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#古井由吉
山の記憶、「山」の記憶
今回は、川端康成の『山の音』の読書感想文です。この作品については「ひとりで聞く音」でも書いたことがあります。
◆山と「山」
山は山ではないのに山としてまかり通っている。
山は山とぜんぜん似ていないのに山としてまかり通っている。
体感しやすいように書き換えると以下のようになります。
「山」は山ではないのに山としてまかり通っている。
「山」は山とぜんぜん似ていないのに山としてまかり通って
日、月、明(「物に立たれて」を読む・03)
*「「物に立たれて」(「物に立たれて」を読む・01)」
*「月、日(「物に立たれて」を読む・02)」
古井由吉の『仮往生伝試文』にある「物に立たれて」という章を少しずつ読んでいきます。以下は古井由吉の作品の感想文などを集めたマガジンです。
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引用にさいしては、古井由吉作の『仮往生伝試文』(講談社文芸文庫)を使用します。
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まず、前回の記事をまとめます。
わける、はかる、わかる
本記事に収録した「同一視する「自由」、同一視する「不自由」」と「「鏡・時計・文字」という迷路」は、それぞれ加筆をして「鏡、時計、文字」というタイトルで新たな記事にしました。この二つの文章は以下のリンク先でお読みください。ご面倒をおかけします。申し訳ありません。(2024/02/27記)
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今回の記事は、十部構成です。それぞれの文章は独立したものです。
どの文章も愛着のあるも
書くべきものを書いてしまう人たち
この人は自分の書くべきものを書いている。そう思わせる作家がいます。作品の細部を読めば読むほど、その思いは強くなります。細部に勢いがあるのです。書くべきものを「書こうとしている」のではなく「書いてしまっている」気がしてきます。
この記事は、以下の「くり返すというよりも、くり返してしまう」の続編として書いたものです。
◆「ワンパターン」は褒め言葉*楽曲、小説、芝居、映画、ダンス
語弊はあり
蝶のように鳥のように(断片集)
今回の記事では、アスタリスク(*)ではじまる各文章を連想だけでつないでありますので――言葉やイメージを「掛ける」ことでつないでいくという意味です――、テーマに統一感がなく結びつきが緩く感じられると思います。
それぞれを独立した断片としてお読みください。
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ない。ないから、そのないところに何かを掛ける――。
何かに、それとは別の何かを見る――。これが「何か」との出会い。遭
とりあえず仮面を裏返してみる(断片集)
今回も断片集です。見出しのある各文章は連想でつないであります。緩やかなつながりはありますが、断章としてお読みください。今後の記事のメモとして書きました。
看板、サイン、しるし
街を歩くと看板がやたら目に付きます。目に付くと言うよりも、こちらが無意識に探しているのかもしれません。無意識に物色しているとも言えそうです。
たぶん、そのようにできているのでしょう。看板は人の目を惹いてなんぼだと