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ショートショート

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僕は電車の待ち時間が異様に嫌いなので、そんな時に読めるものが書ければと思います。
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#毎週ショートショートnote

毎週ショートショートお題 「残り物には懺悔がある」

毎週ショートショートお題 「残り物には懺悔がある」

 暗闇の中で目を覚ました。
 酒を飲み酷く酔っぱらった記憶だけが頭には残っていて、今がまだ夜なのか、それとも昼間なのかも分からないまま、頭の下にある枕の手触りでここが自分の部屋なのだと認識する。
 時間を確認しようとスマホに伸ばしかけた手を、そのまま眼前に広がる闇の中へ差し出してみた。
 時間が抜け落ちてしまったこの空間は、まるで世界の終わりのようだ。この静かな世界の終わりに、なぜ僕は生き残ったの

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毎週ショートショートお題 「ときめきビザ」

毎週ショートショートお題 「ときめきビザ」

 留学して間もない不安と緊張の中で、仲間達が開いてくれたパーティーが嬉しくて飲みすぎてしまった。
 スマホも財布もバッグの中に入っていたが、その中に入れていたビザが見当たらない。昨日の服のまま目覚めたベッドの上で、私は酔ってバッグの中身を床にぶち撒けたことを思い出した。

 このまま見つからなかったらどうしよう?悪用される可能性は?
 一気に押し寄せる不安の中で突然インターフォンが鳴り、モニターを

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毎週ショートショートお題 「モンブラン失言」

毎週ショートショートお題 「モンブラン失言」

 ショーケースいっぱいに並んだケーキを眺めながら、彼女はうっとりしている。

「ぜ〜んぶ美味しそうなんだけど、やっぱりもう秋ってことでモンブランかな!」

「うん、この店のはマロングラッセが上に乗ってて美味しそうだね」

「それってモンブランなんだから当たり前じゃない?」

「はははっ、日本では確かにそのイメージが強いけどね、モンブランは別に栗のケーキって意味じゃないんだよ。フランス語で『白い山』

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毎週ショートショートお題 「誘惑銀杏」

毎週ショートショートお題 「誘惑銀杏」

 会計を手をした店員がこちらのテーブルに向かう姿を見てほっとした。
 面倒な会社の飲み会がある度に、このくだらない会話がいつまで続くのだろうと辟易する。

「よし、明日休みだからもう一軒行くか!」

 明日の予定が入ってる日に限って苦手な上司から誘われる。
 わざとなのか無自覚なのか、この人が発する声のトーンや大きさにはどこか断りづらい雰囲気があった。

「もし酔ってはぐれたらここに集合な」

 

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毎週ショートショートお題 「ひと夏の人間離れ」

毎週ショートショートお題 「ひと夏の人間離れ」

「あれ?あんたもう帰ってきたんね。明日の午後や言うてたのに」

「うん。講義が休講になったから、友達も昨日から帰省してるし」

「そうね。お父さんは朝から山入ってて、よう子はいつもの川で遊んでるから迎え行ってあげてくれん」

 大学の夏休みで久しぶりに帰ってきた実家は、あっけらかんとするほどいつも通りで、照りつける日差しも、忙しなく鳴き続ける蝉の声も、なぜか東京にあるエアコンの効いた 部屋よりも心

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毎週ショートショートお題 「黒幕甲子園」

毎週ショートショートお題 「黒幕甲子園」

「あれ?古田さん、ここで何してんすか?捜査の一環ですか?」

「阿呆、俺は休みで甲子園見に来ただけや。こう見えても昔は高校球児やったからな。てかお前こそ何してんねん?」

「いや僕は野球にはあんま興味ないけど、ちょっとおもろい噂を聞きましてね」

「なんやそれ?」

「今年の甲子園、えらい不可解な判定が多いと思いません?」

「…確かにそう言われたら、一回戦からそれ判定逆ちゃうかってシーンは多かっ

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毎週ショートショートお題 「鋭利なチクワ」

毎週ショートショートお題 「鋭利なチクワ」

「ご苦労様です、被害者はこの居酒屋の店主で、厨房での仕込み中に後ろから首を切られています。
 第一発見者は従業員の男性ですが、店内には忍び込まれた後や争った形跡もなく、凶器の発見もできておりません」

「お店にある刃物類は全部調べたんだね?」

「はい、この店にある物が凶器として使用された形跡はないということです」

「困ったねぇ、このシンクにばら撒かれたちくわはなんだい?」

「これは客のお通し

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毎週ショートショートお題 「非情怪談」

毎週ショートショートお題 「非情怪談」

 タワーマンションの警備の仕事に就いてもうすぐ半年になる。
 基本的には監視モニターのチェックや巡回警備と設備点検をするだけで、有事の事態が起こらなければ楽な仕事だ。ただ唯一の問題が、一緒に働く先輩である。
 この先輩は三年ほどのキャリアがあり、僕に仕事を覚えさせるという名目でほとんどモニターの前から動こうとしない。
 今日も夜になって突然エレベーターが壊れたのだが、住人が帰って来る度に僕は

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毎週ショートショートお題 「見たことがないスポーツ・薔薇の決闘」

毎週ショートショートお題 「見たことがないスポーツ・薔薇の決闘」

 中世のヨーロッパでは頻繁に決闘が行われていた。
 特にフィアンセを巡る男同士の決闘に至っては立会人もいないままに行われることが多く、無利益な決闘を禁止する法律が制定され、決闘の代わりにあるスポーツが生まれた。

 正装をした二人の男の前には、白いドレスを着た意中の女性が一人シルバーのトレイを手に立っている。
 男達の片方が赤い薔薇を、もう片方が青い薔薇を持って女性から三メートル離れた場所に並ぶ。

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毎週ショートショート お題 「リベンジトリートメント」

毎週ショートショート お題 「リベンジトリートメント」

 また今日も全身が煙草臭い。髪の毛も、昨日買ったばかりの服も、全ては一日あの男の隣にいるせいだ。
 毎回クリーニングに出すわけにもいかず、家に帰ったら洋服に大量の消臭スプレーを噴射して、部屋のどこにも体が触れる前にシャワーを浴びる。
 けれどそんな毎日も今日で終わりだ。このトリートメントがあれば、私のいる空間全てが甘いバラの香りに包まれる。これは家の近くの小さな薬局で見つけて一万円もするその値段に

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毎週ショートショート お題  「海のピ」

毎週ショートショート お題 「海のピ」

 幸子は毎朝の日課として、海岸のゴミや漂流物を拾い清掃していた。
 空き缶や空き瓶、お菓子の包装やペットボトルなど海岸に落ちた様々なゴミの中には、どこから流れ着いたのか外国の文字で書かれた洗剤の容器なんかもある。

 海や海岸を少しでも綺麗にしているつもりが、幸子はゴミを拾えば拾うほど、日々この星が汚されていくのを実感するだけのような気がしていた。
 砂浜の流木に幸子は腰掛け海を眺めた。
 海は穏

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毎週ショートショート お題 「彦星誘拐」

毎週ショートショート お題 「彦星誘拐」

 幾年月が流れたろうか、神の着物を織ることが使命だった織姫の仕事は、いつからか皆の願いを叶えることに変わっていった。地上から織姫に託された様々な願いごとの中から、神官によって選ばれたいくつかの短冊が織姫に手渡されるのだ。

 彦星との逢瀬の時間を夢見て、織姫は短冊に書かれた願いを一つずつ叶えていったが、七月七日の夜にだけ天の川に架かけられる橋の上に彦星の姿はなかった。
 彦星との再会が叶わなかった

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毎週ショートショートお題 「一方通行風呂」

 「お〜い、そっちの湯加減はどうだ?石鹸を忘れたから投げてもらおうかなんて思ったけど、ちゃんとした温泉には色々と備え付けであるんだな」

 英夫の声は湯気と共にゆらゆらと立ち昇り、文子の返事を待たずに消えていった。子供達はもうそれぞれの暮らしを始め、夫婦の生活にはゆとりが出来た。働き詰めだった英夫は昇進し金も稼いだが、今になって文子の望んでいた幸せは何一つ残せていないと気づいた。
 こうして無理や

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毎週ショートショートお題 「天ぷら不眠」

毎週ショートショートお題 「天ぷら不眠」

 男は幻聴に苛まれていた。
 天才ピアニストとして世界中から称賛を浴びる日々の中で、観客から男に向けられる拍手の音が、耳の奥でずっと鳴り続けているのだ。
 それは男がベッドで目を閉じても変わらなかった。暗闇の中でいつまでもパチパチと拍手が頭に響き続けていた。

 その原因が周囲からの過度なプレッシャーやストレスだと男は分かっていた。しかし同じように男は立ち止まれないことも理解していた。

 眠れぬ

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