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随想

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舞台は御所解

舞台は御所解

 母と烏丸へ。気になっていた千總ギャラリーの「舞台は御所解」が四月一日に展示を終えると知り、急遽予定を決めた。折角なので、二人で着物を着て出掛けることにし、母は紺地に水色の有職文様の小紋に落ち着きある金色縞の帯、私は水色の辻ヶ花の着物に御所文様の刺繍の帯を締める。朝からどの着物にするか悩んだり、お互いの着付けを手伝いあったりしているうちに家を出る時間になった。
 御所解は古典の物語や謡曲が主題とさ

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ペンネーム

ペンネーム

 「名は体を表す」や「誰々の名にかけて」というように、私たちにとって「名」は大きな意味を持ちます。それは、生まれた時につけられるものばかりでなく、たとえば、お茶の世界、お花の世界、おどり、歌舞伎、芸者、僧侶、はては故人の戒名にいたるまで、「名前」を大事にする文化はあらゆるところに見つけられます。

 それらの名前は多くの場合、私たちが両親から名を授けられるのと同じように、その世界の宗家や師匠、つま

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月影

月影

万年筆のインクが届いた。

早速、発色を見てみたくて、万年筆に残っていた前のインクを抜き、コンバーターを水につける。紺のインクがコップの水へ、力なくほどけて行くのを横目に、新しい小瓶を手に取る。

ラベルには《POUSSIÈRE DE LUNE》の文字と、小さな三日月。瓶を動かすたび、深みのある紫色のインクが揺れる。その紫は光に透け、ガラス瓶と相まって、さながら宝石のように輝き、灯りを離れるとどこ

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不二霊峰

不二霊峰

山王美術館へ日本画壇の巨匠、横山大観の画を観に行った。この美術展は、前からたのしみにしていたのだけれど、想像以上、期待以上に見事な画の数々に私は大変感動した。

扉が重たい機械音を立てて開くや否や、会場には冴えざえとした空気を裾野へ吹きおろす富士の数々。
私の家のカレンダーには、大観とその盟友、菱田春草の絵が隔月交互に出て来る。私はそれを観るたびに感心していたのだけれど、やはり本物は大違いである。

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本を読むこと

本を読むこと

読書は、誰かの話を聞いたり、喋ったりするときと違い、自分で気ままに進められる。が、ひとくちに一人で読み進めているといえないのはそこに著者の存在が泰然と感じられるからで、編まれた文に行き渡る著者の息遣いに、私は知らず知らず呼吸を合わせ、著者の思いを受け止めながら、すでに自分でも何かしら思い始めている。どうしても呼吸が合わない著者もいれば、どれを読んでも必ず呼吸が合うという著者もいて、同じ言葉が、どこ

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往復書簡

往復書簡

野上弥生子と田辺元の往復書簡集を借りて読んでいる。はじめ、私は二人が恋愛関係にあったことを知らず、この本を読み進めていた。
恋人同士でも、友達でも、家族でも、当事者が亡くなってからまとめられた書簡集を読むとき、いつも少なからず罪悪感がともなう。手紙というのは不思議なもので、会話では伝えることのできない秘めたる思いが、封の中いっぱいにつめこまれている。

手紙は、ふだん表現できないもの、それを素直に

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お花見

お花見

弥生の空は見渡すかぎり‥‥いざやいざや‥‥見にゆかん‥‥

三月末日、幼馴染の友人と今が盛りと咲きほこる桜に誘われるようにしてお花見に出かけました。
友人は高校卒業後、毎日朝早くからお勤めに出ています。お花見の日も昼頃までは仕事と聞いており、夕方の待ち合わせまで時間があった私は、つい先日、父の誕生日に贈った檜のお重のことが思い浮かび、ふと思い立って、急仕立てではありましたがお弁当を拵えました。

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大島紬展にて

大島紬展にて

雑誌、表現者クライテリオンの同人ブログにて記事を執筆しています。政治や経済に明るいわけでない私は、自分なりに、文化や藝術に想うことをコラムとして投稿させていただいています。

『無常ということ』を読んで

『無常ということ』を読んで

雑誌、表現者クライテリオンの同人ブログにて記事を執筆しています。政治や経済に明るいわけでない私は、自分なりに、文化や藝術に想うことをコラムとして投稿させていただいています。

『 たまづさ 』

『 たまづさ 』

この冬、私は、桃紅さんのように色や形を探りながら書の作品を作ってみたいと思い、硯に向かっていた。が、はやる気持ちと裏腹に求める何かは遠のくようで、ますます書の悩みや思いは尽きず、今日は書道のお教室に行くのもやめてしまった。教室には行かないと決め、他のことをしようと思っていたのに、意識的にか無意識的にか、気がつけば私は、憧れの美術家、墨と100年を過ごした篠田桃紅さんの随筆を手にとっていた。

その

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白蓮花

白蓮花

雑誌、表現者クライテリオンの同人ブログにて記事を執筆しています。政治や経済に明るいわけでない私は、自分なりに、文化や藝術に想うことをコラムとして投稿させていただいています。

先生の後ろ姿

先生の後ろ姿

雑誌、表現者クライテリオンの同人ブログにて記事を執筆しています。

政治や経済に明るいわけでない私は、自分なりに、文化や藝術に想うことをコラムとして投稿させていただいています。

一匹のアリの旅

一匹のアリの旅

夏に行われた学習会(表現者クライテリオン信州学習会)で、東京支部の支部長を務めていらっしゃる方とご縁があり、雑誌 表現者クライテリオンの同人ブログに執筆のお誘いをいただきました。

政治や経済に明るいわけでない私は、自分なりに、文化や藝術に想うことをコラムとして投稿させていただいています。

一匹のアリが小さな一歩を重ねるがごとく、私もちょっとした文をコツコツ重ねていこうと思います。

そのままをそのままに

そのままをそのままに

画家の熊谷守一氏は、晩年、自宅からほとんど出ることなく、庭の草花や、時折やってくる生きものたちを何時間も見つめて過ごしました。
時には地面に寝転がり、時には草陰からひっそりと、ただそこにある生の営みを一途に見つめ、草花や生きものの飾らぬ姿を多くの作品に描いたことは、ご存じの方も多いと思います。氏は文化勲章を辞退したことでも有名です。

その熊谷氏は、
「わたしは生きていることが好きだから、他の生き

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