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おきにいりを贈る

小包が届いた。差出人は遠方に住む友人だ。

就職したての頃は週に1度は仕事終わりに朝まで飲んだものだが、もう1年以上会っていない。始発前の白くかすんだアーケード街をゆらゆら歩いたのが昨日のことのように思い出される。

早速、ガムテープをはがす。緩衝用のプチプチをめくると、段ボールいっぱいにコスメや雑貨が詰まっていた。一番上に赤い封筒。誕生日のお祝いが遅くなったこと、退職までよく頑張ったねということ、今は心身をいたわってほしいということが彼女らしいまるみのある文字で綴られていた。

”私のおきにいりを集めて送ります”

プレゼントのひとつひとつには付せんでコメントが添えられている。

私が贈り物をするときは、できるだけその人の要望に合わせることにしている。封を解いてひそかに欲しいと願っていたものが出てきたら、やっぱりちょっと特別だと思うから。「デスクワークが多くて足がむくむって言ってたな」とか「いつもブルーのコートを着ているな」とか一生懸命記憶を掘り起こし、馴染みのないお店におそるおそる入る。相手のことを考えた時間やふり絞った勇気そのものも伝わると信じて。

一方、”おきにいり”は渡す人が基準。受け取る私が彼女の偏愛の中に飛び込むのだ。誕生日は今年で28回目だけど、こんなの初めて。無性にわくわくする。


まずは手を突っ込んでひとつずつ取り出してみる。黒真珠のフェイスパック、大容量ボディークリーム、貸しっぱなしにしていたしいたけ.さんの本。それからゴロゴロとリップが4本も集まった。唇はひとつしかないねんけど!と突っ込みつつも、自分のためにこれだけ一気に買うこともない。子どもの頃夢だったお菓子を箱買いしたみたいな高揚感と充足感がすでにある。こんな選び方も”おきにいり”セレクトならではだ。


弾む足取りで、鏡の前へ。新品のリップの凛とした角とツヤがたまらない。それを崩してしまう罪悪感に胸を焦がしつつ、さっと紅を引く。ヘルシーなコーラルベージュ、ぱっと華やかなレッド、あか抜けブラウン、ピリピリプランパー。もらったものを並べてみると、彼女の好みも見えてくる。海外ブランドをよく使うこと、フローラルやソープ系ではなくバニラ系の甘い香りに惹かれること、ラメやツヤよりマットがいいこと、リップはスティックで直感的に、ボディークリームはケチらずたっぷり塗ること。もう10年の付き合いになるけど、初めて知った一面ばかり。今頃、同じ色のリップを塗って、同じ香りに包まれているんだろうか。想像すれば、離れているけどちゃんとつながっている。彼女を近くに感じて懐かしさが込み上げてくる。

いつものスーパーに置いてあるシャンプーやストックしている高級なお茶、定期的に取り寄せているコスメや本。見渡してみれば、”おきにいり”は生活のすぐそばにたくさん息づいている。わざわざ行列に並んだり、気軽に会って話したりできない世の中だから、たまには自分の好きなものを贈るのもいいかもしれない。これが”今の私なんです”と。たとえそれが新品でも、愛用する人の思いと匂いを一緒に運んでくれるはずだから。

さて、彼女の誕生日ももうすぐだ。私も今年は”おきにいり”を詰め合わせてみよう。リップは絶対!マスクの紐にひっかからないイヤーカフもおすすめ。彼女、紅茶党だけどこの間おいしいコーヒーを見つけたんだよな。さあ、ボックスになにを入れよう。脳内選抜会議はすでに白熱の模様!




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