花奏 希美
結婚を考えていた彼氏からフラれた甘樂燈架(あまら とうか)は、食べ損ねたケーキへの未練から、とあるケーキ屋に足を踏み入れる。 そこでパティシエの小豆田(あずきだ)から唐突に告白される。彼は「告白して玉砕しないと気が済まない」病らしい。 元彼は後輩と結婚し、会社に居づらくなった燈架は、『patisserie FUKUSHI』に転職することに。 フォレノワールを渡す意味、ほんのり茶色いヨーグルトムース、パウンドケーキの思い出、モンブランに隠されたメッセージ、エクレアが特別なお菓子である理由。 愉快な仲間達と共にお菓子に込められた想いと謎を解いて、新たな幸福を届けるお仕事ミステリー。
結婚を控えた森白叶羽(もりしろ かなう)のもとに、脅迫状が届いた。結婚をやめろ、従わなければ式が血で染まる、と。 送り主は、中学生だった時自分を誘拐した犯人だと直感した叶羽は、当時交際していた、現在は顧問弁護士の守(まもる)に話を聞きに行く。犯人が捕まらずに時効になったため、恋人だった彼が犯人である可能性が、0ではなかったからだ。 婚約者の由貴(ゆき)と共に15年前の犯人、そして脅迫状の送り主を推理していくが、容疑者すら炙り出せない。 その中叶羽は、守の妻、夢香(ゆめか)から呼び出しを受ける。夢香とは学生時代、因縁があった。再び彼女の毒牙にかかりそうになるが、そこで新たな事件が勃発する。 事件の犯人は、そして脅迫状の送り主は、誰?
二.マドレーヌに誘われて 翌日の仕事は、何とも憂鬱だった。 昨日、いつもよりかはオシャレをしていた私を見て「この後何かあるのだろう」と察していた同僚達は、顔には出さないよう努めていても雰囲気が落ち込んでいる私を見て、別の意味で「何かあったのだろう」と察しているに違いない。仕事に支障が無いように、尚登との交際は誰にも言っていないから、内容までは推測できないだろうけど。 それでも、残酷に、時間は何食わぬ顔で過ぎていく。 時間も仕事も、待ってはくれない。 だから今日
Mémoire 1 閉店間際の店内。 日照時間は延びてきていても、太陽が沈めば、ボトンと灯りが落ちたように。急激に暗くなる。 こんな時間にケーキを買いに来る人は、ほとんどいない。 夕食後のデザートをわざわざケーキ屋に来てまで買い求める人もいない。突如ケーキが食べたくなったとしても今の時代は、コンビニで手軽に買えるのだから。 人がケーキを買う時とは、どういう時なのだろう。 誕生日、クリスマス……、入学や卒業、記念日、父の日、母の日、勤労感謝の日? あ
一.フレジェな出逢い 白いテーブルクロスがついた正方形のテーブル。窓際に設置されたその席からは、銀座の夜が一望できる。眼下に広がるのは、闇の中でグラニュー糖のように眩く光る夜景。瞬きする度に、光が変わる。 窓は机に置かれたキャンドルを反射している。なかなか心が落ち着かなくても、揺らめく炎を見ていると、これから起こるであろうことに備えて、自然と大人の余裕を与えてくれる。 付き合って三年。 歳下の彼が初めて連れてきてくれた、フレンチレストラン。 平日なのにわざわざ
They sleep thinking of …… 会話が途切れた。 私達の席ではない。私の左斜め後ろの、老夫婦の会話だ。食器が擦れる音が微かに聞こえた。先ほど運ばれていた紅茶を飲んでいるのだろう。 私はその瞬間、意を決して振り向き、声を掛けた。 「あの、すみません」 私に席が近かった老夫婦のご婦人が、振り向いた。彼女の正面に座っていた紳士も、私の方を向いた。 「エメラルド婚式って、何ですか?」 老婦人の会話に何度か出てきた単語で、店の人からは「おめで
4 家に帰ると、叶羽さんはソファーに腰掛けて、そのまま背もたれにもたれかかった。布で体は滑って、深く腰掛ける形になる。ぐでんとダルそうにして目を閉じている。 退院してから、外出した後は、こうなることが多い。気分の浮き沈みは減ってきているものの、まだ完全に回復したわけではないのだろう。 「……叶羽さーん、よかったんですか? あんなこと言って……」 お疲れの時に聞くのも無神経だろうか。 けれどもし後悔しているなら、早めに行動した方がいい。担当を変更するという話も
3 翌日も守さんのお見舞いに来てみると、面会謝絶の札が掛けられていた。 あの後ボクが帰ってから彼は、お見舞いに来てくれた玉井家の人達と、一悶着あったらしい。「何で今そんなことを明かすんだ!」「何のために他人の結婚式に行かせたと思っているんだ!」「お前が娘を殺したんだ!」という声で騒ぎに気付いた担当医の久我先生が駆けつけると、見舞い客が守さんに掴みかかっていたらしい。昔空手をしていたという彼が掴みかかっていた人を引き離し、 「ここは病院です。患者を傷付けるためにいらし
2 何か用途があるわけではないデザイン目的の木の枠がある、ベージュの壁、ダークグレーの床、ブラウンのシーツの掛け布団、枕とボックスシーツのみが白の室内は、とても病室だとは思えない。こんな部屋をポンと用意できる霧島家は、ボク達とは違う世界の人達だ。 桜ノ宮大学病院の特別室に、ボクと叶羽さんは来ていた。 その部屋で眠る守さんは、あれから五日、意識が戻っていない。 新婦とゲストの二人が病院に運び込まれる事態となり、勿論結婚式は中止。叶羽さんに付き添ったボクの代わりに
六話:目覚めた時に、 1 「馬鹿なこと言わないで! そんなことのために……!」 二人が何を話しているのか、ボクには聞こえなかった。叶羽さんはボクに背を向ける形になっているし、守さんは大怪我を負っている。でも、叶羽さんのその叫び声だけは聞こえた。 「安静にして! 動かないで!」 何を思ったのか、守さんは立ち上がろうと、体勢を変えていた。左腹部のナイフが刺さっている辺りを押さえて、そのままふらつきながら、ゆっくり立ち上がる、反射的に彼のもとへ駆けていた。 「ちょっと
8 彼女が殺されたと聞いて、一瞬、一昨日の口論の時に自分が殺してしまったのではないかと感じた。 死亡推定時刻、僕は事務所にいたことが確認されており、容疑者からは外れていた。 首を絞められた跡があったそうだ。口論の前に一方的に胸倉を掴んでいたのを思い出して、犯人でもないのに後ろめたい気持ちになった。 光の森公園で遺体は発見されたらしい。平日の夜に、そんな場所に行った心当たりはないか、誰かと会う約束をしていたと聞いていないか……、手掛かりに繋がるような質問をいくつ
7 誘拐事件から十五年の時を経て、再び事件は起ころうとしていた。 脅迫状を読んで、違和感を覚えた。 その違和感の正体に、すぐには気付けなかった。 だが、あの人が、また何か企んでいることだけはわかった。 家に帰ると、扉が大きな音を立てて閉まった。乱暴に閉めたのは自分だとも気付かなかった。 「ちょっと! 何よ!」 リビングにいたあの人はそのまままっすぐに向かう僕に、珍しく動揺していた。 「次は叶羽に何をする気だ」 答えが返って来ない。 「次は叶羽に
6 叶羽に危害を加えられないように、彼女とは徹底的に距離を置いた。 何も難しいことではない。連絡を取らず、近付きもしなければ済む話だ。 それで僕が何を思いどう感じるかは、別の話だ。 感情を殺すのは、得意だろう? なら、上手くやり通せ。 なのにあの人は何が不満なのか、叶羽の友人面をやめない。彼女が桜ノ宮を去る時でさえ、善人を演じていた。 二人が何を話しているかは、僕には聞こえない。 それでも、校内から様子を見ていた僕に気付いていたあの人は、ふとこちらを見上
5 叶羽は誘拐されて、左目を失う大怪我を負った。 ごめんね、叶羽。 君の幸せを守りたいと思っていたのに。 怖い思いをさせて。痛い思いをさせて。 横たわっていた君は、やっぱり涙の跡一つなくて。 あるのは血だけだった。 僕が責められるのは、当然だと感じた。 どんなに口汚く罵られてもいい。 でも叶羽を、これ以上傷付けないで。 この事件で一番傷付いたのは、彼女だ。 なのに、また新しい傷を付けるのは、もうやめてくれ。 そう思いながらも、僕は何も言
4 なのに僕は、彼女の幸せを、守れなかった。 鎌倉にあるという、彼女の別荘へ行った日のことだ。 別荘に行くまでに、鎌倉観光をしていた。ご飯を食べて、彼女はお手洗いに行った。小さな路面店で店内には設置されておらず、店を出て、通り道を逸れた人気(ひとけ)の無い場所に、トイレが設置されていた。小さな建物の中に、男性用女性用の出入り口の扉が、隣り合う形で並んでいた。薄い扉の向こうに、個室が何個あるのかはわからない。ただ、中は広くはないだろう。言葉を選ばずに言うと、ボロボロ
3 いつか別れるのだと覚悟していた僕に訪れたのは、予想外の、その逆の展開だった。 「守のことが、ずっと好きだった」 中等部の黒いワンピースに袖を通した叶羽は、可愛いの中に綺麗が混じるようになっていた。 初等部の時にしていたハーフツインと言うらしい髪型はしておらず、肩甲骨まである髪は、そのままおろされていた。 白い肌を紅潮させながら、今にも泣きそうな顔で、あろうことか、僕は告白されたのだった。 聞き間違いだったのか、「好き」の意味が違っているのか、それとも
2 天真爛漫な彼女は、笑顔が絶えなかった。 そんな彼女は、人目につかない場所で泣いていた。 同級生の男の子から、チビとか、ブスとか、そんな言葉を言われていた。 彼女はそれを、興味無さそうに知らん顔していた。言い返したりしない、大人な対応をできる人だったのだと、関心してしまった。 でも僕は、その現場を見た時、その男の子達を注意するべきだった。 知らん顔してどこかへ歩き始めた彼女は、やがて立ち止まった。一階の階段の後ろにある空きスペースに、とことこと入ってい
Sleeping in the forest 1 父も母も兄も、皆背が高かった。兄なんて、体格もよくて、精悍な顔つきで、とても同じ両親から生まれてきたとは思えなかった。 僕は、父方の祖母に似ているらしい。 父方の祖父母はもう他界していると聞いたから、代わりに写真を見せてもらった。写真を見てようやく、そう言われるのも納得した。小柄で、細くて、繊細な印象を受ける人だった。 女の子に生まれていたら、華奢で綺麗で、皆から羨望の眼差しで見られていただろう。 しかし男