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緑玉で君を想い眠る⑳



 いつか別れるのだと覚悟していた僕に訪れたのは、予想外の、その逆の展開だった。

「守のことが、ずっと好きだった」

 中等部の黒いワンピースに袖を通した叶羽は、可愛いの中に綺麗が混じるようになっていた。

 初等部の時にしていたハーフツインと言うらしい髪型はしておらず、肩甲骨まである髪は、そのままおろされていた。

 白い肌を紅潮させながら、今にも泣きそうな顔で、あろうことか、僕は告白されたのだった。

 聞き間違いだったのか、「好き」の意味が違っているのか、それとも夢なのか。
 あらゆるパターンを考えた。

 だって、こんな都合のいい展開、あるわけがない。
 だから、現実を否定できる要素を、必死に考えた。

 だけど、涙を溢すまいと唇を噛み締めて、握った拳から手のひらに爪を立てている叶羽に気付いて、こんなに必死な彼女を否定するなんて、愚かだと感じた。

 彼女の必死な想いを否定するよりも、僕が思う素直な気持ちを、そのまま言葉にするべきだ。

「僕もだよ」

 それを聞いた瞬間、彼女はいつもの満面の笑みに戻ると思っていた。そして、嬉しさのあまり、跳び跳ねながら抱きついてくるかもしれないとも思っていた。

 なのに、これも真逆の展開だった。

 彼女は目に溜めていた涙をぼろぼろと流して、泣き始めた。
 フラれたのかというほど、大泣きし始めた。

 今、僕、間違ってフッてしまった?
 そう錯覚した。

 始めて人前で泣く彼女を前に、僕は慌てていた。そんな僕になんて気付きもせず、彼女は手で顔を覆って泣き続ける。

 よく聞くと、「よかったぁ」という言葉が時々混ざっている。

 彼女は――森城叶羽は、「幸せ」で泣ける人なんだ。

 悲しくて、辛くて、悔しくて、そういう涙は人に見せられなくても、幸せを前にした時は、人前でも泣けるんだ。

 ならば、彼女がいつでも安心して泣けるように、彼女を幸せにしたい。

 ……いや、それはおこがましい。

 僕が幸せにしなくても、きっと彼女は幸せを見つけられる。
 笑顔で世界を見つめられる。そういう人だ。

 ならば、彼女の幸せを、守っていきたい。

 彼女自身を守れたら、どんなにカッコいいだろう。

 けれど、それは僕には、できない。
 細腕で立ち向かったところで、返り討ちにされる。上から見下ろして威嚇もできない。睨んだところで、迫力が無い。

 知識や法で対抗する自信はあった。でも世の中、法律だけでは人を守れない。

 だから、せめて、叶羽の幸せだけは、守りたかった。
 屈託なく笑えて、躊躇いなく泣ける幸せを、守りたかった。

 いつか、悲しくて、辛くて、悔しくなった時も、目の前で泣いてもらえるように。

 泣くことは、弱いことは、恥ではないから、せめて僕の前では、泣いてもらえるように。

 そんな未来を願いながら、僕は彼女を抱き締めた。

 彼女の幸せが続くまで、この手を離さないと、静かに誓いながら。

   

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