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「どこかの誰かの1日」

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誰かの1日、覗いてみませんか? どこかにいる誰かさんの1日を記していく、ショートショート集です! 読んでくださった人の気持ちを少しでも温かくできればと思います😁
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チャリを忘れた

自転車をどこにおいたか忘れた。
こうなると、驚くほどに探しようがない。

記憶を辿ってみるものの、心当たりが浮かんでくれない。
もちろん、エアタグなんてものもついていない。
街中を歩き回ってチャリを探す、そんな日曜日を過ごしてます。

海を泳ぐ

海を泳ぐ

 海が好きだ。果てしなく水平に広がっていて、それでいてとてつもなく深い海は、どんな可能性だって示してくれているように思える。現代においてもまだ解明できていない場所が多々あることにも、ロマンめいた不思議な魅力を感じる。
 恋愛が嫌いだ。どうやってもわかりようのない相手がいて、それで初めて成り立つものなのに、一人よがりが先行する。そのことがまるで美徳かのようにハイライトとして後々に語られることもあれば

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旧友からの着信

旧友からの着信

 電話がいつまでも繋がらなくて、「お出になりません」とだけ伝えるアナウンスで唯一繋がっていた電波も切断される。お呼びしましたがと付け加えているところに機械なりの優しさを感じて、その優しさが妙に痛い。
 それでも私はもう一度、履歴から番号を呼び出してコールする。繋がれ、繋がれと願いながら。
 彼に連絡するのはかれこれ十年以上ぶりにもなる。ふと数えてみた時に経っていた十年という歳月は、お互いの関係をあ

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空虚

空虚

 元号が令和となった現在にも残る珍しい風俗を売りとする数少ない街。「新しい地」と字を書く昔風情の一つは、日常に溶け込むようにしてその姿を堂々と晒している。訪れる男を分け隔てなく手招き、誘惑する様はそれだけで人は本来平等なのだということを実感させてくれる気がする。
 スーパーの袋を抱えたまま通過する気恥ずかしさも無くなってきていた頃、なんの気まぐれか今日は誘われるまま誘われようという気持ちになってい

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順番の多いカレー屋

順番の多いカレー屋

 半分開いたような木造りの扉。申し訳程度に押しのけて中に入ると、豆を挽いた時の香りがふわりと鼻腔に漂ってきた。
「いらっしゃい、好きなとこ座って」
 カウンターばかりのこじんまりとした店内には、私のほかに二人ほど客がいるのみ。コーヒー片手に文庫本のページをめくる初老の男と、睨みつけるように新聞紙の絵柄を追う中年の男。
 私の腹はちょうど空きがピークを迎えていた。早速、壁に貼られた手書きのメニューの

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隣人

隣人

「ピンポーン」
 そのドアベルの鳴り方は、玄関の前に人がいることを示す鳴り方であった。私が住んでいるこのマンションはオートロック式で、このベルが鳴ることなんてほとんどない。
 そのことが私の警戒心を高め、手に持ったスプーンを床に落とすくらいには動揺した。
「えっ? 誰?」
 左手のプリンを机に置き、落ちたスプーンはそのままに玄関へと向かう。入居以来初めて覗いた扉の穴から見えたのは、鍋を抱えた一人の

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室の汚れ

室の汚れ

 床に散らかった書物をはじめとして、それぞれ定めてあるはずの住所へ送り届ける。何に差し込むのかわからなくなったコード類は、それぞれ束ねて壁にはりつけた。軽く掃除機なんかもかけてみたら、驚くほどの充足感が襲ってきて、危うく満足しそうになる。

 一所懸命に部屋の掃除。誰を迎えるわけでもないのにと、自らを卑下しながら行ったそれは、終わりになってやっと迎え入れる相手の姿が浮かんできた。

 明日の自分だ

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残り香

残り香

「口紅と印鑑は形が似てるでしょ? だから従妹なの」
 同じポーチから出てきたその二つを見た僕の疑問に、彼女はそう答えた。満面の笑みで。
 こういった施設としては珍しい大きな窓。そこから差し込む太陽の光に照らされながら、細めた目で鏡の中にいる自分を飾っている。
 赤く染まっていく唇の厚みに昨夜の光景を重ね、口腔内に唾液が滲みだす。溜まった唾液が喉を鳴らす音を合図とするかのように、彼女が振り向いた。

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『睡魔』

『睡魔』

徐々に魔の手が迫っている。周囲のことなどお構いなしに、意識を飛び越え瞼に直接訴えかけてくる。喉を潤し体をほぐし、あの手この手で抗ってみるものの、ゆっくりと、だが確実に滲みよる指先は、ほとんど私の首元を捉えんと、荒い鼻息を吹きかけ、今にも切り裂かんと機会を伺っている。従順に打ちのめされることが出来たら、どれほど幸せだろうか。
 気を抜くと一切の外聞を無視して頭をもたげてしまいそう。意識が溶ける。流

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季節外れのダイビング

季節外れのダイビング

「話したいことがあるんだけど」
 伏し目がちにそう漏らした彼女の言葉を受け、少し前に勢いよく弾き飛ばした自転車のスタンドを、そっと元の位置に戻そうとする。
 大阪を代表する繁華街・梅田、その中でも居酒屋が数多く立ち並ぶこの辺りは、バイトが終わるこの時間になってもまだ、様々に行き交う人々で賑わっていた。
 近くにそびえ立つ高層ビルから吹き降ろすビル風が、初冬の趣を薫らせる中、それに負けまいとでもする

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月明かりが照らすもの

月明かりが照らすもの

 ゆらりゆらゆら、ゆら、ゆらり。華奢な男が舞うその姿からは、そんな音が聞こえてくるかのようだった。
 月明かりが腹いせに光を弱めているかのように思えるほどに、街には様々な光が灯っている。街灯の明かりや店の光、住宅やマンションの窓から漏れ出る光からは、その中で過ごす人の息づかいまで聞こえてくるかのよう。
 夜が更けていこうとしていようとも、けっして車通りの衰えない交差点、その真ん中。明らかに邪魔にな

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向かう先は

 適温を許してくれない風が、容赦なく体を冷やす。どこからか聞こえてくる歯ぎしりと衣擦れを、心地よいとはどうしても思えない。幼い頃に遠出したことを想起させる匂いが、隙あらば鼻腔に忍び込まんと様子を伺っている。
「本日はご乗車いただきありがとうございます。当バスは、途中、三度の休憩を挟みながら東京へ向かいます。狭い車内ではございますが、皆さまどうかごゆっくりとおくつろぎくださいませ」
 違和感を感じる

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ひーじゃひーじゃ

ひーじゃひーじゃ

 自分の背よりも高い本棚に、びしっりと詰まった本たち。床に寝転ぶなんてとんでもなく、回転する椅子はその力を久しく振るっていない。そんな場所。
 腰かけたソファー、右手には巨大なクッション。体を傾ければそのほとんどが包まれる。
 ビジネスホテルのシングルベッドとサイドテーブルの間。そこに腰を下ろしてみる。背中はぴたりと壁に預け、足を盛大に投げ出す。
 明日は可燃ごみの日。色の統一されたごみ袋の集合体

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欠けたピース

欠けたピース

 最後まで、最高の音楽を奏でられると思っていた。
 私立海鳴高校軽音部の部員は僕ら三人だけ。明日の学園祭をもって廃部となることに決まっていた。
「なあ、もう一回合わせとこうぜ。入りがもたついてる気がする」
 ギター兼ボーカルの貝原は、部で最も練習熱心な男。大学に入ったら軽音サークルに入るのだと、そういつも言っていた。
 有名な軽音サークルのある大学が志望で、周りからは厳しいと言われながらも、めきめ

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