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散人の作物

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#文章

白木蓮

白木蓮

 そこに意味などないのだが。身辺雑記、四方山話、問わず語りと。いずれの呼び名でも言い難く又、時として適切に思うのは、恐らくはそれに大した興味を抱いていないからに他なるまい。この記事の命題についてである。

 季節の変わり目か、或いは単にわたくし生来の特性か、春の予感は一日置きに姿を隠すこの頃に身を病に冒されている。判然ならぬ、覚醒もままならぬ頭で木目の天井の一点を見つめていると、まるでわたくしのみ

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短編小説『「誰かの誰か」として 三人の物語』

短編小説『「誰かの誰か」として 三人の物語』

第一章 桜の後

初恋の人との恋愛は、今はもう、おとぎ話のようで。
涙を流した日々さへ単に形式だけの儀礼に過ぎなかったのではないか。そう訝しむほど人生は過ぎていた。

春先に彼は新しい職場でプログラマーの仕事を再開した。職場と言えどもそこは、彼の新しいマンションの一室に他ならない。個人事業主として細々と、自分の出来る範囲のコードを書く日々。張合いは無い。しかし彼はそんなもの求めてはいなかった。ただ

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死は未だ来らず、あるは生ばかり

死は未だ来らず、あるは生ばかり

高校生になってまだ二ヶ月ほどしか経っていない、大友絢香と一緒に渋谷を歩いているのはなぜだか無性に、今の彼女をカメラに写したかったからに他ならない。

五月下旬の東京は例年より暑さは甚だしく、行き交う男女の、その衣を薄くしている。もちろん、私もまた彼女も例外ではなかった。

「友達は?」

桜丘町の何ら見栄えしないカフェは、休日の為に騒がしい。添え物のジャズもどきも、今日は一段と音量がデカいのではあ

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机上の記

机上の記

巷は連休中にてどこも、またかしこも大盛況。人だかり。テレビなんぞは連日自動車の混雑具合を報道している。私はわざわざ人混みに飛び込む酔狂な真似はしない。一人京都から外れた寂しい陋屋にて日を送っている。専ら読書に費やすその一日は、忙しない浮世から逃亡する唯一の方法と読んでよかろう。

読書をしている。あるいは人は、それのみ聞いた場合、立派な青年像を思い浮かべる矢も知れぬ。弁解させてもらおう。決して立派

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夢を追い求む、見果てぬ夢を

夢を追い求む、見果てぬ夢を

連日の雨はさながら寒雨の如きであった。街路の桜のその花弁は雨に濡れ露を発している。寒気は恰も先月のまだ厳しい時分を彷彿とさせた。往来はめっきりと人通りが減り、ただ寂しい車だけがアスファルトの水溜まりの上を通る。私は自室に篭り、相変わらず読書と映画鑑賞で日を潰した。

自閉的な現代において、その外側に注する場合、それは自閉的であるからこそ克己をなさねばならぬ。巷に相対的な言説が跋扈している訳はそこら

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待望の暖気

待望の暖気

路傍の梅花は満開となり、都下には桜花開花宣言がなされた。三月中旬のことである。二十一回目の春を迎えて、私は初めて迎春を喜ぶという事態になった。何も今まで、意固地になって春を否定していたのではない。私にとって春とは何ら意味をなさない退屈の季節であったし、暑きよりも寒きを喜ぶ体質なのである。

華やかよりも地味なものを愛玩する私であるはずなのに何故、今日に及んで春の暖かさを喜ぶのか。それは、己が体調と

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病臥報告記

病臥報告記

生来他病なるは如何なる因果か。輪廻転生を信じざる余に取ればカルマなんぞは考える必要はないのだが、然しこうも病多し身体であると、そんな取り止めのない所まで思索が及んでしまうのは、恐らく余のみなる事ではあるまい。
もう半年以前から胃の痛みに悩ませれていたが、余は元来医者など当てにせざる質である為、周囲よりの勧めを無視し、何から変わらざる日々を送っていた。が、然しとうとう耐えかねて、重い腰を上げ近所の医

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二〇二二年 俳句集

二〇二二年 俳句集

二〇二二年に創りし俳句

初富士や雲に紛れぬ其姿     一月二日

冬空は何時の間にやら陽がのびて 一月四日

街静か久方振りなる白化粧    一月六日

木の枝やその身しなりし雪の後  

晴れた日の残雪白き光哉

晴れた日に残雪白木日陰哉    一月七日

寒風が吹けば落ちたりパナマ帽

冬空に浮かぶ真昼の青き月    一月十四日

あの夏と変わらぬ月をただ一人

あの夏と変わらず見つめる昼

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“君”と呼びか掛けられし僕から君へ

“君”と呼びか掛けられし僕から君へ

言葉を弄して僕は一体何を語るというのか。或いは山水画のような壮大な景色を、或いは浮世絵のような耽美なる人間を、或いは風景画のように緻密な光を、そして或いはシュルレアリスムのような私という現象を。

美しい物語を読んでいる訳では僕は決してないのだ。僕は一貫して、探しているものがある。荒野という現世に一人投げださえれてしまったあの日から。僕は一つ、ただ美しい言葉を探している。それはもっというならば僕を

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パリの街の風に吹かれて 或は新帰朝者の世迷言

パリの街の風に吹かれて 或は新帰朝者の世迷言

巴里に行ってきた。フランスに行ってきた。フランスに行ってきた、それが先行するのが当たり前であるのかもしれないが、語弊を恐れない俺は巴里に行ってきたというベキ。俺は俺にとってフランスは巴里だ。なんと言っても。リヨンもオンフルールもノルマンディーも差し置いて。うん。そうだ。巴里だ。何はなくとも。阿呆なる私の周辺が生きている。そうだ。性懲りもなく生きているのだ。そんな中、私は遠く、遠く離れた巴里に行った

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短編小説『アルバムを捲る様に』

短編小説『アルバムを捲る様に』

毎日ぶらぶらそこらを散歩している僕は時としてアルバムを捲る様に昔日の日々を思い出すことによって暇を潰すことがある。その思い出のアルバムの中身は、例えば告白出来ずじまいで終わった七菜香という女性への恋慕や自分の命さへ差し出したかった沙希という女性との思い出がある。それが何だといえば何でもないのだが。
兎角、人間には個人的な思い出というものは全くつきものであるし、思い出の中でのみ生きているという人間の

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