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記事一覧
緑玉で君を想い眠る①
純白のウエディングドレスが、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
溢れ出す鮮血は止まるところを知らず、傷口を押さえる手を擦り抜けていく。
「叶羽……!」
彼の手が、私の頬に触れる。私はその手を握り返す。
同じように彼の名前を呼びたいのに、唇が震えて言葉が出てこない。
ようやく周囲のゲスト達も現実の状況に頭が追い付いたのか、ざわめきと悲鳴が入り混じり、場は混乱に満ちていく。
西洋建
緑玉で君を想い眠る②
一話:祝福が呪いに変わる
1
月曜日、帰宅したらポストの中に入っていたという手紙を見て、真っ先に思った。
「あの事件の犯人が、私を狙っている」と。
あの事件から、もう十五年経っている。
なぜ、今になって……。
この手紙を先に見つけたのは、婚約者の由貴だ。私宛になっている真っ白な封筒を見て、叶羽さん宛ですよー、といつも通りの口調で渡してきた。
差出人名は勿論書かれていない。よく見ると切
緑玉で君を想い眠る③
2
「何ですか、森城社長」
翌朝会社に行った私は、守を呼び出した。
日差しをよく通す大きな窓、私の体格に合わない、大きくて立派すぎる椅子と机。濃いブラウンを中心に揃えられたそれらが、社長室の重厚感を強調している。こんなに質の良い物じゃなくていい。そう言ったのに「社長は堂々と良い物使ってたらいいんですよー」と由貴に言われたのだった。
社長室の執務椅子に腰掛けた私の前に、机を挟んで彼は立って
緑玉で君を想い眠る④
3
私はかつて、「お金持ちのお嬢様」に分類される属柄の人間だった。
父は、城之化粧品を一から立ち上げた。城之洗顔をはじめとした城之シリースと呼ばれる基礎化粧品は、十代から五十代まで幅広く愛される大ヒット商品となり、瞬く間に成功を収めた。
おかげで私は、生まれた時から何不自由なく暮らさせてもらっていたし、贅沢もさせてもらっていた。
日本経済に多大な影響を与えている桜錦家と、その縁戚関
緑玉で君を想い眠る⑤
4
楽しみにしていた春休みは愚か、学校でも、恋人であるはずの守とは会うことを禁止された。
守も治彦さんから私には会うなと厳しく言われたのか、事件以降は私の前に姿を現さなかった。
「そんな成金の娘、絶対に認めん」「もっと由緒正しい家の方でないと」と交際を反対されているという話を何回か聞いていたし、いつか別れさせられるかもしれないとも聞いたことがあった。
霧島家の中で一番激昂していたのが治彦
緑玉で君を想い眠る⑥
二話:暗い森に迷い込む
1
彼女は、いつも一人だった。
その姿が、孤独なウサギのように見えた。
梅雨の時期だった。
連日の雨でグラウンドが使えず、体育館を二年女子の先輩達と半分ずつ使っていた期間がある。一年の女子と二年の男子の先輩は、第二体育館を使うことになっていた。運動部の上下関係でもう一つのコートに気を遣わなくてもいいように、という教師側の配慮だった。
その女子の先輩は、体育
緑玉で君を想い眠る⑦
2
目の前に出された湯呑に入った翡翠色の液体から、温かな湯気が立ち上る。湯呑を両手で包み込むようにして持ち、顔の前に近付ける。その湯気を肺一杯に吸い込むと、お茶の香りが広がった。
麦茶やほうじ茶といった茶色のお茶ではなく、緑色のお茶は、やっぱり良い。
匂いだけで心が安らぐ。
昼下がりの日射しも相まって、とても安らぐ。
脅迫状が届いて二日目、水曜日。午後、仕事を切りのいいところで終え
緑玉で君を想い眠る⑧
3
叶羽さんは、愛されて育ってきた。
彼女と一緒にいると、言動の端々からそれらがよく伝わってくる。
不躾に声を掛けてきた後輩なんて、背を向けて無視したらいいのに。
デリカシー無く目のことを聞いてくる人なんて、迷惑そうに適当にあしらえばいいのに。
彼女はそうはしなかった。
丁寧に、嫌な顔一つせず、冷静に、微笑さえ浮かべながら、応対した。
器の大きさ、大人の余裕、人間力の高さ…
緑玉で君を想い眠る⑨
4
帰宅した時にはすっかり日が暮れていた。冬が近づいているはずなのに、年々気温が下がる時期が遅くなっている気がする。日中の気温よりも、日照時間が短くなっていることの方が、冬が近づいていることを実感する。室内には電気が点いていた。珍しく、社長は早く帰宅できたようだ。リビングに行くと、エプロンをして夕食の支度をしている彼女がいた。
「おかえり。体調大丈夫なの? 病院行けた?」
「混んでたので、
緑玉で君を想い眠る⑩
三話:針で指を刺す
1
「森城叶羽さんですね? 霧島夢香さんが昨夜亡くなられたことは、ご存知でしょうか?」
警察手帳を見せている二人組の男性のうち、少しだけ私に近い位置で話している方の男性が、訊ねてきた。
木曜日の朝の社長室。こんな光景は、今までこの部屋で見たことなんて無いし、これから先も、無いと思っていた。
「え……?」
「今朝、光の森公園で、遺体で発見されました」
その場所は
緑玉で君を想い眠る⑪
2
朝から警察の聴取があったその日、改めて昨晩のことを思い出しながら帰宅した。
玄関の扉を開けると、先に帰宅していたらしい由貴に、心配そうな表情で出迎えられた。
彼は昨晩の私の行動について話を聞かれたのかもしれない。心苦しい思いをしたことだろう。せめて少しでも安心させたいと思い、笑顔で「ただいま」を言う。靴を脱いで室内に足を付けたところで、ふわりと抱きしめられた。
「おかえりなさい」
緑玉で君を想い眠る⑫
3
昨夜、夢香を送りに外に出てから、彼女はスマホを取り出した。エレベーターの中にいる時も、一階に降りてからも、画面を凝視しながら、時折何か文字を打つ動作をしていた。
送れ、と言われても、彼女は公共の乗り物なんて使わない。交通手段は、専属の運転手を呼ぶか、タクシーを呼ぶかのどちらかだ。
迎えを呼んでその場所まで向かっているのかと思って、私は黙って彼女の後ろをついて歩くしかなかった。
緑玉で君を想い眠る⑬
4
昨夜夢香との間にあったこと、今朝警察に聞かれたこと、亘さんから聞いたこと、私がわかることは全て話した。その間ずっと、彼は足を抱えてソファーに座って、相槌だけを打った。
「夢香が亡くなったって聞いた時は、私と間違えて殺されたのかとも思ったけど……。でも、犯人は私の顔を知ってるはず。だから、間違えて殺されたとは思えない。なら、私の事件と夢香を殺した犯人は、別人ってことなのかな」
最後に私
緑玉で君を想い眠る⑭
四話:深い眠りの中で
1
結婚式を明日に控えた金曜日。
会社でも頭の片隅では、犯人は誰なのかで頭がいっぱいだった。
午後からは定例ミーティングがあって、朝からバタバタしていたのに。
答えが出せない問題について、延々と考えていた。
昨日警察に、一昨日の夜の叶羽さんの様子や行動について聞かれた時、一瞬、ほんの一瞬でも、叶羽さんを疑ってしまった。
見送った時は、もしかしたら叶羽さんは