見出し画像

病臥報告記

生来他病なるは如何なる因果か。輪廻転生を信じざる余に取ればカルマなんぞは考える必要はないのだが、然しこうも病多し身体であると、そんな取り止めのない所まで思索が及んでしまうのは、恐らく余のみなる事ではあるまい。
もう半年以前から胃の痛みに悩ませれていたが、余は元来医者など当てにせざる質である為、周囲よりの勧めを無視し、何から変わらざる日々を送っていた。が、然しとうとう耐えかねて、重い腰を上げ近所の医者に掛かった。そこで、初めて内視鏡なるものを行ったのだが、この辛さは一寸筆にし難いものがある。外傷の痛みなら或いは今までの経験から我慢できたかも知れぬ。あの痛み。否、苦しみと言うべきだろう。呼吸もままならぬあの苦しみ。施術している最中何度、死を望んだ古音だろうか。
結果。逆流性食道炎。そして薬を服用し始めた。ところが、全く効かない。むしろ悪化の一途を辿っていた。
数日後、痛みの甚だなるに耐えかねて再び診断を乞うた。すると、診断結果はそのままではあったが更に強い薬を処方された。何故、初めからそれを処方せざらんか。という疑問もあったが、その薬が功をそうした、というべきだろう。僅かに快癒に向かっている。
然し、病は次々に襲い来たる。三、四日前から頭痛がした。或いは花粉症なるべし、と決め込み大した心配などはしなかった。だが、その頭痛から二日後の夜。急に悪寒がし始めた。胸の苦しみに立つ能わずとうとう、時部屋の布団に臥したのだ。
それから私は寝房にて病癒えるを待っている。時として得体の知れぬ神に祈りながら。
斯くまでに一日が過ぐるの長さを思い示されしは、かつて幼児の頃、眠られぬ故に天井の闇に紛れた木目を数えし時以来なり。
インターネットに繋がれた画面に表示された事件は今は由無し事。まるで余のみが隠り世にいるが如し。
ネット逍遥もそこそこに放擲。為す事がない。否、今は何事を為すも物憂い。為す事なきは常々なれど身体が物憂い事はあまりない。
悪寒に堪え兼ねて布団を深く被った。辱中にて読書。不図、王次回『疑雨集』の一編が目に飛び込んだ。

歳暮客懐
無父無妻百病身
孤舟風雪阻銅塾
残冬欲尽帰猶嬾 
料是無人望倚問

訓読文
父無く妻無く百病の身
孤舟に風雪は銅塾を阻む
残冬尽かんと欲せば帰りなお嬾ごとし
料これを問い倚む人望なし

王次回『疑雨集』


この漢詩正しく只今の心情を表すが如し。以前より好みし一編なれど、今は殊更に身に染む。余は言うとはなしにこの漢詩をまるで我が物の如く呟いた。

母は私を看病してくれる。二十歳を超えた大の男が恥ずかしい限りだが、体全身に神経痛が発生している今、何よりも有難い事なり。さて母が食欲の沸かぬ余に対し苺を贖って来て下さった。そして暫し、自身の身体についての症状を述べた後、又孤り読書を始めたり。そして又再び、素晴らしき一節を見る。正岡子規の『仰臥漫録』より、少々長いが引用する。

今日も飯はうまくない 昼飯も過ぎて午後二時頃天気は少し直りかける 律は風呂に行くと出てしまう 母は黙つて枕元に坐つて居られる 余は俄かに精神が変になつて来た 「さあたまらんたまらん」「どーしやうどーしやう」とくるしがつて少し煩悶を始める いよいよ例の如くなるか知らんと思うと益乱れ心地になりかけたから「たまらんたまらんどうしやうどうしやうどおうしやう」と連呼すると母は「しかたがない」と静かな言葉、どうしてもたまらんので電話かけうと思ふて見ても電話かける処なし

正岡子規『仰臥漫録』

そうだ「しかたがない」のだ。いくら唸ってみても、いくら喚き散らしてみても、己が体力を削られるのみで、どうしようもない。今の余にできる事は畢竟するに只、安静にするより方途はあらざるべし。
ただ辛い。願わくば早期の快癒。そして早く、花見でもしたい。

煩悶の最中 淼众 識


是非、ご支援のほどよろしく👍良い記事書きます。