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【短編小説】飛び降り自殺した幼馴染が蘇って、今日もまた自殺した。


——昨日、幼馴染の神崎君が自殺した。


飛び降りだった。
特に何の前触れもなかった。

ちょっと散歩するような感じで。
彼は、放課後の高校の屋上から、私の目の前で飛び降りた。

でも、これだけならただの不幸な事故だろう。
問題は彼の死体が見つからないことだ。

「夢でも見たかな?」

私はまず、自分の正気を疑った。
けど残念ながら、私はこの目でしっかりと見ていた。
彼が飛び降りて、地面に激突する瞬間を。
とてもグロテスクだった。
ぐちゃりという不快な音が、耳にこびり付いて離れない。

「あんな死に方だけはしたくないなぁ」

不謹慎だけどそう思ってしまった。
だって、仕方ない。
神崎君とは久しく話していなかったのだ。
だから、その日はそのまま帰ることにした。

「明日も学校があるからね」

南無南無というお経を雑に唱えて帰路についた。



翌日。

「やあ、漆原さん」

教室に入るや否や、死んだはずの幼馴染に声をかけられた。
しかも他にクラスメートはいない。

「え、怖い」

私はすでに昨日の出来事を白昼夢か何かだと思い込んでいた。
物事を都合のいい風に解釈する能力だけは自信があるのだ。

「——あ、そっかぁ。昨日の出来事が夢なら、神崎君が生きてるのも当然かぁ」

もしそうなら神崎君視点の私はわけの分からないことを呟く相当ヤバいやつだ。

「ごめん、漆原さん。僕は昨日、確かに君の前で飛び降りた」

「……そっかぁ」

ヤバいやつにならなくってよかった——はずがない。
私は取り乱しながら、叫んだ。

「あ、悪霊退散っ! 悪霊退散! アーメン断捨離ガンダーラ!」

「漆原さんの成績が、あまり良くないことは分かったよ」

いわれのない罵倒に、私は冷静さを取り戻した。

「……幽霊じゃ、ないよね?」

「うん、違うと思う。ほら、触れるでしょ」

そう言うと神崎君は私の手を取り、にぎにぎしてきた。
乙女の柔肌に触れるなど、本来極刑に値する罪だが、残念なことに彼はもう既に一度死んでいる。

「ええっと。じゃあ、どうして自殺なんかしたの?」

「それは……」

神崎君が口を開くと同時に、教室のドアが開いた
委員長の柏崎さんだ。

「よっ、漆原。今日も朝一で来てて偉いじゃん」

「う、うん」

私と神崎君はそそくさと離れた。
こんな会話を柏崎さんに聴かれたら、二人仲良く精神病棟にロックダウンだ。
私はふと、こんな疑問を抱いた。

——他の人には、神崎君の姿は見えるのだろうか?

結論から言うと、
神崎君はふつうにクラスメートと会話を交わしていた。
何なら私の数倍は喋っていた。
私は謎の敗北感を覚えた。



放課後。

「やっと二人きりになれたね、漆原さん」

「その言い方は怖いよ。特に神崎君に言われると」

神崎君は首を傾げた。
天然か、こいつ。

——私たちは、二人揃って下校していた。

「神崎君って、柏崎さんに嫌われてるの? 無視されてたけど」

「どうだろ。特に意識してなかったな」

「じゃあ、どうして自殺したの?」

「うーん」

神崎君は困ったように笑うばかりで、何も答えてくれない。

「まさか。柏崎さんたちにいじめられて、それを苦に自殺したとか?」

「ううーん?」

神崎君はますます苦笑いを深めるばかりだ。

駅に着いた。
階段を登り、改札を潜ってホームに降りた。
神崎君はまだ、隣にいた。
彼はポツリと呟いた。

「……鞄に御守り、つけてるんだ?」

「これ? うん、なんとなく」

「へぇ」

会話が途切れる。
何となく気まずいと感じたところで。
電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。
ちょっと助かる。

そうして、
ホームに滑り込んでくる電車に向かって、
神崎君は、躊躇いもなく、飛び込んだ。



翌日。

「やあ、漆原さん」

「…………やぁ、神崎君」

教室に入ると幼馴染が復活していた。
怪奇現象も二度目ともなると、驚くことも無くなってくる。

「神崎君さあ……君が昨日飛び込んでから、大変だったんだからね」

「大変って、具体的にどう?」

「叫んで、ちょっとちびった」

「それは大変だ」

「しかも神崎君の死体は消えてたから、私がヤバいやつみたいになった」

「こうして普通に僕と話せてる時点でヤバいと思うよ」

失礼なことを言う。

「知ってる神崎君? 自殺すると、地獄に落ちるらしいよ」

「らしいね」

他人事みたいに言葉を返す神崎君。
今の神崎君を人と呼んでいいのかは微妙だが。

「……神崎君って、自殺するのが趣味なの?」

「まさか。自殺なんて痛いし苦しいだけだよ」

「意外。死にたいわけじゃ、ないんだ」

「もっと労わってくれてもいいんだよ?」

それでいて、なかなか人間味がある。
私は友達が少ないので、つい楽しくなってしまう。

「神崎君の自殺を見せつけられる私も、中々シンドイよ」

「それこそ意外。漆原さん、そういうの気にする人なんだ」

「私、死ぬにしても飛び降りは嫌だな。あんなグロい死に方だけはごめんだよ」

「よく飛び降りた本人を前にそんなこと言えるね」

「——ねぇ。どうしたら、神崎君を助けられるのかな?」

神崎君の目を真っ直ぐに見つめて、尋ねてみる。

「……」

神崎君は一瞬、泣きそうな表情をした。



次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。

神崎君は死に続けた。

死に方は毎日バラバラで、死ぬ時間は決まって放課後だった。

神崎君を先に帰らせ、
図書館で勉強に励んでみたりもした。
決して神崎君にバカバカ言われるのを気にした訳ではない。

私が本棚を眺めていると、本棚の隙間から、クビを吊っている神崎君の死体と目があった。
神崎君の死体は次の瞬間には消えていた。

「……今ので勉強サボって本棚眺めてたこと、バレたかな」

どうやら私が遠くにいたとしても、神崎君は自殺してしまうようだった。

「おはよう。漆原さん」

「やあ、神崎君」

もう何度目かも分からない挨拶を交わして、教室に入る。

「ねぇ、首吊りってどんな感じ?」

「珍しいね。自殺の感想を聞いてくるなんて」

「前にネットで縊死は楽って書かれてたのを見たから」

「それ嘘だよ。だって首が絞まるんだよ?」

「なんだ、残念」

「僕だって決して死にたくて死んでるわけじゃないんだからね?」

「……私と神崎君、逆だったら良かったのにね」

「え?」

「たぶん私よりも神崎君に生きていて欲しい人の方が多いと思うよ」

神崎君は何か言いたげな顔をしたけど、私は無視した。
だって。
誰がどう考えても。

——私の方が、無価値で生きる意味のない人間だから

それから。
私はまたも神崎君を先に帰らせて、学校の屋上に来ていた。
そもそも、神崎君が最初に死んだのはこの場所だ。
調べてみるべきだろう。

「よいっしょ、っと」

フェンスを乗り越える。
下を眺めると中々の高さに足がすくんだ。

「……どうして、神崎君なんだろう」

地面をぼんやりと眺めながら、私は神崎君のことを思い返していた。
この数日で、よく分かった。
神崎君は、気のいい奴だ。
クラス内の人望もある。
幼馴染なのに会話すらほとんど交わさなかったことを、今更ながら後悔する。

「……代われるものなら、代わってあげたいんだけどね」

そう呟いた瞬間、私は屋上から身を投げ出していた。
ふんわりとした浮遊感が、私の全身を優しく包む。
まるで羽毛にくるまれているみたいで、気持ちがいい。

——ああ。前に『投身自殺は落下するまでが苦痛』と書かれているのを読んだことがあるけど、あれは嘘だったんだな。

そんなことを思った。

次の瞬間、不思議なことが起こった。

「あれ?」

空中にいたはずの私はフェンスの内側にいた。

代わりに、空中に浮かぶ神崎君と目があって——そのまま落下した。
グチャリ、という不快な音が響く。
やっぱり、この音は嫌いだ。

私は何だか恐ろしくなって、その場を後にした。

翌日。

「やあ、神崎君」
「嘘つき」

教室に入ると、神崎君が不貞腐れていた。

「嘘つき、とは?」

「漆原さん、前に『飛び降りだけはしたくない』って言ってたじゃない」

「ああ、それね。でも、仕方ないでしょ。昨日はそういう気分だったんだから」

神崎君は眉間に皺を寄せた。

「そう、睨まないでよ。——もう、全部分かったから」

私は唇を舐めて、一息に言葉を紡いだ。

「改めて考えてみたんだ。神崎君が最初に自殺した日。私が、神崎君が地面に激突した瞬間を目撃出来ているのは、おかしいんだよね。何故ならフェンスがあるから。最初からフェンスをよじ登って、フェンスの外側にいたことになる。……これは不自然だよね? そもそも、放課後に屋上にいること自体、不自然だ」

神崎君は、黙っている。

「だから、きっと。私はあの日、飛び降り自殺をするつもりだったんだ」

神崎君は、まだ黙っている。

「——それを、君が助けてくれてたんでしょう?」

神崎君は、観念したようにため息をついた。

「……そうだよ。その日も、次の日も、そのまた次の日も、僕は君の代わりに死んだんだ」

「次に私は、どうして私はこんなにも死にたがっているんだろう、と不思議に思った。こんなにも連日連夜、君に自殺の肩代わりをさせてしまうくらいだ。よっぽど死にたがっていたんだね」

「……みたいだね」

「で、どうにか思い出した。私、柏崎さんにいじめられていたんだった」

神崎君は、またも黙りこくってしまった。

「こうして朝、誰よりも早く学校に来てるのも。柏崎さんに、そう命令されているからなんでしょ?」

「……それを僕に聞かれても困るよ」

「私は殴られたり、水をかけられたり、カツアゲされるために、わざわざ毎朝早起きして、学校に来てるんだった」

「……」

「どうして忘れてたんだろう。これも、神崎君の不思議な力のおかげ?」

「……違うよ。僕は何もしていない。君が物事を都合よく解釈し過ぎなんだ」

「そっか。ま、それが私の得意技だからね」

物事を都合のいい風に解釈する能力にだけは、自信があるのだ。

「助けてくれてありがとう。神崎君のおかげで、私は今日も柏崎さん達のサンドバッグになれるよ。他人のストレスに吐け口になる——これもまた立派な社会貢献だよね?」

「……っ」

「やらない善よりやる偽善。——それは結構だけど。助けられることを拒否したり不快に思うことは果たして悪なのかな? だとしたら私は悪そのものだね。今、不愉快な気持ちで胸が一杯だよ」

「う、漆原さん、僕はただ——」

「ああ、神崎君。別に心配しないでいいよ。君の死の原因が分かった以上、私はもう自殺しない。代わりに私は、このまま死んだように生きることにするね? ……本当の本当に、ありがとう。あのままうっかり自殺してたら地獄に落ちちゃうところだった。おかげ様で今、生き地獄だけど」

『……………………”生き地獄”?』

突如、誰とも知れない、重く低い音が響いた。
教室の景色はぐにゃりと歪み、世界が崩れてしまったようなおどろおどろしい暗闇に包まれた。
先ほどの不気味な声が神崎君のものだと理解した瞬間——ごとん、と不快な音が響いた。
それはちょうど、人が投身自殺した時の音に似ていた。

「あれ? 腕……」

私の両腕が地面に転がっていた。
先ほどの音は、腕が地面に落ちた音だったのだ。

『◼️ ◼️、◼️ 、◼️◼️ ◼️————』

神崎君もまた知らぬ間に、イメチェンをしていたようで、眼窩にぽっかりと二つ。空洞を作っていた。
瞳が抜け落ちた穴には吸い込まれそうなほどの真っ暗闇が、蠢いている。
言葉はノイズがかったようで、何を言っているのから判然としない。

神崎君はゾンビのようにゆっくり近づいてきた。

なるほど。
今まで自殺を肩代わりさせた清算をしろというわけか。
捕まれば命はないだろう。

別に構わない。

だって、私は——。

「……嫌だ。まだ死にたくない」



気がつくと、教室に戻っていた。
腕も元通りだ。

「ふふんっ」

神崎君はニヤニヤと腹立たしい笑みを浮かべている。

「……なによ、脅しじゃない」

それもそうだ。
だって、神崎君は優しいのだから。
私なんかの死を肩代わりしてくれるほどに。

「いま、”死にたくない”っていったよね?」

「…………参った。認めます。命は惜しいです。自殺しようとしてた私が馬鹿でした。でも、どうして私にここまでしてくれるの?」

「約束、したからだよ」

「約束?」

「……覚えてない? 僕が死んだ、夏祭りの日のこと」

「夏、祭り……」

思い出した。
あれは両親を不慮の事故で亡くして、自暴自棄になっていた中学時代のこと。
見兼ねた神崎君が、私を夏祭りに誘ってくれたのだった。
その帰りに、神崎君は交通事故に遭い、死亡したのだ。
……我ながら、飛んだ疫病神だと思う。

「でも、約束なんてしたっけ?」

「したよ。『漆原さんが困ったら、必ず僕が守るから』って。そういう約束をして、御守りを一緒に買ったじゃない」

「……そんな小っ恥ずかしい約束。よく忘れてたね、私」

「それが君の得意技だからね」

まあ、その前後に起きた不慮の事故が、よっぽど堪えたのだろう。

「でもその御守り、今でも持っててくれてるでしょ」

「……何となく、鞄につけてたけど」

「ねぇ、漆原さん。どうして漆原さんは、そんなに死にたがるの?」

「イジメが、辛いから」

「漆原さんが死んで、悲しむ人のことは考えないかったの?」

「いない。この世に私を想ってくれる人なんて、もう誰一人いないんだよ」

「この世にいなくたって。あの世にはいるよ。少なくとも、ここに一人」

「でもあの世なんて、よく分からないでしょ。あるのかないのかもイマイチ判然としない」

「あのね、漆原さん。あの世の人間だって、みんな元はこの世で生きてたんだ。君のご両親も僕も。みんな、君の幸せを願って確かにここにいたんだ。それは生きてようが死んでいようが揺らぎようのない、現実そのものなんだよ」

「…………よく、分からない」

「君なら分かるはずだよ。僕の死を間近で何度も経験して。その度に心を痛めてくれた君なら。僕らの切実な願いを、理解できるはずだ」

「——ねぇ? なんか身体が、薄くなってない……?」

「もう僕は必要ないからね」

「ちょ、ちょっと、待ってよ!」

「さようなら、どうか元気でね」

彼はあっけなく、幻のように、立ち消えてしまった。
あるいは本当に、幻だったのかもしれない。

「よう、漆原。今日も朝からイジメてやるよ」

余韻に浸る間もなく、ズカズカと柏崎さんがやってきた。
私はつい不機嫌そうに柏崎さんを睨んだ。

「な、なんだよ」

「……悪いですけど、今は柏崎さんの相手をする気分じゃないんです」

「はぁ!?」

柏崎さんに凄まれた。
いつもならここで萎縮してしまう。
けど。
さっきまでこれとは比較にならないほど怖いものと対峙していた私だ。
今更この程度で怖気付いたりしない。

「いいですか、柏崎さん」

柏崎さんは、たじろいだ。

「私を虐めたいのなら、せめて——自殺する覚悟で来てください」

毅然とした態度でそう告げると、彼女は何かを恐れるようにすごすごと教室を後にした。



それから私は、柏崎さんに虐められなくなった。
次第にクラスメートととも打ち解けるようになって、楽しい高校生活を送れた……と、思う。
しばらくしてからクラスの皆に神崎君のことを聞いてみたけど、誰も神崎君のことを覚えてはいなかった
……今となって、冷静に考えると

あの神崎君は、心身共に追い詰められた私のつくり出した空想上の存在だった——ということになるかもしれない。
だとしたら、ちょびっとだけ悲しい話である。
あの世なんてそもそも存在しなくって、お母さんお父さんも神崎君も、ただの物言わぬ死体に過ぎないのかもしれない。

——けれどまあ。
どちらにしたって関係ない。
神崎君は確かに、この世に生きていた存在で、私の背中を優しく押してくれた存在なのだ。


だから私は、あの世で神崎君に少しでも胸を張って会えるよう、今日も生きていく。




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