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自称世界一不幸な美少女の自己肯定感と想像力

ほとんど泣きながら宿題のドリルに鉛筆を走らせ、答え合わせもそこそこにテレビの前に滑り込む。リモコンの電源を入れれば、ポップでキャッチ―なメロディー、自由自在に箒で空を飛ぶ、赤、黄、青の衣装をまとった少女たち。

日曜の朝、アニメ『おジャ魔女どれみ』(東映アニメーション)が始まるまでに宿題を終わらせるのが母との約束。苦痛から解放され、1週間待ちに待った世界に没入する。この30分が小学生の私の楽しみだった。

あれから20年以上経った今も、毎週1話ずつ公式YouTubeにアップされる動画が、日常のささやかなご褒美である。


主人公春風どれみは魔法に憧れる小学3年生。ひょんなことから洋館のような雑貨店を見つける。中には読んだばかりの魔女の本の記述と寸分違わぬ容姿の店主が。

ピンときたどれみが正体を見破ると、魔女は魔女ガエルという緑のいきものに変身。元の姿に戻るにはどれみが一人前の魔女になる必要があるという。

友だちの藤原はづきちゃんと妹尾あいこちゃんを仲間に、雑貨店「MAHO堂」を手伝いながら魔女を目指していくというストーリーだ。


魔法が使えるだけでもワクワクするが、それが自分と友だちだけのひみつだなんて。みんなが寝ている夜中にひっそり魔法界で試験を受け、週末はお手製グッズを売って”ごっこ”ではない本当のお仕事をする。ほとんど年齢は変わらないはずなのに、私の知らない世界で奮闘するどれみちゃんたちはずっと大人びて見えた。


魔女の不気味なイメージを払拭するカラフルな衣装、ドロップみたいな魔法玉が入った魔法のステッキ、ぺぺルトポロン、音階を奏でる手のひらサイズのタップ……彼女たちが使うアイテムは当時、おもちゃ売り場の一番目立つところに並んでいた。前を通るたびにねだったけれど、ひとつも買ってもらえなかった。もうそんなフリフリキラキラの衣装を身につけて出歩ける年齢ではないけれど、童心に返ってときめいてしまう。


細部はもちろん、作り込まれたキャラクターも『おジャ魔女どれみ』の魅力のひとつだ。

「おジャ魔女の中なら誰推し?」

同世代が集まると、久しく観ていないはずなのにみんなキャラクターのバックグラウンドやエピソードを鮮明に覚えていて、いかにそのキャラがステキか力説する。


私の周りの1番人気は瀬川おんぷちゃん。小学生にして人気アイドル。瞳がキラキラでどのシーンを切り取ってもかわいい。多少気の強い一面もあるが、それこそがプロ意識の高さにつながっているともいえる。


運動神経抜群!大阪で培ったツッコミセンスも光る妹尾あいこちゃんのファンも根強い。誰とでもすぐに仲良くなれる反面、相手が気にしていることにズバズバ触れてしまうのが玉に瑕。だがその裏で、男手ひとつで育ててくれるタクシー運転手の父を少しでも楽させようと、毎日家事を手伝っている。弱気を見せるシーンはほとんどなく、彼女のけなげさにはぐっとくる。


藤原はづきちゃんは学年一の秀才。魔法の習得もお手のもの。お金持ちのお嬢様で、愛情を一身に受けて育った分、やりたいことを主張するのが苦手だが、どんな状況でも相手を思いやる彼女のやさしさと表裏一体だ。


帰国子女の飛鳥ももこちゃんは、天性のマイペース。日本語がうまく話せなかったり、文化の違いに戸惑ったり、他のおジャ魔女たちとすれ違うこともあるが、いつも新しい視点を与えてくれる。


どのキャラクターも長所と短所が表裏になっている。その人間くささに、まるで彼女たちが現実にいるような気分にさせてくれる。シリーズごとに年齢も心も成長する少女たちに、友達のような親近感を抱いてきた。そんな中で、私は今も昔も変わらず「どれみちゃん推し」だ。


と意気揚々と答えると、「まあ、主人公だもんね」と軽くまとめられてしまう。

戦隊ものならレッド、数字は7、食べ物はステーキ、デザートはケーキ、動物は犬、かき氷のシロップはいちご……。王道は王道というだけで好きな理由になりえてしまう。物語の主役も然り。悪役や脇役に惹きつけられている人の方が、独自の考えを持っていそうなのはわかる。

重々わかっているのだが、それでもどれみちゃんが私の憧れなのだ。


小学生の頃、私はほとんど友だちがいなかった。親友と呼べる子がひとりいたけれど、違うクラスになると、席替えも遠足も文化祭も休み時間のドッジボールやドロケイも、ぜんぶ憂鬱。

「つむぐちゃんって、影薄いよね」

給食が終わって、ランドセルにお箸セットを戻していたら、突然クラスメイトの女の子に宣告された。放っといてくれる?と今なら言えるだろうが、当時はどう返していいかわからず「うん」と小さく肯定した。なぜ面と向かってそんなこと言われなきゃいけないのか、私も私でなぜ認めてしまったのか。何日もうじうじと引きずって、毎日はもっとつまらなくなった。教室の隅で自由帳に絵を描きつけ、じっと卒業の時を待っていた。


内に内に閉じこもっていた私に引き換え、どれみちゃんは底抜けに明るい。正直に言って、ドジだし不器用だし、他のメンバー比べて魔女としての才能が突出しているわけでもない。教科書と間違えて魔女の本を音読してしまったり、ひとりだけ魔女見習いの9級試験に落ちてしまったり、ランドセルを逆さに背負って教科書をばらまいたり、なかなか箒に乗りこなせなかったり、手作りの魔法グッズは不気味すぎてひとつも売れなかったり……。

そんな時のお決まりの台詞が「私って世界一不幸な美少女~!!??」。確かにツイてないときもあるが、たとえ自身の能力不足が原因でも、責任は「神様」に全転嫁。自分はなんてダメなんだと自己否定したり、ああしておけばよかったと後悔したりはしない。

その上、嘆いているときでさえ「美少女」の自負は忘れない。むしろ「不幸」×「美少女」で「ヒロイン」を連想させ、天性の主人公っぷりを惜しげもなくアピール。

「つむぐちゃんって、影薄いよね」に、私も「世界一不幸な美少女~!!??」と叫べば、人生そうない状況を面白がれたかもしれない。


自己肯定感の高さもさることながら、どれみちゃん最大の武器は、困っている人を放っておけない世話好きな性格だ。

好物のステーキをたらふく食べたい!好きな人に告白する勇気が欲しい!と魔法で叶えたい願いはあまたあれど、クラスメイトや家族が困っているといてもたってもいられない。たとえ傷つけられた相手であろうと、他に大事な用事があろうと、こっそりあとをつけて、貴重な魔法玉を消費して援護する。


どれだけ頑張っても、どれみちゃんに見返りはない。それどころか手柄を横取りされたり、大事な約束をすっぽかして怒られたりして、結果「私って世界一不幸な美少女~!!??」とうなだれることになるのだけど、次の週にはやっぱり誰かのために走り回っている。そんな彼女を私は愛さずにはいられない。


魔法が使えたら、と考える。どれみちゃんになって、たくさんの友達に囲まれた小学校生活を送ってみたい。彼女のへこたれなさがあれば、どんな困難も乗り越えられる気がする。


だけど『おジャ魔女どれみ』が教えてくれるのは、魔法は決して万能ではないということ。どれみちゃんたちは誰かに変身したり、必要なものを出現させたりして手助けはするが、悩みや問題を一撃で霧散させることはできない。最後に答えを導き出すのは、いつも悩みを抱えるその人自身だ。本当の魔法とは、目の前の心に寄り添い、その人とっての幸せを考える想像力そのものなのである。


他人になって人生再スタート!という私の願いはさすがに甘ったれているかもしれない。だったらせめてどれみちゃんと友だちになるきっかけをもらえたら。

どれみちゃんのもうひとつのいいところは、友だちのステキな一面をきちんと受け入れる素直さだ。仲間の功績を自分ごとのように誇れるし、気の合わない相手でも、いいとこあるじゃんと思えたら距離を縮める。正反対の性格だけど、私の魅力もすぐに見つけて教えてくれるにちがいない。

なんて期待しながら、ピリカピリララポポリナペペルトと年甲斐もなく呪文を唱える今日この頃。


◉東映アニメーション『おジャ魔女どれみ』HP

◉東映アニメーション公式YouTubeチャンネル

◉『【公式】おジャ魔女どれみ 第1話「私どれみ!魔女見習いになる!!」』(東映アニメーション公式YouTubeチャンネル)


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