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何度も読み返したい、スキ以上の記事たち。
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記事一覧

短編小説/十数年魔

短編小説/十数年魔

♯1

 朝起きてから牛乳を飲んだ。マーガレットだろうか、ガラスコップの表面には昭和レトロにデザインされた白い花がプリントされている。花びらが牛乳の白と同化して、中央の黄色い円だけが浮かんで水玉模様になった。

 1992年。8歳のわたしは祖母の家で漫画を描いている。自宅から持参したノートに鉛筆。汗ばんだ消しゴム滓ばかりが増えていく。

 2024年。40歳になったわたしは台所のテーブルに寝そべっ

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創作大賞2024 | ソウアイの星⑯(最終話)

創作大賞2024 | ソウアイの星⑯(最終話)

《最初から 《前回の話 

 (二十一)

 並んで歩く朔也と健から数歩離れて、わたしは華と歩いていた。
「やっぱり、音楽堂かな」と訊くわたしに「そうだろうね」と華は言った。
 時々、じゃれ合いながら歩く前の二人を、わたしたちは「子供みたい」と言いながら眺めた。
「朔也くん、なんか緊張してるね」
 わたしの言葉に、華は黙って頷いた。
「集中してるのかもしれないけど、今日の朔也くんには今まで感じたこ

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掌編集『球体の動物園』 かばうらら

掌編集『球体の動物園』 かばうらら

 今日、かばが来る。かばが来る。かばと会える。
 目が覚めるとすぐにそう呪文のように唱えて、私はカーテンを開けました。眩しい朝の光が幸先良く、と言いたいところですが、外は雨。雨が無言で降っていました。残念に思い、私は一瞬目を閉じましたが、瞼の裏に浮かんだかばの顔は笑っていました。
 かばには、昨日、確認の電話をしました。
「あの、明日ですよね。何か準備して欲しい物はありますか」
「そうですね、湯船

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私が文章がうまいなと思うnoter

私が文章がうまいなと思うnoter

 noteに投稿される記事は、みな文章がうまい。意見の相違はあっても、文法的に支離滅裂だとか、誤字脱字だらけの記事は見た記憶がない。

 毎日100を越える記事を読んでいますが、その中でも特に「この人の文章はうまいな」と私が思うnoterを何人か紹介してみます。
 このような基準で考えてみました。

選考基準

①一読して内容がスーッと頭に入ること。
②文章に深味があること。
③読後感が爽やかなこ

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『ルックバック』

『ルックバック』

本作の特殊性とは何か。というのをぼんやりと考えていたのだが、多分それは原作者である藤本タツキがこれまでのクリエイター人生で味わってきた、「創作するという行為」にまつわるあるゆる感情をダイレクトに反映した物語だという点と、「モノづくりに打ち込む姿」それ自体を祈りとした点にあるのではないかと思う。
藤野と京本がひたむきに漫画を創る姿は藤本タツキが体験した「リアル」であるわけで、創作したものを世に送り出

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とんかつエレジー

とんかつエレジー

家を出る前から、今日の夕飯はあの店で食べると決めていた。

昔、近所に住んでいた頃に、家族3人でたまに通っていたあのとんかつ屋さんのことだ。

東京の有名店ののれん分けのお店だから、味はもちろん間違いないけれど、それ以上にひたすらおいしいとんかつを揚げることに集中しているいかにも職人気質な無口のおやじさんとひとりひとりのお客さんの様子を見ながら本当に必要な時にだけ本当に絶妙なタイミングで声をかけて

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【随筆】たまにね、そうじゃなかった世界線を想像することがあるんだ

【随筆】たまにね、そうじゃなかった世界線を想像することがあるんだ

どえらい久しぶりにnoteに戻ってきた。そしていっとうはじめに目についた記事が、とてもよかった。読んでスキをして、僕も、久しぶりに書こうと思った。バラクーダさん、ありがとう。

それでだ、
たまにね、そうじゃなかった世界線を想像することがあるんだ。という話。

直近で言えば、ランニングと筋トレをしなかった世界線だよ。
たぶん、そっちの世界であれば僕の今はきっと、ぶくぶくと太った豚野郎だったと思う。

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短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

 妹の頭が徐々に大きくなっていく。病気じゃない。
 わかっているんだ。家族の誰もが。だけど何も言えやしない。
 傷ついても、恥ずかしくても、怒っても、どうしたって、妹の頭は大きくなって、その成長を止めることは出来ない。

 (一)

 妹は僕の八つ下で、ぼくにとっては目に入れても痛くない存在だった。だけど、そんな例えですら口にするのも憚られるくらい、妹の頭は大きくなっていた。
   その始まりはた

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『マッドマックス:フュリオサ』

『マッドマックス:フュリオサ』

貴種流離譚としてMAXな出来。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の前日譚であるため前作で登場したキャラクターおよび場所および名称が次々と出てきて楽しく、「これがああ繋がってたのか~」という答え合わせ的な喜びがあります。そしてそれは『怒りのデス・ロード』に対して新たな視点、新たな読み方を与えるという行為でもあり、その点で『ゴッドファーザーPartⅡ』が行っていることと近い。楽園から出ることを余儀

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エッセイ | 作品は投稿した瞬間に自分だけのものではなくなる。

エッセイ | 作品は投稿した瞬間に自分だけのものではなくなる。

 もう2年近く前のことになるが、「#作者がコントロールできること・できないこと」という記事を書いたことがある。

 なかなか作者が思ったとおりには作品は読まれることがない。もっと作者の作品に込めた思いに耳を傾けたらどうだろう?、という気持ちで書いた。

 だが、どんな作品であっても、それが古典的な地位を占めるような作品であればあるほど、誤読というか、換骨奪胎したような解釈をされるのはやむを得ないの

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【読書コラム】自分より本や映画に詳しい人を見ると自信をなくしてしまうけど - 『さがしもの』角田光代(著)

【読書コラム】自分より本や映画に詳しい人を見ると自信をなくしてしまうけど - 『さがしもの』角田光代(著)

 うっかり本を借りてしまった。積読が何百冊もあるというのにやってしまった。

 案の定、

「ありがとうございます! 読みます!」

 と、答えて半年近く経ってしまった。1ページも開くことなく。

 読書談義で盛り上がるとこういうことになりやすい。わたしは素直に面白そうと言ってしまうから、好意で、

「よかったら貸してあげるよ」

 と、言ってもらいやすい。そして、つい、感謝の言葉を述べている。

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レタスを食べなさい

レタスを食べなさい

あれは30手前の、
恋に悩んでいた頃のお話。

当時の私は
やたらめったら仕事が忙しく、
彼氏からも放置されており、
「結婚」というものについて焦りと憧れと諦めの気持ちの中でモヤモヤしていた。
このまま仕事だけ頑張って、
恋愛ごとを忘れることができたらどんなに楽か。

わりと切実に悩んでいたところに、
同僚から
「よく当たる占い師がいるらしい」と情報が入った。
恋愛や仕事の悩みをかかえている時の占

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【読書コラム】とどのつまり、文体ってなんなのだ?! プロとアマチュア、男と女、人気のあるなし。その差はいったいどこにある? - 『数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』ベン・ブラット(著),坪野圭介(訳)

【読書コラム】とどのつまり、文体ってなんなのだ?! プロとアマチュア、男と女、人気のあるなし。その差はいったいどこにある? - 『数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』ベン・ブラット(著),坪野圭介(訳)

 高校生の頃、幸運にも、大江健三郎さんとお話しする機会を得た。最初、有名な小説家ということで、

「大江先生」

 と、お声かけしたのだが、「先生はやめてくれ」と言われたことが印象的だった。

「大江さんと呼んでください」

 当時、大江さんの初期作品にわたしはハマっていたので、どうしてこんな現実離れした設定を書くことができたのか、いろいろ質問させて頂いた。「そんなむかしの話を聞かれても」と言いつ

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Fマニアクス

Fマニアクス

F先生といったらそりゃもちろん藤子・F・不二雄先生のことである。まあ呼び方については「藤子先生」とか「藤本先生」とかケースバイケースで言いかえているのだけど、私にとって「先生」といったらこの人のことなのだ。なんでか藤子先生には先生って付けたくなるんだよな。手塚治虫も萩尾望都も鳥山明も三浦建太郎も伊藤潤二も「先生」とは付けずに呼んでいるのだけどこの方に関しては先生と付けて呼びたくなる。不思議。すこし

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