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星月渉の本棚

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読んだものと読みたいものをまとめていくマガジンです。
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#小説

街中華のマトリックス

街中華のマトリックス

 街中華と瓶ビール。そして強火を使った食事はどこからか抜け出す力を生み出すのかもしれない。

 
 二月の金曜の夜。西高東低の強い気圧配置が列島を覆う。そこに南岸低気圧が八丈島沖を進み、夜半に雪が降る。それまでは三国山脈を乗り越えた冷たく渇いた風が吹く。

 大きな発送ミスがあり、会社の冷え切った倉庫で肉体労働を後輩の佐藤と朝から始めた。体を動かした時にかいた汗が冷気に包まれ体を冷やす。それが何度

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リンナとカンナ【第一話】

リンナとカンナ【第一話】

※この作品は、 noteが開催している #創作大賞2024 に応募しています。

【あらすじ】第二話はこちら
第三話はこちら
第四話はこちら
第五話はこちら

第一話【プロローグ】

 朝から、姉の凛菜が起こした殺人事件でワイドショーは持ち切りだった。環奈は、やれやれとため息をつく。

「私があの時……あの時引き取っていれば……」

 環奈の母は、テレビでそのニュースを見るなり、その場に泣き崩れた

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ノイズキャンセラー 第一章

ノイズキャンセラー 第一章

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

あらすじ 宮崎琢磨は、高校最後の夏休みに通り魔事件に巻き込まれ引きこもりになった。悶々とした日々を過ごす中、いつしか自分も大きな事件を起こしてやろうと思うようになっていた。
 佐藤亜沙美は勤め先の客からストーカー被害に遭い仕事を辞めた。隣県に移り住み、コールセンターの仕事を見つけ、働きながら立ち直ろうとしていた。
 新山和哉は銀行から保険会社に転職し、思

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小説|犬と金魚

小説|犬と金魚

 風が冷たくて、耳が痛くなる程だった。
 片方の耳を揉みながら店に入った。
 カウンターに着いてバーボンを頼む。
 注意していないとそれとは判らないくらいの微笑でバーテンダーは注文を受ける。
 会社勤めなら定年間近といった頃のおやじが一人でやっている小さな店だが、満席には滅多にならない。
 三人の客が帰っていった。
 おやじと私の二人きりになった。
 サービスのつもりか、珍しくおやじが話しかけてき

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「あかりの燈るハロー」第一話

「あかりの燈るハロー」第一話

プロローグ ゴウン…ガロン…ギ…ギギ…ギ。
 ゴウン…ガロン…ギ…ギギ…ギィィ……。

 やがて、観覧車は完全にその動きをとめ、遊園地にともされたはなやかな電飾も消えると、あたりを静けさが包みこんでいく。

 耳をすませば、かすかに聞こえる波の音だけ。
 あたしは歌う。

 ♪ ハウマッチウッド・ウッドアチャック・イファウッドチャック・クッドチャックウッド?
 ♪ ハウマッチウッド・ウッドアチャッ

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緑玉で君を想い眠る①

緑玉で君を想い眠る①

 純白のウエディングドレスが、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
 溢れ出す鮮血は止まるところを知らず、傷口を押さえる手を擦り抜けていく。

「叶羽……!」

 彼の手が、私の頬に触れる。私はその手を握り返す。
 同じように彼の名前を呼びたいのに、唇が震えて言葉が出てこない。

 ようやく周囲のゲスト達も現実の状況に頭が追い付いたのか、ざわめきと悲鳴が入り混じり、場は混乱に満ちていく。
 西洋建

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骸骨探偵は死の理由を求む 第1話

骸骨探偵は死の理由を求む 第1話

目覚めると、私は広大な川岸にぽつんと一人で立っていた。

「ここ……どこ……?」

 慌てて周りを見る。
 足元はホームセンターで売られているような、異常に真っ白な砂利が敷き詰められており、足を動かすと微かに石が擦れ合う音がする。
 眼の前には、上流も下流も向こう岸までもが見えないほど恐ろしく大きい川。よく見なければ流れているのかさえ分からないくらいゆったりと流れている。
 正直言って見たことない

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トゴウ様 第1話『引退配信』

トゴウ様 第1話『引退配信』

あらすじ

本編

「リスナーのみんな、こんばんは。突然だけど、動画のタイトルにもあるように、今日で俺はMyTuberを引退しようと思う」

 リアルタイムでの生配信。

 休日とはいえ早朝であるにも関わらず、視聴者の集まりは悪くない。突然の引退というインパクトと、数時間前に告知をしていたのが良かったのだろう。

 開口一番の俺の引退表明に、コメント欄が困惑や憶測でざわついているのがわかる。

 

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最終死発電車 第1話『平凡な人生』

最終死発電車 第1話『平凡な人生』

あらすじ

本編

 僕の人生は、ごくごく平凡でありきたりなものだと思う。

 清瀬蒼真という名を持ち生まれて、二十一年目の冬。

 昔から、勉強も運動も平均的だった。いや、平均よりやや劣るくらいかもしれない。

 人より得意と呼べることはほとんどなくて、Fランクの大学で影の薄い学生生活を送っている。

 年齢だとか学歴だとか、少し上だからという理由だけで、立場以上に圧をかけてくる人間が嫌いだった

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【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第1話

【あらすじ】
 ある日、主人公・西村景は部室で白坂奈衣が死んでいるのを発見した。
 文芸部と演劇部が合併してできたという文演部では、『本作り』と呼ばれる特殊な作品作りが行われていた。
 自分たちで書いたシナリオを、自分たちで演じる。しかし、それは文芸とも演劇とも違い、出来上がったシナリオを演じるのではなく、演じた結果生まれたシナリオこそが作品になるというものだった。
 白坂はいつも自分が死ぬシナリ

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猫のいる殺人 第1話

猫のいる殺人 第1話

あらすじ アパートの一室で若い女性が殺された。事件に挑むのは、捜査一課の新人刑事・明城芽依。バディの大越研吾刑事とともに、半密室の殺人事件解決のため、奔走する。
 保護猫カフェ、猫ボランティア、謎の男に第二の事件。猫を中心とした不可思議な事件の黒幕とその意図とは。
 黒猫の金の瞳だけが、すべてを見ていた。

本編第1話

 その人物は肩で息をしていた。針のような静寂が身を包む。
 何故こんなことに

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レインメーカー 第一話

レインメーカー 第一話

本編

 満点の星に彩られた穏やかな夜。宿泊客たちはコテージの外に出て、焚火を囲んで談笑していた。中にはハンモックに横たわり、贅沢に星空のスクリーンを満喫している者もいる。

 百色島という名の小さな無人島一つを丸ごと宿泊施設とした七軒のコテージは、完全会員制の最高グレードで、管理者不在でも最先端のIOT家電がコテージでの生活を全面的にサポートしてくれる。用意された高級食材の数々はもちろん使い放題

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コイン・チョコレート・トス_第1話

コイン・チョコレート・トス_第1話



🪙 プロローグy=-3x²の放物線を描きながら、宙を舞うコインチョコ。

玄関の白い天井の少し下の位置を最高到達点とし、コインチョコは幸子の手の平に落ちてきた。幸子はそれを両手で優しくキャッチする。

幸子はコインチョコが左手に落ちてきた瞬間、上から右手をそっと添える。コインチョコがどちらかを向いているかが見えないように静かに隠す。

表か、裏か。

全ての決断は、コインチョコに委ねられた。

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「ごえんのお返しでございます」1話 糸屋「えん」①

「ごえんのお返しでございます」1話 糸屋「えん」①



 十二月を師走というが、「師」を「教師」に限定すれば、四月も同じくらい慌ただしいものだと、端から見ていて思う。

 一年でやらなければならないカリキュラムは決まっていて、それなのに、健康診断やら歓迎会やらで、授業時間は限られる。五月末の中間テストは、範囲が狭くなりそうだともっぱらの噂だった。

 連休でほっと一息ついたのもつかの間、中学の知識を前提として、ガンガン進んでいく授業に、ちらほらと離

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