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メンタルヘルスとポップカルチャー

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一端の若手精神科医が日々の診療で感じていること、そこから連想したポップカルチャーの話をまじえながら書き残していく文章のシリーズです。
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記事一覧

ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

「へレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督による3作目の長編映画『ボーはおそれている』。日常のささいなことで不安になる怖がりの男・ボー(ホアキン・フェニックス)が怪死した母親に会うべく、奇妙な出来事をおそれながら何とか里帰りを果たそうとするという映画だ。

本作は上記記事で監督自身が語る通り、ユダヤ人文化にある母と子の密な関係性、そして"すべては母親に原点がある"というフロイトの

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メンタルヘルスと2023年のポップカルチャー②支配と名前、否認とファンダム

メンタルヘルスと2023年のポップカルチャー②支配と名前、否認とファンダム

2023年のポップカルチャーを語る上で旧ジャニーズ事務所の問題は避けて通れない。大きなファンダムがあり、そのブランド力も桁違いであり、多くの人々が心の拠り所だったジャニーズが、その名づけ親であるジャニー喜多川氏の性加害問題によって社名変更、全タレントの移籍という事態に陥った。

性加害者の名前を冠した会社名が変わるということはそうなるべきと頭では理解していたが、いざそうなってみた時の驚きが確かにあ

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メンタルヘルスと2023年のポップカルチャー①"病み"を魅せることについて

メンタルヘルスと2023年のポップカルチャー①"病み"を魅せることについて

アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」が年末年始に大きく注目されたこともあってかアジカンが「転がる岩、君に朝が降る」を演奏することが増えた2023年。あの作品が描いていた、自虐をしつつも自分を強く守る姿は広く共感を呼んでいたし、高いプライドと低い自信が標榜する"自傷的自己愛"と、その姿勢と向き合った最終話は紛れもなく多くの人が胸を打たれていた。

しかし現実はそう簡単ではない。現代において、成熟した自己愛

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診察場面として観る「LIGHT HOUSE/ライトハウス」

診察場面として観る「LIGHT HOUSE/ライトハウス」

「LIGHT HOUSE」と「THE Lighthouse/ライトハウス」という作品を観た。片や星野源と若林正恭(オードリー)がお互いの悩みを語り合うトーク番組で、片やロバート・パティンソンとウィレム・デフォー演じる2人の灯台守が狂気に駆られる映画作品である。タイトルが同じゆえ検索でどうしても同時に出てくるのでついでにと2本続けてみたのだが、どちらも“2人の男の対話”を通して紡がれる作品でありなが

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欲動と享楽を巡る旅/宮﨑駿「君たちはどう生きるか」の精神分析的な1つの見立て

欲動と享楽を巡る旅/宮﨑駿「君たちはどう生きるか」の精神分析的な1つの見立て

宮﨑駿監督の10年ぶりの新作長編映画「君たちはどう生きるか」に打ちのめされている。その幻惑的な世界と複層的な作品構造が思索に耽ることをやめさせてくれない。様々な見方がある作品であり、多くの解釈が既にある中で私も私なりに精神分析的な見方で本作を好き勝手読み解いてみようと思う。

眞人のエディプス・コンプレックス精神分析の創始者・フロイトは男児とは元来、母親に性愛的感情を抱く生物であると捉えた。ゆえに

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"痛みたい"という欲望/石田夏穂「その周囲、五十八センチ」〜メンタルヘルスとポップカルチャー

"痛みたい"という欲望/石田夏穂「その周囲、五十八センチ」〜メンタルヘルスとポップカルチャー

精神科診療の現場において「これさえ変えれば全てがうまくいく」という強い確信に囚われている人とよく出会う。例えば整形。このパーツを理想的なものに変えれば絶対に人生がうまくいくという確信を持ちながらも整形のためにお金を稼ぐ上でトラブルに巻き込まれ精神科受診に至った人もいた。人生を良い方向に持っていくために取った選択が、自分を苦しめてしまった。

自分に自信を持つため、という選択で整形を選ぶ人もいるが「

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アジカン精神分析的レビュー『ファンクラブ』/分裂する対象、解離するバンド

アジカン精神分析的レビュー『ファンクラブ』/分裂する対象、解離するバンド

3rdアルバム『ファンクラブ』(2006.3.15)

『ソルファ』の大ヒット後、1年半で届けられた3rdアルバム。これまでに比べて複雑化した楽曲が増え、リズムやギターワークを工夫し、アンサンブルを丁寧に積み上げて作られたことがよく分かる。オリコン3位、累計売上は25万枚、充分なヒット作と言えるが、内容としてはかなり暗い楽曲が多い。

上記の日記でも書かれている通り、2000年代の真ん中は後藤正文

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荻上直子「波紋」/癒しをぶち抜く身体

荻上直子「波紋」/癒しをぶち抜く身体

”癒し“という言葉が名を馳せて随分と経ったが、よく考えれば、”癒し“とはそこに傷がある前提の言葉である。傷が“癒し”によってほっこり包み込まれることは一時的に効果を出すだろうし、小さな“癒し”が人生を救うこともあるだろう。しかしその傷が“癒し”を拒むものだとしたら、どうなるのか。

セルフカウンターとしての「波紋」「かもめ食堂」や「めがね」など、癒し系やほっこり系と形容される映画で2000年代に頭

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アジカン精神分析的レビュー①『崩壊アンプリファー』/初期衝動とアイデンティティ

アジカン精神分析的レビュー①『崩壊アンプリファー』/初期衝動とアイデンティティ

1stミニアルバム『崩壊アンプリファー』(2003.4.23)

2002年11月にインディーズでリリースされた初の流通盤を再録などもせず翌年にキューンレコードから再発売し、メジャーデビュー作となった1枚。再販に際してテレビアニメ『NARUTO』のオープニングテーマとして収録曲「遥か彼方」が起用され、アジカンの名は広く知れ渡るようになった。

アジカンの結成は1996年の4月。2000年代に入り大

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庵野秀明『シン・仮面ライダー』/仮面を被り成熟すること

庵野秀明『シン・仮面ライダー』/仮面を被り成熟すること

庵野秀明監督が池松壮亮を主演に迎えて「仮面ライダー」をリメイクした『シン・仮面ライダー』。幼少期に平成ライダーに親しんで以降、当たり前のようにそこにあった仮面ライダーの"仮面"の役割をあらゆる角度から捉え直し、庵野秀明の作家性と色濃く繋がったとても興味深い1作だった。

仮面の役割本郷猛(池松壮亮)は出てきて早々と緑川ルリ子(浜辺美波)に"コミュ障"とラベルを貼られる。本郷は仮面を被って甚大な力を

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『ザ・ホエール』/あと数歩だけ光の方に

『ザ・ホエール』/あと数歩だけ光の方に

“ひきこもり”と“過食”の映画COVID-19で自宅療養した昨夏、最初は久々の長期休暇!などと考えていたが隔離期間が1週間を過ぎると無性に寂しさが募った。映画やアニメを楽しんでいたはずが、世界から隔絶された気分に陥った。部屋に閉じこもり、生のコミュニケーションを断つことは相当の忍耐が必要であり、"ひきこもり"は覚悟がなければ成立しないことを実感した経験だった。そして、それほどの苦痛を越えてでもひき

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「機動戦士ガンダム 水星の魔女」で考える母娘関係のメンタルヘルス/同一化という呪縛は解かれ得るのか

「機動戦士ガンダム 水星の魔女」で考える母娘関係のメンタルヘルス/同一化という呪縛は解かれ得るのか

母娘を描く「水星の魔女」精神科医として患者に接する上ではその人固有の苦しみに向き合うことに努めているが、時としてかなり似た苦しみを抱えているケースに直面することも多い。例えば摂食障害の女性患者は話を聞いていくうちに親子関係、特に実の母親との関係性に苦しめられていることが非常に多い。明確な虐待やネグレクトがあるというわけではない。むしろ、度を越えた関わりの深さゆえに娘の身体に強い影響をもたらしていく

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セラピーとしての「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」/多元宇宙というナラティブ・アプローチ

セラピーとしての「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」/多元宇宙というナラティブ・アプローチ

3/3公開の「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」。大好きな死体泳ぎ映画「スイス・アーミーマン」のダニエルズ監督作で、シャンチーの叔母さんが多元宇宙を行き来してカンフーで闘うという概要からしてワクワクしていたのだが、内容は実写版ボボボーボ・ボーボボと言うべきハジケ勝負のオンパレードだったし、久々に劇場で声を出して笑った映画だった。

数年前までほとんど邦画して観てこなかったので米国

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診察という推理に身を置くこと

診察という推理に身を置くこと

(ヘッダー画像はなまずのおばけさんに書いていただきました)

何度となく観ようと思いながらずっと着手できていなかった「ツインピークス」を見終わった。そういえば昔はミステリ作品や、捜査モノの作品を多く見ていたが最近はめっきりだったので「ツインピークス」は久しぶりの“謎解き”で、むしろ新鮮に観ることができた。

「ツインピークス」は1つの町を舞台に、ローラ・パーマーという女性の殺人事件を追うFBI捜査

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