谷古宇 時生

Tokio Yako/谷古宇 時生

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【掌編小説】Agents

 夕刻。ホテルのラウンジには西日が注いでいた。 奥のテーブルに、一組の男女が、向かい合って座っている。 「お時間頂きありがとうございます」 「あなたが佐伯さん?てっきり男だと思ってましたよ」  男が鞄を脇に下ろし、手帳とペンをテーブルの上に置いた。女は答えなかったが、男に向かって微笑み、手元の書類を一瞥した。 「エージェントの佐伯です。事前に職務経歴書を送って頂きありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそ」 「今回は、同業界内での転職をお望みですか」 「そうです」

    • 【詩】サブマリン

      歩くほどに わたしは若返ってゆく 音楽そのものに お金を払うようになって 唯一よかったことは じぶんの胸に深く潜るようになったことだ わたしを守り 奪い 保ち 焚き付けた音を 撃ち抜いた音を またポケットにしまい いっしょに歩いていく なぞり直していく 生涯で もう聴くことはなかったはずの サルベージされていない音楽が 海底に 眠っている いまは ゆっくりでいい気がする 歩きながら 時間をかけて 少年に戻っていく

      • 【詩】蝶と月

        やはり私のこころのいくばくかは あのとき壊死してしまったのだろうか 感応しない部分があるようで 生きるほどに 少しずつそういう患部が 増えていくようで 欠けていく月と同じだと思う 機能することをやめ 自分の一部ではなくなったはずのものが まだ私のなかに残っている 物言わぬ多臓器不全に占領される 擦り切れた私の実体は 一体どこに連れ去られてしまったのだろうか 無軌道に少年が放ったボールは 一体どこに埋もれてしまったのだろうか 失った夢 無くなったもの すべてが 反転した世界があ

        • 【詩】星に願いを

          わたしが つぎのことばを求めるとき その空白に身をゆだねるとき くらくてふかい海に映る ちいさな星をさがすような 途方もない仕事だと 感じることがあります かすかな光をたよりに 底にゆらぐ きれいな石だけ 掬いとれるでしょうか わたしが拾った石には ひとが感じ入る美しさが 伴っているでしょうか なんど経験しても 心臓がきゅっと締まる きもちになります ことばには値打ちがあるそうです だからせっせと 石を拾っては水に透かし 丁寧に泥を洗い その輝きを信じている その姿

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          【詩】湖

          空一面に湖が広がっていた 黄色のクレーンが釣竿に見えた 単色の水色は思考停止 すべての建物がくり抜かれていた 波紋がゆっくりと現れて消えて 不意に地べたを歩いているのが 恥ずかしくなった こんなに澄んだ水ならば ぼくも そっちで泳ぎたい 反転して 空に飛び込んだら 冷たいかな 気持ちいいよな 溺れないかな もう溺れてる 楽しいよな 懐かしいよな なくしてしまったひともこころも ぜんぶ水色に溶けてしまったもんな どれくらいのあいだ 息継ぎもせず 泳いでいたんだっけな 思い出せな

          【詩】Digital Highlight

          宵の宵は点滅 Digital Highlight 月明かりの朝礼台 きみを抱っこして 一緒に夜を見上げたら 煌々と光る 飛行機も星もつかめそうだ 上院議員の群れが森に還り 加湿機が玄関のすきまから逃走した 青い顔の少女が 窓を吹き抜ける風に涙を流し 金木犀が匂って消えた 生きている匂いは どこにだって転がっている だれかが描いた宇宙 ひらいた指のあいだから 赤い点滅がすり抜けた

          【詩】Digital Highlight

          【詩】鍵盤シーラカンス

          鍵盤シーラカンス シーラカンス鍵盤 おおきなうろこは黒鍵 ちいさいのが白鍵 牙が光って灯籠  深海でうねる 深海ではずむ からだぶつけ 音楽を鳴らす 一回性の旋律しか知らない 鍵盤シーラカンスは傷だらけ うろこが剥がれてもやめない  海が温かくなる発情期 雄と雌 互いを優しくぶつけ合う やがて生まれたての鍵盤の群れが 海を底から震わせる 水の重さに身を委ねて それぞれに じぶんが心地いい音を探す 鍵盤シーラカンスは上機嫌 毎日違う 和音も不協和音も楽しくて 飽きることなくダン

          【詩】鍵盤シーラカンス

          【詩】天の川

          天の川の白濁のなかをすすむ 四方白い壁のほかには何もなく それは死んだ水槽のよう それはのっそりと動く戦艦のよう 空気にも輪郭があり 陽光が天井の水面に揺れ かつて燃え尽きた星が 柔らかな線を描くのを見ただろう あなたがそとに出たいと願うならば ドアより先に ドアノブを描くがいい 引いた腕に夕闇が追いついて 気づけばそとに出れるから あなたが変わりたいと願うならば 柔らかいものを 信じればいい 包んだつぼみの手のなかに ちいさな銀河が残るから

          【詩】天の川

          【詩】無限成長美術館

          高台にある 無限成長美術館は 村の一部でありながら 自分とまわりの森を喰らい 増殖をつづけている 稲が実った田園から 見上げると 美術館が口をあけて 日に日に大きくなり 村に近づいてくるようだ 上空から見たその棺は 渦を巻いて 漢字の〈厄〉みたいな 形で もぞもぞと 幼虫のように蠢いている 村人たちは耳を澄ませる 夜には 美術館が木々を薙ぎ倒す床ずれの 音がする 朝には 村の境界を越え ひと回り大きくなった美術館のなかの 回廊が巡り 展示品が増える いつの間にか過ぎた歴

          【詩】無限成長美術館

          【詩】昼どきの天体

          天体が放たれる 弁当屋の声がする 雲が流れる そば屋に並んでいる だしの いい匂いがする 昼どきのまちは せかいのへり ぽかんと空いた ビルのへそ あらゆるものが 動いている すべてのひとが じかんを気にしている 群れを離れ 口笛を吹き それぞれで ひとりになる ひとりの集合体は かぎられた時間 生活のはんたいがわの軌道を泳ぎ 急ぎ足で 点滅する信号を渡っていく 雲が泳ぐスピードが ずいぶん早い それが見たくて ぼくは静止した

          【詩】昼どきの天体

          【詩】安宿

          大型書店で活字を盗む 浴びるほど活字を吸い込み めしを食らうように 文字をかきこむ このためだけに生きてきた そんな一節をさがしている ほんをさがすふりして じぶん のいみを 背表紙にもとめている ぼくは いつもいつも切実である 足場がほしい つぎの一歩を 受けとめる足場がほしい せかいの本質に 近づきたいと願い ほんに触れるたび 逃げてしまう 離れてしまう ああ ぼくのあたまは安宿だ 夜ごと新しいことばが チェックインする かれらはだまって部屋のかぎを 受け取り

          【詩】安宿

          【詩】泣こうとして 泣いた

          泣こうとして 泣いた それは わたしがわたしを支えきれなくなり くずれ落ちた なみだではなかった それは 表面張力でぎりぎりまでせきとめたみずを ゆらした拍子に 飛び降りたものではなかった わたしは 電灯のスイッチを押すように 泣こうとして 泣いた 感情を もてあましていた 許可なき作動を 拒んでいた なみだをながす指示のあと かなしみの伝令を打つ だからわたしは 泣くことができた やっと 錨を下ろした

          【詩】泣こうとして 泣いた

          【詩】内通者

          よく聞くんだ この車両 ドアのよこに立つ 背広を着た 三十代くらいの男は 内通者だ だめだ めをそっちのほうに 向けちゃいけない われわれがやつに きづいたことに きづかれちゃいけない やつは潜んでいる にちじょうにまぎれて なんともない顔して ぐらぐら するようなひみつを 耳打ちしている やつは あと きっかり三周半 山手線に乗り しんじゅくのコインロッカーの かぎをあけるふりして なかに はいってしまう 追いかけてはいけない ぼくらが はいったら 戻ってこれなくなる

          【詩】内通者

          【詩】ぷろぺら

          すいこまれそうな みずいろのそら かぜをすいこんだ てづくりの にこのぷろぺらが じいちゃんのうちの にわさきで くるくる と回っている おおきなかざぐるまは はねがかさなると ひとつの花弁に なってみえる これをつくるのに三年かかったよ じいちゃんはうれしそうにわらう いまは ひまごといっしょに めだかにえさをあげている じいちゃんはひさしぶりに みんなにあえて うれしそうだ ろくにそとに出られず いえにこもっていた この 三年 という年月は 八十を越えたじいちゃんに とっ

          【詩】ぷろぺら

          【詩】沖に沈む心臓

          すらっと伸びる 橋の太腿に水が跳ねた 沖に沈む心臓 不均等な脈が躍り 波が打ちつけられていく 狂いあおうよ海原 一秒先に どこに向かっているかも わからないのだから 生きることを選んだものたちは 無音ではいられない 生きてるかぎり 音を撒き散らし 衣ずれをおこしては 静かに怒りを灯している よせて返す波は怒りの満ち引き よく眠るために 橋のつま先に 収束させていく 黒い海の布団に入り 眠る

          【詩】沖に沈む心臓

          【詩】点、線、面

          にんげんの生を 点でとらえると とっとっとっ 鉛筆、連打 すきまのある黒点の連なり スナップショット しゅんかんの連続で つむぐ群像 にんげんの生で 365の点を線でつなげば ばっばっばっ ひとが赤んぼうから 人の子になり 鬼になるまでの 進化論 ロードムービー 編集された 契機たちのけしき にんげんの生に 面で立ち向かい いっいっいっ 1-1、一機残った残機 一度きりなんだろうか?ほんとうに 難易度の高まるステージ コンティニューし続ける だけのライフ もう命からがら ぼく

          【詩】点、線、面