私とは何か

学んでいるのはひとり子の自分である ~神の教師としての在り方

学んでいるのはひとり子の自分である ~神の教師としての在り方

神のひとり子としての自覚の芽生え コースは一元論(非二元)のスピリチュアリティです。 その中心的な概念は、この世界は幻想であり、実在しないのだということです。 つまり、「自分はこの世界の中に居る」と思っているその自分も実在していないのだということです。 世界はない。 他者はいない。 すべては「心」が映し出した影にすぎないというわけです。 それを「投影」と呼ぶわけです。 そして、コースの実践では、その「投影」に気づいていく訓練をしていくということです。 そして、

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三者三様ー〈私〉とは何か《iquotlog:天才的一般人の些細な日常》

三者三様ー〈私〉とは何か《iquotlog:天才的一般人の些細な日常》

 昨晩寝る前に、ナショナル・ジオグラフィックの『アースムード』という映像作品を見ながら退屈した娘が、 「たましいってなに」ときいたので、 「むずかしいね」と答えつつ、 「かさねちゃんが、かさねちゃんだということだよ」と続けた。 「ふうん」 反応が薄いので畳みかける。 「かさねちゃんは、どうして自分がここにいるのかなって思ったことないの? パパはあるねん」 「うーん」 「自分はなんで自分で、他の人じゃないのかって、思ったことない?」 黙っている。 「自分はどうして、自分の視点か

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いくつもの顔を頼りながら、保たれる調和

いくつもの顔を頼りながら、保たれる調和

人には色んな顔がある。 子どもに見せる顔。夫に見せる顔。会社で見せる顔。友人に見せる顔。 1人の人間であるはずなのに、その場ごとで色々な顔を自然と使い分けている。 最近は育児中心の生活と、自粛生活も重なり、子どもに見せる顔と夫に見せる顔が中心となる。 以前は会社で見せる顔と、友人に見せる顔も混在していた。会社で見せる顔は、仕事でのストレスもしばしば抱える。 それでも子どもと夫と2つの顔の往復よりも、精神バランスが整っていたと感じるのは何故だろう。 小説家 平野啓一

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「私とは何か」平野啓一郎著 書評
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「私とは何か」平野啓一郎著 書評

<概要> 「私とは何か?」「私とは、複数の分人によって形成された単位=個人である」とし、複数の分人(=キャラ)が、保有する「私」の生き方や解釈の仕方について指南した著作。 <コメント> 「私」をこうやって解釈すれば「よりラクに楽しく生きられるよ」という作家 平野啓一郎さんの提言。なるほど「私」って複数の大小様々な分人が同居している存在だと思えばいいんだな、と思わず納得してしまいました。 これは哲学者千葉雅也の「コード」という概念にも通じるし、わたし的には「虚構」という概念

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本当に「行き詰る」ときこそ、別の見方が開かれるときである

本当に「行き詰る」ときこそ、別の見方が開かれるときである

別の道があるはず "There must be another way." コース(奇跡のコース/奇跡講座)の学びの歩みを進めていくとき、必ずと言っていいほど、ある時点で「行き詰る」ことになります。 むしろ、「行き詰る」ことがないならば、コースの学びが進んでいるとは言えないといえます。 なぜなら、「行き詰る」ときこそ、本当の意味で学びが進んでいるということの証だからです。 「行き詰る」ことがないならば、自分の考えを疑う、もしくは、やめることはけっしてありません。 だと

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眼がついた人工脳が作成される;どのように→なぜ生きるの時代へ
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眼がついた人工脳が作成される;どのように→なぜ生きるの時代へ

▼ 文献情報 と 抄録和訳 ヒトの脳オルガノイドは、機能的に統合された両側の視神経小胞を組み立てる Gabriel, Elke, et al. "Human brain organoids assemble functionally integrated bilateral optic vesicles.” Cell Stem Cell (2021) [ハイパーリンク] DOI, PubMed, Google Scholar [ハイライト] -脳のオルガノイドを操作し

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個性とは、「分人の構成比率」なだけです。『私とは何か 「個人」から「分人」へ』

個性とは、「分人の構成比率」なだけです。『私とは何か 「個人」から「分人」へ』

『私とは何か 「個人」から「分人」へ』は、対人関係の取り方と本当の自分を知るためのビジネス書です。 「たった一つの本当の自分など存在しない」「コミュニケーション:他者との共同作業である」「ただ人格同士がリンクされネットワーク化されているだけである」など、分人という概念を教えてくれます。 特に「分人:対人関係ごとの様々な自分のこと」は、相手によって違う自分を見せることの正体を教えてくれます。 本当の自分は存在せず、「個性:分人の構成比率」で決まるだけです。 他人と一切関わらない

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分人主義を知って「母になってから感じている息苦しさ」の正体がわかった話

分人主義を知って「母になってから感じている息苦しさ」の正体がわかった話

『私とは何か  「個人」から「分人」へ』(平野啓一郎 著/講談社現代新書/2012.8)を読んだ。 「人間は分人の集合体であり、重要なのは、その構成比率だ」(P.140) というのが本書の要点と思われる。 「分人」というのは、各人との人間関係の中に立ち現れる自分のこと。関係性ごとに「分人」があり、それらはそれぞれ異なっている。 例えば、親の前での自分、友人の前での自分、上司の前での自分、同僚の前での自分などを思い浮かべるとわかりやすい。 すべて微妙に異なっていて、それ

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有料
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平野啓一郎『私とは何か――「個人」から「分人」へ』読んでみた。
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平野啓一郎『私とは何か――「個人」から「分人」へ』読んでみた。

ども。かもとそうけん です😌 本日はですね。 平野啓一郎著 『私とは何か――「個人」から「分人」へ』 についての書評を書いていきたいなと思います。 普段文章に触れない人にも分かりやすく! を重視した書評にして行きたいのですが、 書評用に『噛み砕いて整理する』という作業 楽しくて夢中になってやってます。笑 『自分についてもっと深く探っていきたい』 『自分探しに疲れた。少し楽になりたい』 という方には、響くものがあるのではないでしょうか。 それでは行きましょー

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「私とは何か」平野啓一郎著

「私とは何か」平野啓一郎著

「ブンジン」といえば、個人的に真っ先に思い浮かべるのはYoutubeの「Bunzin TV」…ベテラン(物申す系)Youtuber、PDRさんも(ひそかに)ファンだという彼の動画(メインチャンネルのもの)は、基本的にダジャレと天丼的な発泡スチロールネタを若干さびれた自宅で披露するものが殆どなのだけれど…この方を見ると「俺も頑張ろう」って不思議な共感を得られるというか… 一方、芥川賞作家でありながら、近年は戦後左翼教育の影響を隠さないインフルエンサーとしてTwitterを賑わ

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