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素敵な作品・勉強になる記事

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素敵なクリエイターさん方の作品はここに整理しようと思います。 自分の未熟さに笑えてきます。 何度も読みたい。 がんばろっと思います✨
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#短編小説

ミッドナイト・ランドリー【ピリカ文庫】

ミッドナイト・ランドリー【ピリカ文庫】

すすぎの音を立てるドラム式の洗濯乾燥機の中で、元気に泳いでいるのは河童だった。

洗濯槽が右に左に回転するたびに生み出される、ねじれた水流の中をほとんど転がるようにして、河童は短い手足で気持ちよさそうに水を掻いている。ウィルキンソン炭酸のずんぐりとした1Lペットボトルほどの大きさしかないので、河童はまだ子どもなのだろう。マンションの一階部分に完備されたコインランドリーの、二台並べ置かれたうちの右側

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掌編小説 | レディー・キラー

掌編小説 | レディー・キラー

 〝花 吹雪〟と書かれた名刺を渡された。綺麗な名前だねと言ったら、左隣に座るその女性は僕から少し体を離して、嘘でしょ?、と笑った。
「うそじゃないよ。なんで?」
「ねえ。これ、読めないの?」
 そう言って、名刺の文字を細い指先でなぞりながら、僕にもう一度読むように促す。
「はな、ふぶ……えっ」
 女性は笑い出した。
「ね、面白いでしょ」
 彼女が体を揺らして笑うので、いい香りがする。カウンターの中

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短編 | 赤と黒

短編 | 赤と黒

地下室に隠れている男がいた。

「お前の名前は?」

「言えぬ」

「言わないのなら撃つぞ」

「お前たちは本気で言っているのか?私の顔を見て気づかないとは愚か者めが」

「口を慎め!何様のつもりだ!撃つぞ!」

「私はこの国の王だ!」

「えっ?!」

 私たちは男の思わぬ言葉に耳を疑った。本当か?こんな砲弾の飛び交う場所に護衛の者をひとりも付けることなく隠れているなどあり得るだろうか?

 私

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短編 | 葬送

短編 | 葬送

「最後の日って、こんなふうに来るんだね。この前まであんなに元気だったのにね」

 叔父が亡くなった。突然の訃報に、妹も私もとても驚いた。

 小学生の頃、父と母は共働きだったから、私は仕事が早く終わる叔父の家で過ごすことが多かった。間違いなく、小学生までにいちばん多くの時間を過ごしたのは叔父だった。お父さんでもあり、友だちでもあった。

 叔父は語学や数学が好きで、私が訪ねたときも、いつも専門書や

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【短編小説】飛び降り自殺した幼馴染が蘇って、今日もまた自殺した。

【短編小説】飛び降り自殺した幼馴染が蘇って、今日もまた自殺した。


——昨日、幼馴染の神崎君が自殺した。

飛び降りだった。
特に何の前触れもなかった。

ちょっと散歩するような感じで。
彼は、放課後の高校の屋上から、私の目の前で飛び降りた。

でも、これだけならただの不幸な事故だろう。
問題は彼の死体が見つからないことだ。

「夢でも見たかな?」

私はまず、自分の正気を疑った。
けど残念ながら、私はこの目でしっかりと見ていた。
彼が飛び降りて、地面に激突する

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ゆで卵男 (短編小説)

ゆで卵男 (短編小説)

体の右側がいつもより騒がしい気がして、僕は詰めていたイヤホンを外した。

「ゆで卵を食べたいんだ」

はっきり聞こえるその声は、大声で主張している。
その前に、僕がいるここはどこだっただろう。
目の前にはノートパソコン。その隣には皿があり、卵の殻と粗塩が少々乗っている。
あまりに作業に没頭していて瞬時に思い出せなかったが、ここはカフェで、僕は朝食を取っていたようだ。

「目玉焼きじゃ代わりにならん

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新入りは猫  【鳥獣戯画ノリ】

新入りは猫 【鳥獣戯画ノリ】

「調子にのるなよ」

なんて。言っても、どうせ俺の話なんてきいていないだろ。
少し前まで人見知り、引きこもりだったお前は、今ではすっかり朝帰りの常習犯じゃないか。

「毎日、どこへ行ってるんだよ」
「さぁな」

オスのくせに、長髪をさらっとなびかせて気取ってやがる。
嫉妬なんだろう。自分でもわかってるよ。

「昨日は何してたんだ」
「あ?」

面倒くさそうに頭をかいて、その手を舐め回す。どんなに擬

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短編 | ラーメン恥骨電動

短編 | ラーメン恥骨電動

 酒を飲んだ最後の締めには、ラーメンは欠かせない。体にはあまりよくないだろうな、ということは重々理解しているつもりだが、やっぱり食べたくなる。飲んだ後の味噌ラーメンは必要悪とさえ言えるだろう。

「さぁ、今日もたくさん飲んだし、ラーメンでも食いに行こうか?」
私はいつものように部下の田中に言った。

「あの、ラーメンを食べた気分になるというのはどうでしょう?」
田中が、か細い声で言った。

「ラー

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小説 Memories(メモリーズ)Vol.1

小説 Memories(メモリーズ)Vol.1

「あなたは大器晩成だから」

妻が生前によく言ってくれた言葉が浮かぶ。

妻は嘘つきだ。

私はこの人生で何も成し遂げることができなかった。

追いかけた夢。心に描いた野心。見果てぬ景色。

どこにも辿り着くことなく私は人生を終える。

でも

なぜだろうか。

この上なく幸せな気持ちで心が満たされている。

なぜなのだろう。

私は、仰向けに横たわっている。

薄汚れたクリーム色の天井が見える。

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ショートショート27 『電話をしてるふり』

ショートショート27 『電話をしてるふり』

『電話をしてるふり』

まただ。
もう。
しつこいってば。

「ああ、もしもしごめんパパ。もうすぐ帰るよ。うんうん。そうだねうん。迎え?あ、どうしようかな。来てもらおうかな。ええと、今はね…」

私はよくナンパされる。
特に男受けを狙った格好はしてないつもり。
でもそりゃあ、かわいい服は着たいし、メイクも好きだし、見た目には気をつかっているつもり。
夜一人で歩いていると、繁華街、駅前、最寄り駅から

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