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死は未だ来らず、あるは生ばかり

高校生になってまだ二ヶ月ほどしか経っていない、大友絢香と一緒に渋谷を歩いているのはなぜだか無性に、今の彼女をカメラに写したかったからに他ならない。

五月下旬の東京は例年より暑さは甚だしく、行き交う男女の、その衣を薄くしている。もちろん、私もまた彼女も例外ではなかった。

「友達は?」

桜丘町の何ら見栄えしないカフェは、休日の為に騒がしい。添え物のジャズもどきも、今日は一段と音量がデカいのではあるまいか。対面する彼女はアイスコーヒーにミルクをたっぷり入れて飲んでいある。それはもはやカフェオレだろう。私は、腹の具合を些か慮ってホットのコーヒーを啜っている。

「できましたよ。でも、なんか、みんなもう好きな人がいるらしいんですよ。ありえなくないですか?まだ知り合って二ヶ月も経ってないんですよ」

私の問いかけにコーヒーを一口飲んだ彼女はコースターの上に律儀に置く事はせず、全く見当違いの場所にコップを置いてそう言った。

「まあね。でもみんなそんな、そんなもんなんだよ。高一なんて恋愛に飢えてるんだよ。そんで、付き合ってもすぐ別れる。そんなもんでしょ?」

頬杖をついて斜め上を見る彼女。頬を膨らませる。

「そうですね」


当の本人は、彼女よりの直接伝聞であるが中学二年生の折、同じ中学校に通っていた男児と付き合ったらしい。しかし、中学生の交際なんぞ何もせぬ事に等しい。或は、口下手な男衆は異性と友人らしく会話をするべく告白という煩雑なプロセスを儀式として遂行しているのではあるまいか。当然のことながら、円滑な交際はなされず、やがて縁も薄まり別れた。らしい。


年齢差というものをしきりに考える。私と彼女のそれ何ざ、わずか六歳に過ぎないが。それにしても年齢差は年齢差である。例えば、彼女が生まれた時。まだ、光の認識できておらず、それさへも記憶する事のできぬ人間だ。その頃、私は来るであろう小学校での生活を夢想し毎夜、新しいおもちゃを手にした様にランドセルを背負っていた。その記憶が確かに、ある。


昔。まだ渋谷スカイが完成する前(あれは中学二年生だった)、私は独り青山通りの歩道橋に登って建設途中のそれを眺めた。あれは年末の事である。その界隈の映画館で上映していたルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』を観た。その帰路の事である。建築途中のビルを観て、何か自分は一生ここに声を、私という存在を届けられないかも知れないという得体の知れない不安に襲われた。それと同時に、何かを成し遂げねばならぬ。そんな汚れのない野心が湧き上がるのも確かに感じたのだ。

真夏の暑さを直接浴びて、車窓からは入道雲が臨界点まで立ち上っていた。高校一年生だった私は、当時好きだった女の子とデートの待ち合わせ場所であるハチ公前に急いだ。到着アナウンスと共に開かれるドア。山手線のホームはいるでも混んでいる。眼前にあるのは、剥き出しの鉄筋コンクリートと響く鉄の音。折しも渋谷駅改築の時であった。私は工事の音を背に彼女の元へ向かう。


いずれ出来ると思っていたものは、もうすでにいつの間にか出来ていたものになっていた。


夕方の渋谷駅で電車を待っている絢香の背をカメラに収めて、夕陽は私をセンチメントにさせた。私は、この先一生、彼女の年齢にと到達する事はない。もう、過ぎてしまったのだから。私が彼女と同い年であったら、何もかも違っていただろうに。持て余す余生の煩悶の中で、彼女もいずれは死ぬのだという現実にただただ、悲しくなった。

「何してんですか?早く乗らないと、行っちゃいますよ」

電車が来ても進めなかった私に微笑みながら手を引く彼女にも、やがて相応しい春が来るだろう。

私は一体、何を待っているのだろうか。

                (了)

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