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ピース以外でお願いします!

「新郎新婦にアルバムをプレゼントしたいので、受付の前に撮影させてもらっていいですか」

9月の空は夕方でもじゅうぶん明るいのに、イタリアンレストランのガラスの扉からは幸せそうな黄色い灯りが煌々ともれている。色とりどりのドレスの女子3人にチェキを構えると、さっとボレロを肩に掛け直し、横一列に。顔まわりのおくれ毛を小指でふわりとすくって輪郭に沿わせ、慣れたふうに口角を整える。

私はファインダーからゆっくりと目を上げた。

「ちなみに」

西日にあたためられためられた街は一瞬時を止めたように、赤、ネイビー、グリーンのドレスの裾だけがしずかに揺れた。

「ポーズはピース以外でお願いします!」

「え!?」

すっとんきょうな声とともに、目を見開きぽかんと口を開けた彼女たち。初対面の人を前にした緊張も、レンズを向けられている意識もごっそり抜け落ちてしまったよう。私はにっこりと微笑みなごら、心の中でガッツポーズをした。



初めて結婚式の二次会の幹事を任された。

新婦と出会ったのは4年前。私はもらったばかりの社会人という名札に戸惑いながらデパ地下で接客をしていた。ショーケースを叩く爪先、カウンターの奥まで伸びてくる足、ひったくられるクレジットカード、砲音のように充満する話し声。遠くから見ればきらびやかな世界は、人々の剥きだしの感情であふれかえっていた。そのひとつひとつに傷ついて、くたくたで終電に滑りこみまた始発に乗る。ゾンビのように駆け回る日々に声を掛けてくれたのが、向かいの店で働いていた彼女だ。

同じ新入社員ということもあり、仕事終わりや休みの日にご飯に行くようになった。接客という仕事のこと、キャリアのこと、女性としての未来のこと……。同期や先輩には話しにくいことも彼女になら打ち明けられた。どんなに忙しくてもバックヤードで「頑張ろうな」と励まし合えばやる気が出たし、店頭で疲れた顔をしたときは他のお客さんに見えないようこっそり変顔をして笑わせてくれた。

そんな彼女が見つけた幸せだ。祝福のひとときに立ち会えるなんてこれほどうれしいことはない。ふたつ返事で依頼を受けた。


ところが幹事の中で私だけが遠方に住んでいた。シフト制で休日も合わなくて打ち合わせに参加できない。そこで、当日の写真撮影とアルバム作成を担当することになった。

受付の際にチェキで参加者の写真を撮って、白い枠の部分にメッセージを書いてもらう。始まる前に回収し、その場でアルバムに仕上げて新郎新婦にプレゼントするのだ。他の友人の二次会で私も撮ってもらったことがあるから、ビンゴや馴れ初めVTRと並ぶ定番なのだろう。


早速雑貨屋に行くと、ウェディング用のアルバムコーナーがちゃんとあって、ひととおりのものは手に入った。参加人数によって台紙を増減できるアルバムやステッカー通り貼るだけで表紙になるドレスとタキシードのシール、写真にも書けるゴールドとシルバーのペン、簡単にかわいくデコれるマスキングテープなど、便利なアイテムがいっぱい。”誰でも”センスのいい贈り物がつくれるよう世界は整っている。


でも、それでいいのかな。

披露宴前日、二次会の備品が詰まった紙袋を点検しながら思いとどまる。誰でも同じように仕上がるシールで飾った、定番のアルバムを、お決まりの流れでプレゼントする。別に悪いことではなくて、新郎新婦の幸せを心から思うがゆえの習慣だ。おめでたい日に傷がつくようなことはしたくないから、安全なものを選び取るだけ。でも同時に、歩く歩道で運ばれているような、ToDoリストに線を引くような、無機質な感じもしてしまう。

違う場所で育ち、交わることのない道のりを経て、別の会社に入社した私たちがこうして巡りあったのは奇跡みたいなことだ。いや、参加するすべての人たちが奇跡のような確率を乗り越えて、新郎新婦と出会ったのだ。それぞれに思い出や喜び、感謝と祈りを胸にやってくるはず。だったら他の〝誰でも〟ない私たちの思いをきちんととじこめたアルバムを作りたい。

問題はそんなプロみたいな写真を素人の私がどうやって撮るか、だ。

名簿には知らない名前がずらっと連なっている。彼らからしたら新郎新婦どちらの友人なのか、もしくは親族かもわからない人間がいきなりレンズを向けてくるわけだ。緊張するし、とっさによそいきの表情をしてしまう。でもファインダーから覗いているのは私じゃなくて、新郎新婦だから。いつもの、内輪の表情がほしいのだ。なにかほんの一瞬で初対面の私との壁を壊せるような一言がないだろうか。

不意に一冊の本が頭に浮かんだ。はやる気持ちを抑え、本棚へ。ぎゅうぎゅうに詰まった手前から丁寧に崩していく。



「ポーズはピース以外でお願いします!」

この一言は狙い通り参加者たちのよそいきを吹き飛ばしてくれた。昨晩、引っ張り出してきたのは柴田よしきさんの『風味さんのカメラ日和』(文春文庫)。その中でカメラ教室の講師、知念先生がこんなことを言う。


僕、あのピースサインが苦手なんです。カメラを向けると反射的にあれをつくるのって、どうも好きになれない。(P.87)


たしかに私もレンズを見つけると条件反射でピースをしてしまう。表情のことは全く考えていない。きっとポーズとセットで体に刷りこまれているのだろう。スマホのカメラロールを開くと、どれも同じような顔をしている。目がぱっちり開いていて、乱れがなくてかわいいけれど、どんな感情なのか見えてこない。むしろ顔出しパネルでキャラクターになりきっているものや、友人がこっそり撮ってくれたものの方が楽しそう。そのときの高揚や周りの雑踏まで伝わってくる気がする。


短い間にお互いがリラックスし、なんとなく信じ合ってしまえるように、撮る側が工夫してあげることが大事です(P.88)


「ふたりのお祝いの日なので、おめでとう!って感じで!」

どんな感じだよと自分でもツッコみたくなるけど、女の子たちは「えーどうしよう」と焦りながらも笑っている。口に出してみるまでは「なんであかんねん」と怒られるかも、撮影や出席自体を断られるかもとどきどきしていたのだが、意外とノリノリでポーズを考えてくれる。

恥ずかしそうにしていても「チェキはスマホと違って盛れないんで、いつもの2倍は笑ってくださいねー!」とか「ちょっと暗くなってきてるんで、動き大きめで!」とか理由を付け加えれば、何かが吹っ切れるのか「こんなんどう?」「ええやんええやん」とぽんぽん案を出してくれる。今日初めて会う人たちだけど、ごはんを決めるときや旅行のプランを立てるときもきっとこんな顔して話し合うんだろうな。

グッドサインを突き出す人、手でハートをつくる人、フィルター越しのふたりにジャーン!と両手を広げる人……思い思いのポーズを取った結果、躍動感のあるアルバムに仕上がった。撮られているだけの人はいない。表現の仕方は違えど、みんなが「おめでとう」「ありがとう」を届けようとしている。もしふたりが悲しいときに、このアルバムをめくって頬を緩めてもらえたら、通路の向こうからそっと変顔をして笑わせてくれた彼女に少しは恩返しできたんじゃないかと思う。



「もう1枚はピース以外でお願いしますね!」

旅先で撮影を頼まれたときも、私はこう言うことにしている。その言葉を口にしているときの「せっかくだから記念じゃなくて、今の気持ちそのものをとじこめたい」という思いは、写真を撮るときだけでなく文章を書くときも、デザインするときもずっと胸の真ん中にある。最初は「やばいやつに声かけてしまった」という顔をされるけど。「やっぱあの人に頼んでよかったね」を背中越しに聞きながら、その人と出会えた喜びを噛みしめている。


◉柴田よしき『風味さんのカメラ日和』(文春文庫)


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