本能寺の変1582 お知らせ №16 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
お知らせ №16
加筆・修正
いつも、多くの皆様に御覧いただき大変ありがとうございます。
さて、表記の件につき、下記の通り、内容の一部を加筆・修正いた
しましたのでお知らせいたします。
重要 ◎目次小 第14話
4光秀の苦悩 4粛清の怖れ 6/7
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→重要 ◎目次小 第1~20話 第21~40話 第41~ 話
→重要 ◎目次小 ①第1~5話 ②第6~10話 ③第11~15話 ④第16~20話
→見えてきたもの 目次
*「◎」は、重要ヶ所◎マークです。
10① ◎ 10② ✓ 11 ◎ 12 ◎ 13 ◎ 14 ◎ 15 ◎
*以下は、重要ヶ所◎のみ抜粋したものです。
◎第14話 第14話
信長の人物像 粛清の人 不意を衝く 恐ろしい男 絶対専制君主
信長の性格 誇り高く 執念深い
光秀の人物像 戦国武将 洞察力
光秀の苦悩 粛清の怖れ
時代の風潮 粛清 不意討ち 佐久間信盛 狡兎死して走狗煮らる
◎信長は、信盛を切り捨てた。 『信長公記』
◎信盛は、不意を衝かれた。
◎そして、追放。 『信長公記』
◎信盛は、全てを失った。
◎フロイスの証言である。 『日本史』
◎もし、この事件がなかったら、・・・・・。
◎信長は、粛清の人。
◎不意を衝く。
◎恐ろしい男なのである。 『信長公記』
◎信長は、絶対専制君主。 『信長公記』
◎誇り高く、執念深い。
◎口答えなど、以ての外なのである。 『信長公記』
◎信盛は、粛清された。 『信長公記』
◎光秀は、この光景を目の当たりにした。
◎光秀は、大きな衝撃をうけた。
◎「狡兎死して、走狗煮らる」「史記」
◎「明日は、我が身」
◎光秀は、身につまされる思いであった。
◎光秀は、粛清を怖れていた。
◎光秀は、典型的な戦国武将。
◎光秀は、洞察力に優れていた。
◎光秀には、先が見えた。
◎となれば、・・・・・。
◎「天下布武」の成った後、・・・・・。
以上。
今後とも、よろしくお願いたします。
20240115
NEW!!
目次 が更新されました。
これで、全体像がよくわかる!!
毎日更新!!
原因・動機の究明は、この一歩から!!
重要 ◎目次 が更新されました。
「本能寺の変」
原因・動機は、この中にあり!!
ご注目下さい!!
見えてきたもの 目次 が更新されました。
これで、さらに、一歩、近づいた!!
ご期待ください!!
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