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#小説

掌編小説 | わたしの石

掌編小説 | わたしの石

 小さな船の冷たい床に寝転がり、空に浮かぶ男の人を見ていた。
 わたしは船に乗せている大きな石が、片方の足を潰してしまっていることも忘れて、スーツを着ているその人を目で追っていた。彼はサラリーマンなのかな、なんてのんきに思っていた。わたしの目に映るのは、青い空、白い雲、そしてサラリーマンだった。

いつだったか、わたしはこの船に乗り込んだ。着の身着のまま、後先を考えずに、この小船に身を隠す

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掌編小説 | 儀礼

掌編小説 | 儀礼

※暴力的な表現を含みます。

 平日の昼間だ。早朝から江の島観光をした帰り、新宿までの普通電車の車内は空いていた。座席のシート一列を二、三人で分け合い、それぞれが他人の空間に立ち入らない配慮をして座っている。

 わたしには晶の右側を半歩下がって歩く癖がある。彼の前に立とうと思ったことはない。それはわたしが彼と保つ、絶妙な角度と距離であって、彼の方でもおそらくそう感じている。そのことについて二人で

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掌編小説 | 梅の花 | シロクマ文芸部 

掌編小説 | 梅の花 | シロクマ文芸部 

 梅の花がいいと言ったら、渋いねと言った。その女は、オフショルダーのカットソーを着ていた。肌には、背中から肩へ這い上がってきたような格好のヘビが彫られている。悪戯な表情のヘビは、もう少しで彼女の鎖骨を丸呑みしそうだ。
 「テスって呼んで。ヘビじゃなくて、アタシのこと」そう言って笑った。外人の男の子のような顔。色白で、後ろを刈り上げた金髪のショートヘアがよく似合う。
 テスに、わたしはタトゥー入れそ

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短編小説 | 枯れ枝と椿

短編小説 | 枯れ枝と椿

 ミニストップに集まってはハロハロを食べた。そんな10代を過ごしていた。

 遅く目覚めた朝に、白い遮光遮熱のカーテンが眩しいくらいに光っている日は、なぜだか気持ちの奥の方がじゅわっとする。
 家にいてはいけない、そんな気がする。だから電車に乗って、車内の暖房と、窓からの日差しにあたためられながら、どこへ向かうともなく、どこかへ行こうと思った。

 もしも電車で、自分の右隣に座る人を、自由に選べる

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短編小説 | 眠らない

短編小説 | 眠らない

 雨。
 三人がけのソファをベッド代わりにしている。薄い毛布にくるまって目を閉じる。
 足を伸ばしてもソファの端から端にすっぽりと収まる僕のからだは、同じ年頃の同性と比べて大きいのか小さいのか、よくわからない。
 人に会わなくなって、人と自分を比べることもなくなったら、自分のことがよくわからなくなった。

 目を瞑り、ソファに収まって、耳だけは知らない誰かが発することばを聞いている。
 誰かは恋愛

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希望的に希望の詩。

希望的に希望の詩。

任されるべくして任された残業を終えての帰り道。

休日のバスの本数は激減するのは知っている。
そのバスが目の前を行くのを見て次のバスは座れるという希望。

MAXの待ち時間。
スマートフォンを好きなだけ弄れるという希望。

スマートフォンを弄りながら、夕飯にマクドナルドと思いきや、朝に食べていたのを思い出し、食を偏らなく出来た希望。

「朝も食ってたな」
とうっかり漏れた独り言を、バスの待ち時間M

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もしもデザートがティラミスなら。【青豆ノノ氏cover小説】

もしもデザートがティラミスなら。【青豆ノノ氏cover小説】

青豆氏を知った初期段階で読ませていただいた作品をcoverさせていただきます✨️もちろんリスペクトを込めて✨️

『はい?』
わたしの素っ頓狂な声と顔で、郵便局員はもう一度言う事にした様だ。
「336円です」
『ぬぅぁんで!着払いなのよぉぉぉぉぉぉ!!!!』
わたしの大声に郵便局員は端末操作を誤ったようで、電子音が忙しく訂正をしている。
送料込が基本の取引サイトでの、着払い設定だと……。
ふつふつ

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短編小説 | いつまでもあなたを | カバー小説

短編小説 | いつまでもあなたを | カバー小説

一冊の本を埋めた。誰からの便りも途絶え、使われなくなった、古びたポストの横だ。
365日書き続け、真っ白だった本のページが全て私の字で埋め尽くされた今日、一冊の本を埋めるには大きすぎるくらいの穴を掘って、私はそこに、本を埋めたのだ。

本を埋めた日から、私は毎日水やりをした。
本であろうが、なにであろうが、土に埋めたものには水をやる。そうすることは、私の気を紛らわせるから。
「もしかして、本当に埋

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今日が雨なら。【青豆ノノ氏cover小説】

今日が雨なら。【青豆ノノ氏cover小説】

青豆氏がトライしている『カバー小説』が非常に勉強になるという事で、企画に参加する度胸も文才もない故に無理を言って青豆ノノ氏の承諾を得て『練習』させてもらうことに。(笑)

下記、原作をまくらがcoverする。
おいおい、正気か?
わたし如きが青豆氏のあの空気感をcover?とちゃんちゃらおかしいが、やってみたい気持ちの方が強くなってしまった。

青豆氏から背中を押して頂いて企画に参加してみることに

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短編小説 | 駄文

短編小説 | 駄文

温めたフライパンに油をひいて、たまごをひとつ、ふたつと落としていく。この時に「ジュッ、ジュッ」という音が聞こえる人はそこそこいるのだ。だけどその次からは、油がぱちぱち言う音が気になったり、ヘラでいじくる音が気になったり、再び点火されるガスコンロの音が気になったり、それぞれなんだろう。

たまごに火が通って色が変わる。
目玉焼きを二つ並べたらハートになったと言う人があれば、おっぱいみたいという人もい

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ありがとう  #シロクマ文芸部

ありがとう #シロクマ文芸部

「ありがとうは?あ・り・が・とう」
「……ありがとう、ございます」
母親に強く握られていた手首は、開放されたあとも窮屈な痛みが残っていた。
「ありがとうは基本です。どんな時でもありがとう。ありがとうを言えない人間に価値はありません」
「……はい」

ああ、もうこんな時間。
約束の時間、15分も過ぎてる。
皆、先に行っちゃっただろうな。
また私だけ行けなかった。

「莉央、友達と約束があるんじゃない

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