マガジンのカバー画像

次の駅までのひとときに

38
わたしのなんでもないエッセイ
運営しているクリエイター

#エッセイ

ハロー、チェルシーのない世界

ハロー、チェルシーのない世界

「酔いそうー」

子どもの頃は車酔いしやすく、帰省ラッシュの渋滞にはまると決まって気分が悪くなった。本格的に酔う前に後部座席から助手席の母に自己申告。

つられて妹も「酔ってきた」と声を上げる。促音とカ行の引っかかりのリズムが楽しくて「酔ってきた、酔ってきた」と到底不調を訴えているとは思えないビートをふたりで刻む。にゅっと母の腕が伸びてくる。開かれた手のひらには色とりどりの飴玉。

「ほな飴ちゃん

もっとみる
永遠は意味のないものの中に

永遠は意味のないものの中に

繁忙期の連勤終わり、ケンタッキーのオリジナルチキンと缶ビールの入ったビニール袋を揺らして秋めく夜の田舎道を歩く。カーネルサンダース感謝祭とご褒美のタイミングがマッチした今夜くらい、贅沢したっていいだろう。

いつになくほくほくとした足取りで帰宅すると、父から一通の茶封筒を渡された。卒業した大学の学会誌である。会長に就任した教授の挨拶文や活動報告が確か年に一度か二度くらいのペースで届く。ビールを冷蔵

もっとみる
どうしようもない夜にやりたいこと100個ひねり出して、会社を辞めた話

どうしようもない夜にやりたいこと100個ひねり出して、会社を辞めた話

たまには新年らしく目標でも立ててみようと、やりたいこと100個を書きつけたノートを3年ぶりに引っ張り出してきた。

深夜の勢いで作成したはいいが、リストアップしただけで満足してしまい、1回見返したきりずっと放置してきた。なにを書いたのかもうあまり覚えていない。若い頃の熱の残滓に触れれば、停滞する日常を変えるモチベーションを得られるかもしれない。わずかな期待を胸に表紙を開く。

新年の浮かれ気分が吹

もっとみる
ファンづくりから仲間づくりへ、noteが少し楽になった

ファンづくりから仲間づくりへ、noteが少し楽になった

2021年5月5日から11月27日までの約半年間、私のnoteには大きなブランクがある。アクセスするのもままならない時期もあれば、書いては捨て書いては捨て、公開できない下書きだけを増やしていた時期もある。

2021年4月、面接での熱烈なアピールが身を結び、念願の出版社に転職した。大好きな文章に仕事として触れられる喜びと自分の言葉が社会を動かす使命感で、毎日はやりがいに満ちていた。

相手の話を瞬

もっとみる
自称世界一不幸な美少女の自己肯定感と想像力

自称世界一不幸な美少女の自己肯定感と想像力

ほとんど泣きながら宿題のドリルに鉛筆を走らせ、答え合わせもそこそこにテレビの前に滑り込む。リモコンの電源を入れれば、ポップでキャッチ―なメロディー、自由自在に箒で空を飛ぶ、赤、黄、青の衣装をまとった少女たち。

日曜の朝、アニメ『おジャ魔女どれみ』(東映アニメーション)が始まるまでに宿題を終わらせるのが母との約束。苦痛から解放され、1週間待ちに待った世界に没入する。この30分が小学生の私の楽しみだ

もっとみる
一生のお願いを温存する語彙力再考

一生のお願いを温存する語彙力再考

(語彙力):対象物から受ける感情が強く豊かすぎるあまり言葉にならない状態を、語尾につけることによって表現する語。ヤバい、エモいなどを主に肯定的に強調する。また、伝えるだけの語彙を持ち合わせていないことを束の間嘆いてみせ、自己承認欲求を隠す狙いを持つ。(都村つむぐの独断と偏見より)

twitterで見かけるたびに、便利だなあと思う。短さが賞賛される現代において、たった4文字で感動を表現できる。私も

もっとみる
書店員なのに青木まりこ現象

書店員なのに青木まりこ現象

「朝井リョウさんもお腹弱いんですって」

どういう流れでこんな話になったのか。
店内に客はひとりもおらず、換気のために開け放たれた窓からは昼下がりのやわらかな風が流れ込む。威勢をなくしたレジを離れ、カウンター奥の椅子に腰を下ろし、先に休んでいた先輩と話を続ける。

「へえ、大変ねえ。私も助手席でお腹が痛くなって、何度コンビニを探してもらったか」
「いけない状況になるといきたくなるんですよね。私はバ

もっとみる
本屋だからこそ生まれる運命的出会いを育てていきたい

本屋だからこそ生まれる運命的出会いを育てていきたい

自分が働く書店で本を予約した。社割で安く買えるし、貴重な売り上げにもなる。

なんてったって、大ファンのしずる村上さんが自伝(村上純『裸々』KADOKAWA)を発売するというのだ。単独ライブのために東京まで追っかけ、”タフネス”という我に返ると異様なファンネームを嬉々として自称するくらい応援している。確実に手に入れたかった。ドキドキしながら取り寄せの手続きを済ませ、日数を指折りカウントして待ち望ん

もっとみる
「おつかれさま」に代わることばを

「おつかれさま」に代わることばを

社会に出た当初、仕事終わりの「おつかれさまです」がくすぐったかった。学生のうちは馴染みのないことば。中身は数か月前となにも変わっていないのに、口にするだけで一丁前に大人として機能している気分になる。放ったばかりの声は耳の中でなんども鳴って、熱を帯びた。

とはいえ、あいさつひとつで酔いしれられる期間はいつまでも続かない。はじめこそ輝いていたことばは、日を経るごとに新鮮さを欠いていった。

帰り際は

もっとみる
ピース以外でお願いします!

ピース以外でお願いします!

「新郎新婦にアルバムをプレゼントしたいので、受付の前に撮影させてもらっていいですか」

9月の空は夕方でもじゅうぶん明るいのに、イタリアンレストランのガラスの扉からは幸せそうな黄色い灯りが煌々ともれている。色とりどりのドレスの女子3人にチェキを構えると、さっとボレロを肩に掛け直し、横一列に。顔まわりのおくれ毛を小指でふわりとすくって輪郭に沿わせ、慣れたふうに口角を整える。

私はファインダーからゆ

もっとみる
文章教室に通ったら、もやもやがステキで弱さは強みだったこと。

文章教室に通ったら、もやもやがステキで弱さは強みだったこと。

「接続詞は基本的にいりません」
そして、に朱で二重線。
「この文は2行前と同じ内容を説明しているだけですね。消しましょう」
ペンが勢いよく下へ走る。
「この段落はほとんど効果がないです」
ガッ、ガッと紙を掻く音。大きなバツ。
「よくはなりましたが、まだ取材先の魅力に踏み込めていません。都村さんの心がどこに動いたのかもう一度じっくり考えてみて。あと、タイトルも」

空になったコンビニのコーヒーカップ

もっとみる
おきにいりを贈る

おきにいりを贈る

小包が届いた。差出人は遠方に住む友人だ。

就職したての頃は週に1度は仕事終わりに朝まで飲んだものだが、もう1年以上会っていない。始発前の白くかすんだアーケード街をゆらゆら歩いたのが昨日のことのように思い出される。

早速、ガムテープをはがす。緩衝用のプチプチをめくると、段ボールいっぱいにコスメや雑貨が詰まっていた。一番上に赤い封筒。誕生日のお祝いが遅くなったこと、退職までよく頑張ったねということ

もっとみる
星の光が何年も遅れて届くように

星の光が何年も遅れて届くように

タイムカプセルを埋めたままにしている、と気づいたのはもう8年も前。成人式の後に開かれた中学の同窓会もほとんど終わるというときだった。

「式終了後、Y小学校ではタイムカプセルを開封しました。参加できなかった方は会場の後ろに置いておきますので、ご自身の埋めたものを探してお持ち帰りください」

アナウンスとともに、立食会場前方の照明が落ち、ゆるゆるとスライドが下りてきた。数時間前に撮られたばかりの集合

もっとみる
今日も1行目と戦っている

今日も1行目と戦っている

1行目は第一印象だ。

私たちは何かを読むとき、この書き手となら心を通わせられそうか、情報と体験を約束してくれそうか、つなぎ合わせた数単語から敏感に相性を探りながら判断している。だから全国に配布する取材記事も、コンテストに応募するエッセイも、twitterの140字だって、真っ白のディスプレイに初めて文字を打ち込むときは「よいご縁がありますように」と祈るようにして言葉を選んでいる。

中でもnot

もっとみる