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エッセイ

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夏目漱石ー私の個人主義

夏目漱石ー私の個人主義

夏目漱石の「私の個人主義」という講演が好きです。

大正三年(1912)11月25日、夏目漱石が学習院輔仁会において行った講演を記したもので、短いので文庫版も5分ほどで読み切れるし、インターネット上にも全文落ちています。

個人主義うんぬんの難しい話よりも、ロンドンで神経症になるまで悩みぬいた漱石が、自己を取り戻す過程を自分のことばで振り返るところが、今読んでも全く現代の悩みに通じるし、胸に刺さり

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【エッセイ】花はグロい

【エッセイ】花はグロい

 花は、グロテスクだ。

 断じて詩的な意味ではない。花を美しい、きれいだなんて思うのは、我々人間の、一種の思考停止だ。まやかしだ。花そのものを、見ていない。

 試しに今度、花を改めて観察して花びらのひとつひとつや茎や根や、花弁のなかをじっくりと見てみてほしい。花が発する臭気を感じてみてほしい。

 生々しくて、仕方がない。花は、生きることの、生の、かたまりみたいな形をしている。臓器のよう

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【エッセイ】詩人カメラ

【エッセイ】詩人カメラ

 詩が最もその力を発揮するのは「フォーカス」する力だ。ひとつの詩のなかでも、急にレンズを振り、アングルを変えることのできるカメラのように、縦横無尽に視点が変化する点が面白い。

 読者はその唐突さに、最初はついていけない。日常ではあり得ない、断片みたいなことばの羅列と、論理の飛躍や跳躍。心情やシーンについて詠っているくせに、一体他人に分からせる気があるのか、と憤慨したくなるほど、詩は不親切であ

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【エッセイ】テンプレートの乱

【エッセイ】テンプレートの乱


 わたしたちは、テンプレートを生きている。

 朝起きてから夜眠りにつくまで、テンプレートなことばが、毎日ひしめき合っている。
 人と話したり、メールしたりする内容なんて似たり寄ったりで、相手を怒らせないように気を遣って、常套句を吐き出す。世間仕様のわたしが発することばは、口に出す前に粒をそろえている。わたしの口は、わたしの意志とは別の生き物のようににゅるにゅると、自動運転で蠢く。

 大

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【エッセイ】ミノタウロスの首、の付け根

【エッセイ】ミノタウロスの首、の付け根

 未来というものは、新幹線に乗る乗客が時速300kmを体感せず、数時間後に目的地に到着してしまうように、今との境界があいまいなものだ。
 過去、現在、未来という区切りだって、一蘭のパーテーションみたいなものだ。ただの仕切りであって、ぼくらが勝手に区切って呼んでいる。だから、今も未来は無意識に進んでいる。

 現在から地続きに進んでいく未来を想像してみる。僕が最もわくわくするのは、未来の「職業」につ

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【エッセイ】小説家の機能

【エッセイ】小説家の機能

 小説家とは職業というよりも、「問題を提示する」ことが社会における機能であり、当たり前のことでも無駄に考えすぎて、警鐘を鳴らすタイプの面倒な人種である。
 それを前提に、少し真面目な話をしよう。

この二年間、ただただわたしたちは疲れている。我こそは最も良い眼と耳を持っていると言い合う人たちばかりの声に耳を貸して、右往左往して、疲弊し切っている。

 今、ほかのどんなことより、「信じた価値観がひっ

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浄土

浄土

初夏の不忍池は、極楽浄土のようだ。敷き詰められた蓮の葉が、風に揺れる。死のうと思っている人は、一度見に来るといい。死に近い場所は、生の喜びに満ちている。

【エッセイ】Climb Climbー創作の3つの難所

【エッセイ】Climb Climbー創作の3つの難所

創作には、その完成に至るまでの道程に、いくつかのチェックポイントがある。これはゼロから一をつくる者にとって、必ず越えなければならない難所である。今回、その難所に看板を立てて、登山者へエールを送る。


【難所①:憂鬱な書き出し】
ふわふわとした、実態がなく、脳の中で真空状態の空想をつかまえて、そのまま紙に写し取ろうとするとき、人はその恐ろしさに立ちすくむことになる。断言しよう。間違っても君は新品

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【エッセイ】文体は、指紋である

【エッセイ】文体は、指紋である

文体、というものは指紋である。

同じ言語を用いているのに、ひとそれぞれその世界の切り出し方が異なる。捉え方が異なる。そういった点で、文体というものは実にユニークである。


己の筆跡を他者と判別するものであるはずなのに、実体があるようで無い。その人の文体と呼ばれるものは危ういものであり、常に隣の誰かとくっつき、また離れ、危篤状態の患者の心拍計のように揺らぎ続けている。

文体自体には判子のよう

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【エッセイ】テレキャスターな気分。

【エッセイ】テレキャスターな気分。

高校生の僕が聞いたら、きっと呆れる。
あの頃の僕はGibsonのレスポールに恋焦がれすぎて、穴が空きそうだったから。

飴色のボディ。重厚なサウンド。先輩に貸してもらったGibsonは、何よりずっしりと重かったことだけ、今も覚えてる。

大学生の時、じーちゃんに連れて行ってもらった御茶ノ水の下村楽器。ネックを握ると心がじわじわとして、落ち着かなくて。試奏して、何弾いていいかわかんなくて、できるだけ

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【エッセイ】AM5:30のディストピア

【エッセイ】AM5:30のディストピア

明け方の街並みは、西暦2300年、人類滅亡後のディストピアに似ている。

ぴたりとくっついた二つの影。新築のマンションも、戦前に建てられた家屋も、遠い未来を起点にすれば大差ない。通り過ぎた公園の遊具に貼られた『5/6まで使用禁止』のテープ。

散歩は人が動き出さないうちに。
できるだけ、ゆっくり、ゆっくりと歩く。

生後5か月の息子・時生(ときお)は、花や緑や、停まっている車、そして風そのものに目

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『猫を棄てる 父親について語るとき』 / 村上春樹(著)を読んで

『猫を棄てる 父親について語るとき』 / 村上春樹(著)を読んで

ページを繰るほどに、私が感じたこと。
この本はラジオのようだ。
村上春樹の声をそのまま聴いているようだ。

1.あらすじこれほどまでに、肩の力を抜いて、柔らかい口調で語りかけてくれる村上作品はちょっと他にないと思います。良い意味で、裏切られました。
うまく言えないけど、他人の家の庭に、勝手に入り込んでいる感覚。

本の内容は、村上の父の歴史(とその戦争体験)、父と一緒に海岸に猫を棄てに行く体験をは

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【エッセイ】一生の寝顔に捧ぐ

【エッセイ】一生の寝顔に捧ぐ

きみの名前は、「一生(いっせい)」と言います。これは、きみだけに宛てた手紙です。

これからきみが大きくなって、自分の道に迷ったとき、静かにでも確かに、内から温かい力をもらえるように、きみの名前の由来を記しておきます。

「ひとつの生、ひとつの命。君だけの一生を。」

それがパパとママがきみの名前に込めた、シンプルで、たったひとつの願いです。


ひとりの人間の生は、長いようで短いものです

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