のことを私が理解できないように、「持たざる側」の考えなど、彼らには理解できない。実際努力すれば誰でも自分のようになれる、などと、己の運の良さも省みずに、そう言うのだ。
実に醜悪だと思う。
持つ側の理想、絵空事など、特にな。
「何も持たずに戦った」事もない人間の絵空事など、何の現実味もないのだが、不思議なことにそれを信じる人間は多い。
もしそうなら、救われるからだ。
自分たちもそうなれる、と思いこめるからだ。 成れるわけがないだろうに。
能力差を考えろ。
とはいえ、本質的にはそれすらも問題ではないのだ。物語なんてまさにそうだが、実力と金になるか否かは、関係がない。
才能が無くても金持ちになる人間は多い。
だが、実力があったところで幸運の無い人間は決して、成功できない。
精々死んだ後に評価されるのがオチだ。
猿に書かせた方がマシ、みたいな話でも、売れれば勝利者だ。強いて言えば成功者など、たまたま宝くじに当たった人間だ。
それで自分に人間的魅力、成長があり、優れた人間だと思いこむ馬鹿は多いが、そんな訳がないだろう。それはたまたま金になっただけだ。
私はそれでも金が欲しいが。
権力欲の大きい人間は大抵「自分が優れた人間であり、凄い存在だ」と思われたがりだが、私は逆だ。評価なんてどうでもいいから金が欲しい。 なかなか上手く行かないが。
大体が人間の精神面での成長も、優秀さも、凄さも尊敬も権威も肩書きも、金がなければ何の役にも立たないゴミでしかない。
そんなガラクタを集めて何が楽しいのやら・・・・・・・・・・・・成長しなさ過ぎるのも問題なのか。
成長して金にならないよりはマシか。
いや、そもそも私に「成長」などあるのだろうか? 私はこれまでの人生、いや人かどうかはともかくとして、とにかく、長い長い時間の中で、ひたすら「幸福」の為に試行錯誤してきた。
その全てが失敗したが。
何度目の失敗になるのかわからないし、盲動でも良いことだ、しかし、どうあがいたところで全て「失敗」する「運命」なのだとしたら、私という人間は、何なのだろう。
無意味だ。
何もかもが。
いや、最初から生きていなかったと、そう考えるべきか。
人間らしさも、
感情も、
心も、
夢も、
欲望も、
信念も、
何一つ持ち得ない人間など、果たして人間と呼べるのかどうか。呼べなかったところで金を求めることに変わりはないが・・・・・・絶対に手に入らないモノを、幸福や金を求め、失敗し続けることを「生きる」とは呼ぶまい。
亡霊だ。
亡霊でも構わないが、しかし、もしそうならば私は、「最初からいなかった方がマシ」ということになる。
だが、否定できまい。
私は、ついぞ何一つ掴めなかった。
私は。
「着いたぜ」
見ると、列車は目的地に着いたようだった。
私は、どこにたどり着くのだろうか、そんなことを考えながら、私は列車を降りるのだった。
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例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!