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アイデアノート15 生きがいと発達段階の関数

生きがいと発達段階の関数

組織の発達段階と生きがいに関して、大きな可能性に気付いた。
「X=年代、Y=発達段階」の指数関数が導き出されるため、「Y=組織の発達段階、Z=生きがい」の関数が導ければ、「X=年代、Z=生きがい」の関係さえも導くことができる。

少なくとも、ティール型に近づくにつれて人々はより多くの善良な自由を手にすることができるようになった。間違いなく、正の傾きを示している。

自由であり、自らが選択できることが生きがいの源泉を手にする可能性を増やし、生きがいを増やしてきた。オレンジよりもグリーン、グリーンよりもティールと生きがいは増えてきた。

つまり、ここから算出されるのは、「X=年代、Z=生きがい」もある一定の段階まで指数関数的であるということだ。

ただし、賃金と幸福度の関係がロジスティクス関数に近いように、「Y=組織の発達段階、Z=生きがい」もロジスティクス関数に近いものであるだろう。また、生きがいは無限大に発散しないからこそ、ある程度の賃金で幸福度が伸びなくなることが分かる。

そこで、生きがいと年代の相関も環境収容力に収束するロジスティクス曲線に近い形となるだろう。つまり、組織の発達段階と年代を表す関数の底aを導けば、年代と組織の発達段階と生きがいの研究は一気に進むこととなる。

ある一定の段階まで幸福度は、発達段階に対して指数関数的に上昇する。

すると、組織の発達段階が上がるにつれて生きがいも急激に増え、ある段階から傾きが緩やかになることが予想できる。これは非常に大きなことを示唆している。「X=年代、Z=生きがい」を計算するとき、「Y=組織の発達段階、Z=生きがい」というロジスティクス関数に、「X=年代、Y=発達段階」という右図に近い関数を合成するから、ある年代に達すると急激に生きがいが増えるのである。

ある域で一気に加速する関数と、加速する関数を合成しているのだから当然といえばそうだろう。だが、これこそが発達段階が上がるにあたり一気に生きがいが増える年代の存在を示唆している。

これこそが、生きがいイノベーションの正体と言っても過言ではないだろう。つまり、発達段階がある段階を超える時、生きがいが急激に増え、そこを超えると緩やかになるのだ。

 このことが証明できれば、生きがいイノベーションを数学的にも証明できる。人々が生きがいを感じるようにするため、どこまでの欲求段階を持つよう教えるべきかを示すことにも繋がる。

最低限、どの組織形態にするべきかが分かる。そして生きがいの方から逆算するように発達段階を上げることさえ可能性となる。年代が進む、発達段階が上がるにつれて加速度的に生きがいが増えるという期待を生み出すことにつながる。このインセンティブは計り知れないものがあるだろう。

生きがいが欲しいと思うとき、人は自ら望んで発達段階を上げることができるようになるのだ。これによって、生きがいイノベーションを起こすからこそ、世界は飛躍的に進歩できるようになる。飛躍的に進歩できるからこそ、生きがいを得ることができるようになる。後は現実でこれを証明すればよい。この相乗効果を明らかになり、生きがいイノベーションによって世界の発達段階を飛躍的に進歩させることができる。

そして、1970年にグリーン組織の企業が現れはじめ、2000年以降にティール組織が現れ始めた急激さを考えれば、この生きがいも急激に増えることを示唆される。

幸福度と時間を表した、ロジスティクス曲線の図。
時代を進むごとに幸福度は一定の値まで上昇する。

そして関数証明欲求を持つとき、このように考え関数を用いることで理論を究明する。重要なのは関数のパターンを熟知し、証明したい命題がどの関数に当てはまるか考えることである。

具体的な定数が分からない場合も、物事を数学的に捉え、理論を関数に具現化していく。こうすることで、世界を拾ってくることができる。

関数にできないものでも、関数のように捉えていくことで自ずと関係に気付くようになる。世界が数学でできているからこそ、数学に還元することができるのだ。

注意点

注意すべき点は、アイスクリームの売上と夏の溺死者数、タピオカが売れた翌年の日本経済は悪いといったアノマリーである(タピオカを売らなければ景気が良くなるというわけではない)。

生きがいと発達段階は明らかに強く相関しているが、あくまで平均移動線の関数を示しただけに過ぎないことを留意しなければならない。

年収が低くても幸福度が高い人がいくらでもいるように、組織の発達段階が生きがいを決定する重要な要素であっても、直接関数で示される変数でない。あくまでこの関数に集約されるだけである。

あとがき

インテグラル理論4事象と、生きがいの関係図。
さらに、この事象のコントロールする気さえ持てば、内面が最も簡単に変えることができる。
しかし、多くの人はそれに気付くことなく生きがいに支配されている。
これをIDロジック(生きがいDependedntロジック)と呼ぶ。
このため、この依存から脱却し生きがいと協力するには、
①この4事象のうち心が最も簡単に変えられること
②自分が生きがいに何を望むかではなく、生きがいが自分を通じて何を望むか?

を知る必要がある。

発達段階の上昇は必ずしも個人が幸福になることを意味しない。
常に生きがいは発達段階よりも重要なのだから、どのパラダイムであってもまっとうに生きがいが満たされる限り否定しようはないのだ。

しかし、ここには問題も山積している。
過去のパラダイムを含んで超えるものの、古いパラダイムに対してはかなり否定的な見方を持つようになる。

不幸は古いパラダイムが間違っていることより、新しいパラダイムから見て古いパラダイムが致命的に間違って見えることから起こってきた。

そして、社会と自身の発達段階が合わないとそれはそれで不幸を呼び寄せてきたしかし、それはあくまでグリーン型までの話

究極型パラダイムでは、価値順序の変更によって心をコントロールすることで、先に究極の生きがいや幸福を手に入れることができる。

そう試みることで、どうしてもそうできない理由、生きがいの正体を知ることができるのだ。そうできればそうすればいいだけであり、そうできないのであれば、その理由に気付く(エゴに気付く)ことができる。

強制ギプス

ホラクラシー組織や自己実現の夢がティール組織の強制ギプスならば、
世界的思考がインディゴの強制ギプス
エゴの発見・エゴロジー経営がヴァイオレットの強制ギプス
この価値順序の変更が究極型パラダイムの強制ギプスと言える。

これを使うかは、それこそ自分の生きがいがそれを望むかで決定すればよい。そして、これ自体がどうやらインテグラル理論と合流する生きがいの理論のようである。

問題は間違っているかどうかよりも正解が多すぎることと、エゴや生きがいに気づかず支配されていることだ。その正体を的確に把握できるのであれば、発達段階やSQをやみくもに上げる必要もない。

言い換えれば、戦争や犯罪そのものが悪いというよりも、戦争や犯罪をして勝ったところで手に入るものの費用対効果が致命的に低いことにある。そうした構図に気付かずに勝って自滅することが問題なのだ。

それが発達段階Dependentな行動に過ぎず、真の生きがいに基づいていないにも拘らず、疑うことすらできないことに問題がある。

これを超えるにはやはり協力主義(意見が統合され、協力できることをやり尽くしてから論争や議論をする)が重要になる。

協力主義では、統合できたことよりも、異なることで言い争うのを優先したせいで、統合したことさえできなくなることが問題だとする。

インテグラル政治学

日本の政治で言うならば、高等教育の無償化、給食費の無償化、働き方改革、DX推進、生産性の向上、研究費の増大、スタートアップ支援、イノベーション推進、投資の拡大、輸出の推進などは全政党で共通しているにも関わらず、他の統合できない分野での言い争いのため(特に大きな政府・小さな政府、減税・増税、金融緩和・引き締め、成長と再分配などの議論のため)に、これらの統合できた政策さえ実行されないことが問題なのだ。

(中でも、低所得者層の成長が再分配であるため、成長と再分配と対立する議論をする必要はない)

中でも、長期経済成長戦略特にスタートアップ政策)については、誰も否定していなかった(あるいは正反対だと思われた議論の中でも共通していた)上に、経済におよぼす比重が大きいにも関わらず、日本では統合できない議論のために後回しにされてきた

日本の政治が最優先で行うことは、協力主義なのだ。

そのための目標

低次の発達段階(無色、マゼンダ、レッド)までは行動と犯罪が結びつく傾向にあるので抑えるべきである。アンバーまではそもそもこの構図(勝って自滅すること)に気付くことができないため社会的に割合を抑える必要がある。

このため、三つ前の社会的慣習がなくなる傾向がある以上、アンバー型の慣習がなくなるティール型まではいかなる社会も目指すべきだろう。

もちろん、どのパラダイムにあっても生きがいが否定されうるものでなく、生きがいの獲得がやはり目標になる。この「生きがい>発達段階の関係」から、常に生きがいを優先し、健全な発達を促すことがインテグラル理論の最優先指令である。重要なのは、やはり発達よりも生きがいの方が常にほんのわずかに強いという点だ。

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