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炎上

炎上

 その火災で何人かが死んだらしい。何人死んだのか、原因が何だったのか、わたしはテレビでそのニュースを見ていたわけだけれど、詳しい内容はちっとも頭に入って来ないでいた。そのニュースで使われていたのが、わたしの撮影した映像だったからだ。自分の手になる映像がテレビ画面で放送されているのはなんとも不思議な気分だった。
 たまたま通り掛かった建物が燃えていた。何気なくそれを撮影した。それがテレビ局や新聞社の

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創造主の介入(短編小説 過去作品と同内容)

創造主の介入(短編小説 過去作品と同内容)

人を殺した。

突き飛ばしたら動かなくなった。頭から血が出ていて、脈ももうなかった。

フローリングに倒れているそれは、もう人ではない。ただの塊なのだ。さっきまで動いていた人は、ただのそれになってしまったのだ。

僕は何も考えられなくなった。何も考えたくなかった。けれど、この世界にもういたくない事。それだけは分かった。

目の前にナイフがある。僕はそれを掴んでー。

「ちょっと待って!」

目の前

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レンタル人生

レンタル人生

「これ返却お願いします。」
「はい…あれ、延滞してますね。」

思いのほか白熱して、ついつい夢中になっちゃったんだよ。

「すみません、いくらですか。」
「じゃあ、魂三つで。」

しまった、結構高くついちゃったな。

「すみませんでした。」
「いえいえ。」

僕は魂を三つ差し出した。

明るい店内には、ここち良いミュージックが流れていて、何人かお客さんが物色している。

…ここは、人生レンタルショ

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冷奴

冷奴

 欲望には限度がない。一つ満たされると新たな欲望が一つ生まれる。人間が行動を起こすため、より高見を目指すため。今という現状に安寧することなく、チャレンジをするための必須の原動力。欲望とは人間には不可欠だ。

 私は欲深く罪深い人間です。自らの欲望に抗うことが出来なかった。仕事のストレスを解消するために、日々の悦楽に浸っていたのです。抗えない。

抗えない食欲。
 
 食欲は恐ろしい。欲望のまま、摂

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『建色家』(第二回かぐやSFコンテスト応募作品)

『建色家』(第二回かぐやSFコンテスト応募作品)

 バスに乗っていると、ふと、緑のビルが目に入った。僕はそれを見て思い出すことがある。僕が恋した人は緑色が好きだった。だから僕は緑色のプレゼントを渡した。そのプレゼントたちがどうなったかは知る由もない。ただ、なんとなく思い出して、なんとなく物思いにふけてみただけだ。
『次は…… 』
 バスが次の行き先を告げる。僕は慌てて降車ボタンを押した。

 21世紀も半ばを過ぎた頃、無機質な色をしていたビルの群

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生成

生成

 そのお団子屋さんは商店街の中ほどにあった。
 店の入り口はドアがない。通りに面して開かれており、たくさんのお団子が並べられたショーケース、それにその場で食べていく人のために緋毛氈がかけられた縁台がある。
 店内には縁起物の豪華な熊手や、招き猫が飾られている。
 そしてきっとあれは奥様の趣味だったのだろう。季節おりおりの花が活けられていて、それはとても美しかった。
 観光地にあるようなにぎやかな店

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小説|よみがえるネコ

小説|よみがえるネコ

 その猫は短命で長生きでした。戦火の中で初めて生まれた時、子猫は兵士の腕の中で温かく、そして冷たくなります。子猫を守って兵士が負った傷から血が流れました。血を舐めた猫は、新たな命を得てよみがえります。

 別の地で、別の猫として生を享けながら、あの兵士を守りました。冷たい銃弾から彼をかばいました。兵士の行く手にあった地雷を先に踏みました。疲れ果てた彼が眠る町へ進む大きな戦車の前に立ちはだかりました

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短編小説『時代遅れ』

短編小説『時代遅れ』

結婚式の司会の仕事をしている方に聞いたが、近頃は新郎新婦の馴れ初めが「マッチングアプリ」ということが実に多いらしい。41歳の私は「マッチングアプリ」といえば、何やらいかがわしいものと思ってしまうが、10歳も下になると、もっとカジュアルに捉えているものらしい。そのうち、人と人がお付き合いをするためには、いきなり直接話しをすることのほうが「はしたない」と言われるような時代が来るのかもしれない。


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【小説】あの日の椿

【小説】あの日の椿

赤いちゃんちゃんこ。なんだかぼんやりとした、象徴のような、架空のものみたいに思っていたそれを、自ら着る日が本当に来るなんて。気恥ずかしいけれど、この上なく幸せなことだ。
あっという間に歳をとってしまった。
私の周りを元気に走り回る孫達の姿を見ながら、走馬灯のように、今までの人生が私の中を駆け巡り始めた。

結婚したのは22の時だ。
女に学問は必要ない、などと言われ、高校を出てすぐ父の勤めていた銀行

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【掌編】夢みたいなこと

【掌編】夢みたいなこと

 それは、突然やってきた。
 俺が恋人の加奈子と、オープンカフェで他愛のない話をしていると、テーブルが小刻みに揺れはじめた。
 日本人の本能か、俺たちだけでなく、周囲の会話も一瞬とまる。
 続いて、突き上げるような震動が来た。間違いない、地震だ。
「ひっ!」加奈子が短い悲鳴をあげた。女性は「きゃーっ!」という悲鳴をあげるイメージがあるが、本当におそろしいことが起こったときは、声もほとんど出ないよう

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幼き時代の恋のメロディ。

幼き時代の恋のメロディ。

 思い出の君はすでに霞んでいて、輪郭よりずっと奥のほうで蠢いていた味わいだけが音階の調べとして小さく流れている。上辺は惑わしで虚の騙し絵。その表皮が風化して、君の在るべき姿が本質として浮かび上がる。

 君は色彩に塗れながらも惑わされずにそこにいて、照り返しの眩しさに沈んだふうを装いながら、それでいて、染まらぬその顔を見せつけてくる。

 残念ながら幼き初恋はとうの昔に死んでしまったけれど、留恋の

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【超短編戯曲】魚屋殺人事件 最終章(300字)

【超短編戯曲】魚屋殺人事件 最終章(300字)

魚屋が脱走 追いつめる警部と刑事

刑事「もう網にかかった魚だ。」

魚屋「来るんじゃねえ。雑魚が。」

警部「ゴマメの歯ぎしりだな。」

刑事「ここは僕が。大船に乗ったつもりでいて下さい。」

魚屋「ちくしょう。」

警部「あぶない。」

飛び掛かる魚屋 警部が身代わりとなる

刑事「警部。」

警部「まさかサバ折りを仕掛けてくるとは。」

魚屋「エビでタイを釣るってやつだ。魚屋をなめるな。」

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【超短編戯曲】魚屋殺人事件 ビヨンド(300字)

【超短編戯曲】魚屋殺人事件 ビヨンド(300字)

警部「もうまな板の上の鯉だ、観念しろ。」

刑事「どうして他の魚屋を捌いたんだ。」

魚屋「にくかったんです。」

刑事「憎かったのか。」

魚屋「いえ、あいつ魚屋なのに肉を買ったことがどうしても許せなかったんです。」

警部「魚屋よ。しばらくは生簀に入って反省するんだな。」

魚屋「目からうろこでございます。」

刑事「さすが腐っても鯛。」

警部「よし水揚げしろ。」

刑事「へい。」

連行さ

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「野辺の煙」

私の家の前には、火葬場があります。煙突から野辺の煙が立ち、今まさにどこかの誰かの肉体が気体に変わっていき、雲の隙間へと立ち消えて行きます。私はベランダから煙草を吸って、その様子を眺めるのが好きです。医者というのは、患者の死に様を見ますが、遺体がその後どうなるかは、死体安置所の職員や、火葬場の葬儀社の人にしか分かりません。私は医者として、患者の最期をすべて見届けられる場所にいます。あの煙はもしかした

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