きゅーび

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最近の記事

キ域_06

 里穂子は幾度目かになる大きなため息を吐き出した。  数日前から姉の佑衣子が電話に出ない。  幾度かけても呼び出し音がなるばかりで出ないのだ。SNSなども試したがそちらもいっさい反応がない。  仕方なく佑衣子の旦那である和彦にもかけてみたがやはり応答しなかった。  一体なにがあったのだろう。  つい最近、姉の家の近所では不幸な事件が発生した。  夫婦が一家心中、8歳の息子が行方不明になったというものだ。  引っ越し直後の慣れない環境に近所で起こった殺人事件。  一週間前に新

    • キ域_05

       霊媒師である神崎の家は、商店街の外れにあった。  一階が商店で、二階、三階が賃貸住宅になっている。  出迎えてくれた神崎は、テレビ画面で見た時とほとんど印象が変わらなかった。  番組内の神崎は、おそらく40代だっただろう。だから今は70を過ぎている頃合いだろうが、小奇麗にしているせいかそこまで老け込んだ印象がない。  70代というのは年齢が意外にも分かりにくい。  人によって見た目に大きく違いが出る。  老人にしか見えない人もいれば、髪を染め化粧をし、まだまだ若々しく過ごせ

      • 雨の夜には

         「ミワ、起きて。起きなさい」  ふいに声をかけられて、身体をゆらゆさと揺すられる。  ハっと目を覚ますと、母さんが覗き込んでいた。  「起きたわね。出かけるからすぐに着替えて」  絶対に寝直しちゃ駄目よ、と念を押してから母さんが足早に部屋から出ていく。  私はしばし呆然としていたが、兎にも角にも着替えなければいけないらしいと立ち上がった。  驚いて目を覚ましたせいで心臓が早鐘を打っている。時計を見れば、もうじき夜中の12時だ。  こんな時間に起こされるなんて一体なにが

        • キ域_04

           「探偵団スマートキャッツってなんですか? アニメかなんかですかね」  カメラマンの筒井の言葉に、福部は肩をすくめてみせる。  「視聴者参加型のバラエティ番組だよ。もう30年くらい前の話だ。その名の通り探偵のまねごとをして事件を解決しようっていう主旨でさ。大手のテレビ会社がやってヒットしたからローカル局でも真似してみたっていう代物だ」  「え~とつまり、視聴者から依頼を受けて、それをスタッフが現地調査したりするみたいなやつですか?」  「そうそう。そういうやつ。まぁうちの

          善意のアドバイス 腹黒男⑩

           やぁこんにちは。突然の呼び出しに応じてくれて感謝するよ。  実はあなたの評判を聞いたんだ。霊感があって、とても有難いアドバイスをしてくれるってね。  それで俺もちょっとばかり教えて欲しいことがあってお呼びしたんだ。  もちろんここは俺の奢りだよ。この店のタルトは絶品だから是非にゆっくり味わって欲しい。  今の季節はイチジクのタルトを出してくれるんだよ。ドライイチジクを練り込んだアーモンドプードルベースの生地はコニャックで香り付けされていて実に味わい深い。その上に贅沢に載せ

          善意のアドバイス 腹黒男⑩

          キ域_03

           「内見、キャンセルだそうです。まぁ無理もないですよね」  新田潤平は受話器をおくと勢いよく背もたれに体を預けた。  途端に部長からジロリと睨まれて、慌てて姿勢をもとに戻す。  「こら、潤平君。それは触れちゃ駄目だって言ってるでしょ?」  小声で注意してきたのは隣の席の牧野美沙だ。  牧野は潤平の先輩社員だ。おそらく30代後半だろうが詳しい年齢は聞いていない。2年前、潤平が会社に入った時に研修をしてくれたのが牧野で、それ以来も何かと一緒に仕事をすることが多かった。  潤

          キ域_02

          『市内住宅で2遺体発見、無理心中か』  20日午後18時ごろ、ガスメーターの点検に来た職員より「何かが腐ったような臭いがする」との通報があった。  署員が駆け付け住宅を捜査したところ、リビングで首をつって死亡している男性の遺体を発見。さらに浴室で切断された女性の遺体を発見した。  発見された遺体は現在身元確認中とのこと。風呂場で発見された切断遺体は損壊が激しく、腐敗もかなり進んでいたことからDNA鑑定を待つことになるという。  尚、現場となった住宅には40代男性と30代女性の

          キ域_01

          ※「キ域」は一話完結ではなく、シリーズ作品となります。  分かりやすいように「キ域」シリーズはサムネイル画像を赤に変更しております。  第一印象は「思った以上に綺麗な家」だった。  築30年以上は経っていると聞いている。大金をはたいて購入する家となれば新しい家が良かったが、佑衣子と和彦の給料ではそれは夢のまた夢だった。  それでも一軒家に住まえるだけ随分と恵まれているだろう。  最寄り駅まで車で10分、都心部まではそこから電車で40分ほどかかったが、それでも1時間圏内だ。そ

          クローゼット

           酒の席だからこそ話せるヤバい話を聞きたい?  悪趣味な提案だな。誰が言い出したんだ?  それで、なんで僕が最初なんだ?  僕が電話している間にじゃんけんで決めたって?  まぁいいよ。こういうのは後になれば後になっただけプレッシャーがかかるものだ。前の奴よりも面白い話をしなきゃいけないだろうってね。  ん? どうした? 一番手を譲ってほしくなったか?  何を話そうかな。ああ、そうだ。思い出した。とびっきりのやつがあったよ。  でもこの話をする前に保険をかけさせて欲しい。  

          クローゼット

          カンカラアンギャ

           「パパあのね、お外で聞こえる音が変なの」  6歳になる息子が彼の大事な相棒であるウサギのぬいぐるみを抱えて居間にやって来たのは、夜の9時過ぎのことだった。息子は30分も前にベッドに入った筈だったが、どうにも眠れなかったらしい。  「どんな風に変なんだ?」  尋ねると息子はもじもじと体を捩ってから、ゆっくりと言葉を探すように喋りはじめた。  「ええとね、火の用心の音がするの。でもすごく速いの」  「カンカンカンカンって聞こえるのかな?」  「違うの。あのね、え~とね、

          カンカラアンギャ

          黒のご神体

           これはまだ私が小さかった頃の話。昭和と呼ばれていた時代の話だ。  携帯電話なんてものはなく、電話機といえば今では博物館で見るような黒電話だった。それだって普及してからそう長くは経っておらず、もう少し遡れば電話というものは一つの村に一つあるかないかといった具合だった。  電車にクーラーはなかったし、大人たちはどこでも好きなようにタバコを吸った。  古き良き時代なんて言葉があるが、私はそんな風には思えない。  あの頃の人々はひどく騒々しく、無礼であることを誇示したがった。  も

          黒のご神体

          白く漂うもの

           「おお、こりゃまた絶景だねぇ」  ユミコの新居は広大な墓地に面したマンションだった。  ベランダから一望できる墓石の軍団はまるでミニチュアの摩天楼で、そこにもう一つ都市があるかのようで面白い。  「キミちゃんはそう言ってくれるけどね」  ユミコは苦笑しながらマグカップを片手にベランダに出てきた。  手渡されたカップには美味しそうなココアが湯気をたてている。有難く受け取って一口すすれば、芳醇なカカオの甘さに思わず笑みが浮かんでくる。ココアは凄い。きっと幸せの魔法がかかっ

          白く漂うもの

          インシデントナンバー(申請中):餓死の悪夢

           久地楽さんが好きそうな話を聞いたんですよ。  いつもの喫茶店というほど通いなれている訳でもないが、それでも二月に一度は訪れる程度には馴染みのある場所。  季節のタルトが評判だというこの店に訪れる時はたいていこの男、目の前の席に座って優雅に紅茶を飲んでいる男から呼び出しを受けた時だった。  正直に言えば付き合いを持ちたい相手ではない。  この男こそ怪異ではなかろうか。  そんな風に思ったことはあるものの、深く掘り下げたことはない。  それが、「明らかにおかしいが有害ではない

          インシデントナンバー(申請中):餓死の悪夢

          さちよ荘

           「久しぶり、元気してた?」  改札口を出たところで、女性からふいに声をかけられた。  最初に浮かんだのは単純な疑問符。  誰だっけ。  思い出せない。  こういうことはよくあった。  私は昔から「丁度良い話し相手」という立ち位置だった。  私自身では聞き上手だという自覚はない。どちらかと言えば相手の話しにちゃんと着いて行けてないことが多かった。だが、余計なところで口を挟まないことは、聞き手として好条件であるらしい。  私は曖昧に相槌を売ってぼんやりと話しを聞いている。

          青い葬列

           僕がはじめて青い葬列を見たのは、幼稚園に入ったばかりのころだった。  当時の僕はとても幼く、人が死ぬということもあまり理解できていなかった。幸いにも僕に近しい人たちが亡くなったこともなかったので、僕にとって死はとても遠く、テレビや漫画の中だけにある出来事だった。  それでも、そんな僕にでもあの葬列は恐ろしく、そしてもの悲しいものだった。  その晩は凍えるような寒さだった。  布団から出ている鼻先が凍りそうになるくらい、空気は冷え切っていて、僕はなかなか寝付けなかった。  そ

          お山の参道

           新幹線に乗るのはどれくらいぶりのことだろうか。  下町で生まれ育ち故郷らしい故郷もない。計画をたてて旅行にいく趣味もない自分には、ほとんど縁のないものだった。  そんな私が朝五時に起きて新幹線に乗っている。それも連絡不能になった同僚を探しに行くというとんでもない目的のためだった。  「須藤くん、君ってたしか橘さんと同期だったよね。そこそこ仲が良いって聞いたけど」  昨日のこと。  ふいに部長に突然呼び出され、開口一番に尋ねられた。  「橘さんがねぇ、持って帰っちゃった

          お山の参道