私道かぴ (安住の地)

安住の地 所属。http://anju-nochi.com 戯曲や小説やコラムなどを書…

私道かぴ (安住の地)

安住の地 所属。http://anju-nochi.com 戯曲や小説やコラムなどを書きます。

マガジン

  • どこかでだれかときいたはなし

    劇作家・美術家の私道かぴが、作品づくりのために行った先々で聞いた話、経験した出来事について書いたコラムです。毎週水曜に更新します。(2024年1月~)

  • あなたも生きてた日の日記

    2022年は1つのテーマにつき2ケ月程かけて書いていきます。テーマは【ぬいぐるみ】【英会話】【身体】等を予定。すべては、あなたも生きてた同じ日に、起こった出来事です。

  • 道後温泉クリエイティブステイ日記

    道後温泉活性化プロジェクトのうち「クリエイティブステイ」の日記です。松山や道後のことを中心にリサーチ、創作を進める記録です。

  • もしもしからだ

    見逃しがちな身体感覚や、人間のふとした会話についてのコラム。時勢柄、コロナウイルスや、過去のことを考えるコラムが多めです。

記事一覧

どこだれ⑯ 蚕に教わったこと

今年も蚕を飼っている。 昨年「かいころく」という養蚕にまつわる演劇を作り、長野県の大桑村と兵庫県の豊岡で上演した。その脚本を書く際に、蚕の生態をこの目で見たいと…

どこだれ⑮ 幽霊話がいやだったわけ

「ホールの下手の奥の方、出るらしいですよ」 ある滞在中、何人かで会場の下見をしている時に、ホールの担当者がそう言った。「えっ本当ですか?」と別の関係者が尋ねる。…

どこだれ⑭ 地元神戸、知らなかった街のこと(後編)

神戸をテーマに創作するにあたって、まずは震災のことを今一度知らなければと思った。足を運んだのは、HAT神戸にある【人と防災未来センター】だ。阪神淡路大震災の記憶を…

どこだれ⑬ 地元神戸、知らなかった街のこと(前編)

「お洒落なところでいいですねえ」。 これまで出身が神戸だと伝えた時に、最も多かった返事だ。次に多いのは、「山もあって海もあって、自然が多い場所ですね」「住みやす…

どこだれ⑫ 駅で他人に懇願すること

切符売り場の前で、私は途方に暮れていた。その駅は、地方でもたくさんの電車が乗り入れる所で、路線も沢山伸びていた。そのため切符売り場の路線図には、信じられないほど…

◎宮古駅から出た列車の行き先

『〇〇のこえ』と題して、日本各地でその土地に住む方にお話を聞き、作品をつくるということを続けている。宮古に来るすこし前には、神奈川県横浜市の左近山団地に滞在し、…

どこだれ⑪ すべて見ていた山

ある神社を探していた。 その地域に昔住んでいたという人から、「べこ(牛)を祀っている神社があって、そこによく行ったもんだ」と教わって、実際に見たくなったのだ。地…

どこだれ⑩ 子どもたちを尊敬している

芸術関係のことをしていると、度々ひょっこりと現れるのが「ワークショップ」の機会だ。 中学の頃、はじめてこの言葉を調べた。そのときはワークショップ=「体験型の講座…

どこだれ⑨虫に愛着を持つ日

その滞在場所はすぐ後ろに山があって、よく言えば自然が近く、表現を変えれば色々な動物が家の中に転がり込んでくる環境だった。 夜中、寝ようとして布団に潜り込むと天井…

どこだれ⑧聞き書き作品のプライバシー

どこかの土地に行って、そこに住んでいる人に話を聞き、聞いたエピソードを基に作品をつくることを続けている。最終的にどのような形になるのかは、演劇だったり展示だった…

どこだれ⑦一生をかけた作品をもらう

どこかの土地に滞在して、いっとき親しくなったとしても、作品をつくって発表してしまえば呆気なくそこを去る。 最初のうちはそのことを後ろめたく思ったりしたものの、繰…

どこだれ⑥むこうの言葉でしゃべる人たち

昨年は縁あって、漁師と猟師に話を聞く機会があった。読み方はおなじでも、双方の職業はかなり違う。 私が会った漁師の面々は豪快な方が多く、たんと食べるし良く飲んだ。…

どこだれ⑤知らない誰かの善意を聞く

その日、私はある小学校の前で困り果てていた。校門にはガッチガチに南京錠がしてあって、インターホンの横には「関係者以外お断り」と掲示がある。 奥の校庭からは子ども…

どこだれ④去り際のあいさつの美しい人

いつからだろう、自分でもわからないのだけど、気がつくとやっている癖がある。 それは、一緒にいた誰かと別れる時、その人の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送るというも…

どこだれ③なぜ震災のニュースを見るのか

人々は、みな同じ方向を見ていた。視線の先にはテレビの画面があり、バラエティー番組が映し出されている。街はずれの風呂屋の大浴場で、人々が何をするともなくぼーっと映…

どこだれ②昭和歌謡のサイズ感

2023年の紅白歌合戦では、昭和歌謡がたくさん歌われた。この年、丁度私も昭和歌謡をたくさん聴いていたので、思いがけず嬉しい年の瀬となった。大掃除の手を動かしながら流…

どこだれ⑯ 蚕に教わったこと

どこだれ⑯ 蚕に教わったこと

今年も蚕を飼っている。
昨年「かいころく」という養蚕にまつわる演劇を作り、長野県の大桑村と兵庫県の豊岡で上演した。その脚本を書く際に、蚕の生態をこの目で見たいと思い、自宅で飼ってみたのだ。その子たちが産み残した卵を保管していたら、今年は春先に急にあたたかくなったのもあり、わらわらとあっという間に孵ってしまった。昨年は、最後の脱皮を終えそこそこ成長した状態の蚕を飼った。夏だったので人間が寒く感じるほ

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どこだれ⑮ 幽霊話がいやだったわけ

どこだれ⑮ 幽霊話がいやだったわけ

「ホールの下手の奥の方、出るらしいですよ」

ある滞在中、何人かで会場の下見をしている時に、ホールの担当者がそう言った。「えっ本当ですか?」と別の関係者が尋ねる。

「何人も見たって言うし、霊感ある人は下手で待機したくないってよく言います」

こういう類の話は、演劇に携わっていると至る所で聞く。髪の長い人がいたとか、誰かの声がしたとか、どれもどこか似通っている。こういう話が全くないホールって存在す

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どこだれ⑭ 地元神戸、知らなかった街のこと(後編)

どこだれ⑭ 地元神戸、知らなかった街のこと(後編)

神戸をテーマに創作するにあたって、まずは震災のことを今一度知らなければと思った。足を運んだのは、HAT神戸にある【人と防災未来センター】だ。阪神淡路大震災の記憶を語り継ぎ、教訓を今後に生かす防災学習施設として2002年に開館した施設で、公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構が管理運営を担っている。
(ちなみに、HAT神戸のHATは「Happy Active Town」の頭文字を取ったもので、

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どこだれ⑬ 地元神戸、知らなかった街のこと(前編)

どこだれ⑬ 地元神戸、知らなかった街のこと(前編)

「お洒落なところでいいですねえ」。
これまで出身が神戸だと伝えた時に、最も多かった返事だ。次に多いのは、「山もあって海もあって、自然が多い場所ですね」「住みやすそうな所」だろうか。とにかく、神戸という土地に対してはみな何かしらよい感想を告げてくれる。そんな時、自分が何をしたわけでもないけれどどこか照れくさくなったり、誇りを持ったりするのが一般的な反応なのかもしれない。しかし、私はなぜかこういう言葉

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どこだれ⑫ 駅で他人に懇願すること

どこだれ⑫ 駅で他人に懇願すること

切符売り場の前で、私は途方に暮れていた。その駅は、地方でもたくさんの電車が乗り入れる所で、路線も沢山伸びていた。そのため切符売り場の路線図には、信じられないほど多くの線が広がっている。図に入れるだけ入れようという気概が感じられ、見たことも聞いたこともない駅名がこれでもかと並んでいた。これから目指す駅など到底直ぐには見つけられない様子だった。
最初は地道にひとつずつ見ていたのだが、段々と焦ってきた。

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◎宮古駅から出た列車の行き先

◎宮古駅から出た列車の行き先

『〇〇のこえ』と題して、日本各地でその土地に住む方にお話を聞き、作品をつくるということを続けている。宮古に来るすこし前には、神奈川県横浜市の左近山団地に滞在し、団地に住む人々の暮らしや人生の話をまとめた『団地のこえ』を制作した。戦後の住宅需要の高まりのなか1968年に建てられたこの巨大団地では、全国各地から横浜に出てきた人々がいまも多く暮らしている。その人生はまさに企業戦士といった様子で、高度経済

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どこだれ⑪ すべて見ていた山

どこだれ⑪ すべて見ていた山

ある神社を探していた。
その地域に昔住んでいたという人から、「べこ(牛)を祀っている神社があって、そこによく行ったもんだ」と教わって、実際に見たくなったのだ。地図上にはこの辺りだと表示されているが、それらしきものは見当たらない。すぐ近くに海を臨む土地で、風が吹くと潮の匂いが鼻をかすめる。うろうろしていると、道の途中にとつぜん鳥居が現れた。しかし、その先にはただ建物が並んでいるだけで、神社らしきもの

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どこだれ⑩ 子どもたちを尊敬している

どこだれ⑩ 子どもたちを尊敬している

芸術関係のことをしていると、度々ひょっこりと現れるのが「ワークショップ」の機会だ。
中学の頃、はじめてこの言葉を調べた。そのときはワークショップ=「体験型の講座」と認識した。受けるばかりだったそれを、今では自分がやる側になっているのだから人生はわからない。
劇場や公共施設からの依頼や自主企画で何度かやっているが、いままで縁遠かったのは「子ども」に対するワークショップだ。劇団や個人ではたびたび対象を

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どこだれ⑨虫に愛着を持つ日

どこだれ⑨虫に愛着を持つ日

その滞在場所はすぐ後ろに山があって、よく言えば自然が近く、表現を変えれば色々な動物が家の中に転がり込んでくる環境だった。
夜中、寝ようとして布団に潜り込むと天井のあたりでなにやらごそごそ音がする。パチッと照明をつけると、梁の上を走り去る後ろ姿が見え、大きさとしっぽの長さから察するにネズミだった。朝、リビングで作業をしていると視界の端に何かが動く。視線を落とすと足元を蜘蛛が駆け抜けていく。夕方、玄関

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どこだれ⑧聞き書き作品のプライバシー

どこだれ⑧聞き書き作品のプライバシー

どこかの土地に行って、そこに住んでいる人に話を聞き、聞いたエピソードを基に作品をつくることを続けている。最終的にどのような形になるのかは、演劇だったり展示だったりと都度異なるのだけど、毎回意識しているのは「複数人の証言を混ぜて一人の人物の言葉にする」ということだ。
例えば、農家の方のエピソードを書くときは、誰かひとりの農業経験を基にしながら、奥さんの証言だったり、いつか別の機会に聞いた農具の作り方

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どこだれ⑦一生をかけた作品をもらう

どこだれ⑦一生をかけた作品をもらう

どこかの土地に滞在して、いっとき親しくなったとしても、作品をつくって発表してしまえば呆気なくそこを去る。

最初のうちはそのことを後ろめたく思ったりしたものの、繰り返すうち「この位の付き合いが丁度よかったのだ」とか「同じように聞くべき話があるならそちらに足を運ぶことも大切なのだ」と思うようになった。
ただ、忘れ去ってしまうのかというと勿論そんなことはなく、どこか別のところを歩いていても「今日もあの

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どこだれ⑥むこうの言葉でしゃべる人たち

どこだれ⑥むこうの言葉でしゃべる人たち

昨年は縁あって、漁師と猟師に話を聞く機会があった。読み方はおなじでも、双方の職業はかなり違う。

私が会った漁師の面々は豪快な方が多く、たんと食べるし良く飲んだ。乗組員や漁仲間を大切にする文化ゆえだろう、陸に上がると昼夜関係なく飲み会が頻繁に開催される。顔を真っ赤にして大きな声で話す姿は、海の男のイメージそのものだった。
一方の猟師の面々は、どちらかというとお互いあまりつるまない印象だった。もちろ

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どこだれ⑤知らない誰かの善意を聞く

どこだれ⑤知らない誰かの善意を聞く

その日、私はある小学校の前で困り果てていた。校門にはガッチガチに南京錠がしてあって、インターホンの横には「関係者以外お断り」と掲示がある。
奥の校庭からは子どもたちの楽しそうな声が聞こえる。しかし、その声が遠い。インターホンを押すか否か迷って、結局やめて引き返した。

広告会社で飛び込み営業をしていた頃、色々な失敗をした末に、初対面の会社に伺う時に最も気をつけなければいけないことを悟った。それは「

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どこだれ④去り際のあいさつの美しい人

どこだれ④去り際のあいさつの美しい人

いつからだろう、自分でもわからないのだけど、気がつくとやっている癖がある。
それは、一緒にいた誰かと別れる時、その人の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送るというものだ。駅の改札や、分かれ道や、建物の曲がり角などで「じゃあ、また」と手を振って別れた後、すぐに歩き出すのではなく、相手の歩いてゆく後ろ姿を見送る。大概の場合相手は気づいていない。そのままスマホを見たり、あるいは人ごみに紛れてすぐに姿が見えな

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どこだれ③なぜ震災のニュースを見るのか

どこだれ③なぜ震災のニュースを見るのか

人々は、みな同じ方向を見ていた。視線の先にはテレビの画面があり、バラエティー番組が映し出されている。街はずれの風呂屋の大浴場で、人々が何をするともなくぼーっと映像を見ていた。普段と変わらぬ光景だ。
いつもと違うのは、その画面の四隅に「にげて 津波」という文字が大きく表示されていることだった。

元旦に、大きな地震があった。その日に結構な距離を歩いていた私は、夕方に起こったその揺れをめまいと勘違いし

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どこだれ②昭和歌謡のサイズ感

どこだれ②昭和歌謡のサイズ感

2023年の紅白歌合戦では、昭和歌謡がたくさん歌われた。この年、丁度私も昭和歌謡をたくさん聴いていたので、思いがけず嬉しい年の瀬となった。大掃除の手を動かしながら流れる歌を聞いていると、今年出会った昭和生まれの方々の顔がいくつも浮かぶ。

それは、左近山団地に滞在しながら、作品づくりのために住民の方に話を聞いていた時のこと。ベンチに座っている高齢男性と目が合ったので、挨拶がてら話をした。男性は集団

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