キ域_04
「探偵団スマートキャッツってなんですか? アニメかなんかですかね」
カメラマンの筒井の言葉に、福部は肩をすくめてみせる。
「視聴者参加型のバラエティ番組だよ。もう30年くらい前の話だ。その名の通り探偵のまねごとをして事件を解決しようっていう主旨でさ。大手のテレビ会社がやってヒットしたからローカル局でも真似してみたっていう代物だ」
「え~とつまり、視聴者から依頼を受けて、それをスタッフが現地調査したりするみたいなやつですか?」
「そうそう。そういうやつ。まぁうちの局としちゃけっこういい数字出してたらしいよ」
と、噂には聞いている。
だが福部も今年で45歳。30年前の番組となると完全に視聴者側だった。それも、子供のころはこの付近に住んでいた訳ではなかったから、ローカル局の番組など知るはずもない。
ただ飲みの席の武勇伝として何度か聞いたことがある程度のものだった。
カメラマンの筒井はまだ20代。元ネタとなった番組を知らない可能性すらあった。そもそも、筒井の世代はほとんどテレビを見ていないし、福部の世代でもテレビを見る人は減っている。
「それでまた何で昔やってた番組の再調査なんて話になったんですか?」
「なったんですかって、お前なぁ、企画書をちゃんと読んでないだろ」
福部が呆れた顔をしても、筒井はへらへらと笑っている。
「さーせん! 福部さんから聞いた方が分かりやすいんでつい!」
「とかいってお前、面倒臭いだけだろ。まぁいい。何でもな、過去に探偵団スマートキャッツで放映されたとある回が、心霊回としてネットに出回っているらしいんだよ」
「心霊回、ってことは、幽霊が映ってるとかそういう話っすか?」
「まぁそれもあるんだけどな。他にもまぁ事情があってうちじゃお蔵入りになっててな。ところが、その回をリアルタイムで録画してたやつが出回って、心霊回だのなんだのと動画サイトで騒ぎになった。なんでも大手のオカルト系解説者が取り上げたとかなんかでな。
それをうちの新しい社長が見たらしいんだよ」
新社長はなんと30代だった。
彼はテレビという媒体がいかに衰退しているかをよく分かっており、あらたな切り口を模索していた。
今では多くのテレビ局が動画サイトに専用チャンネルを持っている。だがローカル局の登録者数を増やすには何か目玉になるようなコンテンツが必要だ。
そこで目をつけたのが心霊回と言われたかつての番組だったという訳だ。
「どこぞの解説者に数字を取られるくらいなら、自分の局でやった方がいいっていう話でな。まぁうちには元フィルムも残ってる。他にもローカル局だからこその情報もある。
お前、30年前に山の方で起こった連続殺人事件に関しては知ってるか?」
「え~っと、確か、新興住宅地で起こった殺人事件っすよね。犯人が事故死かなんかで、家を調べたら死体がごろごろ出てきたとか」
「事故死っていうかなぁ。まぁ半分は事故みたいなもんだけどな。それと犯人は複数で、死んだのは主犯の男だ」
「事故みたいなもんって、どういう事っすか?」
「……食われたんだよ。裏山に棲んでた熊にな。あの男は、殺した相手を熊に食わせてたんだ。それで人の味を覚えた熊に襲われた。まぁ、因果応報ってやつだよ」
発見当時、犯人の男は生きていたが顔の大部分を熊に齧られていたという。
警察は男から熊を引き離そうとしたものの、餌を守ろうとする熊は非常に狂暴な存在だ。
猟友会により熊は射殺され男は助けだされたものの、すでに瀕死の状態だった。そうして病院に搬送されたものの数時間後には死亡した。
だが警察をさらに震撼させたのは、この後に起こったことだった。
熊の寝床のそばには複数人の骨が発見され、さらにその骨は熊によって食べられただけでなく、人為的に切断されていたことが分かったのだ。
調査を進めるに従って浮彫になってきたのはかくも悍ましい事件だった。
「その頃はな、街の連中が行方不明になるって事件が増えてたんだ。それでまぁ、新興住宅地の連中と何かともめ事も多かったせいで、新参者が犯人だなんて疑う声も多々あった。でもな、まさかって思うだろ? 疑いこそするものの本当に犯人だなんて誰も思っちゃいなかった。それがまさかのまさか。本当に新興住宅地の連中が犯人だった。
一人でふらふらしてる奴を攫ってきては、数人がかりで拷問まがいなことをして殺してたんだ。それで死体を切り刻んで裏山にバラまいてた。
熊が遺体を食ったってのは偶然だったらしいけどな。これ幸いと、証拠隠滅に使ったらしい」
「うわー、マジっすかぁ。すげぇエグいっすわー」
筒井は筒井なりに驚いているのだろうが、どうも反応が軽すぎる。
だがそんな事で目くじらをたてていては始まらない。
「え、でも何でその事件と、なんとかキャッツの心霊回が関係あるんすか?」
「犯人は新興住宅地に住んでた複数の住人だった。件の心霊回ってのは、犯人グループだった青年の家族から受けた依頼だったんだよ。その青年は未成年だったから名前は公表されてない。つまりそのネタを知ってるのはうちらだけだ」
「マジっすか! え、じゃあその心霊現象と殺人事件がなんか繋がりがあるかもって話っすか?」
「そうだよ。動画の解説者は、撮影された場所までは特定できなかった。だから殺人事件とも結び付けが出来なかったんだ。状況が理解できたか?」
「自分、ちょっと興奮してきたっすね。面白そうじゃないっすか」
「気持ちは分かるが不謹慎なことを言うなよ。まぁ、そういう訳で再調査を仰せつかったのが俺とお前だ。とりあえずは映像記録を見てみるぞ」
『探偵団スマートキャッツ 1993年6月放送回』
こばんは! 探偵団スマートキャッツへようこそ。
さて今宵も視聴者さまより難事件のご依頼を頂戴いたしました!
やけに明るいスタジオにわざとらしく響く拍手。助手である女性キャスターをつま先からじっと舐めるように撮っていくカメラワークが、いかにも前時代的な手法だった。
画面を見ながら福部の眉間に皺がよる。
見始めて5分もたっていないが、ところどころに散る下品なギャグや無意味なサービスカットを見ていると、酷くげんなりさせられる。福部とて男だ。綺麗な女性のボディラインに興味がないと言えばウソになる。
だからと言ってこれ見よがしに出されると、かえって馬鹿にされた気分になる 。男なんてもんはこれを見せときゃ喜ぶだろ、と。制作者側の浅い意図が見え隠れして、楽しむ気持ちが起こらない。
俺が面倒くさいおじさんになったからだろうか。
少しばかり心配になったが、ちらりと横を見れば筒井も眉間に皺を寄せていた。
「いやぁ、キツいっすわ~。飲み会で嫌われるおっさんの見本市じゃないっすか」
「お前らにそう言われないように気をつけないとな」
そう返しながらも内心は安堵していた。
良かった。自分は今の若者とそれほど乖離がないようだ。
などと安心して「若者に好かれている」だなんて思うのは危険だと、福部はきちんと分かっている。分かりすぎていて嫌なくらいだ。
司会者が読み上げる依頼内容は、最近、新興住宅地に越してきた吉岡という男性からのものだった。
「え~お便りを下さったのは吉岡雄介さん、36歳。では読み上げていきますね!
探偵団スマートキャッツの皆さん、はじめまして。はい、はじめまして~。実は最近、おかしなことが続いており、私も妻も不安に思っております。というのも、家の中に誰かがいる気配がするのです。家は私と妻、来年高校生になる息子の3人暮らしですが、時折、誰もいない場所から足音が聞こえてきます。
たとえばリビングで家族で食事をしている時に2階の部屋から足音が聞こえてくることがあるのです。
足音は軽く、子供のもののように聞こえます。先日は妻が子供の姿を見たと言っていました。
これだけだと新居に越してきたストレスではないかと思われてしまいそうですが、子供が見える事に関して思い当たる節があるのです。
私たちより前に越してきたご近所さんがいるのですが、彼らの家から6歳の息子さんが行方不明になったと聞いています。何か関係があるように思えて仕方ありません。
どうか調査して頂けませんでしょうか、……との事でした。
いやぁこれは、オカルト的な案件でしょうかねぇ。どう思いますか? 重野教授」
重野教授と呼ばれて出てきたのは、白髭を蓄えた初老の男性だった。
どこぞの大学の名誉教授だとテロップが流れる。だが、福部から見ればいかにも胡散臭い男だった。
実際、重野という男の言葉はオカルトの表層だけを撫でるような実に軽いものだった。幽霊説からはじまり、宇宙人誘拐説まで出てくれば、スタジオからはどっと笑いが沸き起こる。
「いや、笑えないっしょ」
筒井がすかさず突っ込みを入れた。
「え、だって、ご近所さんガチで息子さんがいなくなっちゃった訳じゃないっすか。宇宙人がやったかどうかは置いといて、ここで笑い声とかマジありえないっす」
「まぁそうだな。その辺もお蔵入りになった原因なんだろうな」
「どういう事っすか?」
「息子が行方不明になったご近所さんってのが、さっき話した殺人事件の犯人なんだ」
「ええ? ちょっと、どういう事か分かんないっすね」
後で話す、と筒井との会話をうち切って改めて画面に集中する。
場面はスタジオから依頼者である吉岡の家の近くへ変わっている。どうやら番組ではこの案件をオカルトとして扱うことにしたらしく、スタッフとともに数人の霊媒師が現れた。
いかにもという袈裟姿の男に、小太りの中年女性、それともう一人半纏姿の男もいる。
吉岡の家の近辺は新興住宅地という割りに空いている土地が多かった。本来ならもっと家が建つ予定だったのだろうが、実際にはまばらに家が建っているという状態だ。
近隣の住人たちは撮影スタッフを見に顔を出しているが、その視線はあまり好意的には思えない。警戒心剥きだしの顔だった。
なんだか妙だなと思う。
こういう反応をされるのは、古くからある孤立した村に多いものだ。
新興住宅地に越してきた、年齢層も若い住人たちならばもっと好奇心をもって近寄ってくるのが常だろう。
だが住人たちはカーテンの隙間から覗いたり、家から出てきても玄関の前に立ったままじっとただ見詰めている。
「ここ、あまり良くないですね。悪い気が滞っています」
半纏を来た男が呟くと、小太りの女性もそれに頷く。
「よくないですね。悪い気が溜まっています。とくに山の方がよくない」
「山ですか? 山もそうですけど、やはりこの土地ですよ。風水的に見ても方位が宜しくない。こういう土地は袋小路になっていて、悪いものが溜まりやすいんです」
二人の会話を聞いていた袈裟を来た男は、いかにも意味ありげに山を睨みつけている。
スタッフがどうしたのかと尋ねると、じゃらじゃらと数珠を擦り合わせながらお経らしき言葉を口にした。いまいち聞き覚えのない音だ。あまり有名でない宗派のものか、男のオリジナルなのだろう。
スタッフに導かれた3人が家の中へ入っていく。
だがすぐに女性霊媒師が、家から慌てて逃げ出してきた。
大慌てで逃げる霊媒師を、カメラスタッフが追いかける。女性霊媒師は少し離れた場所まで来ると、ぜえぜえと荒い息を繰り返しながら、「あそこはいかん、あそこはいかんよ」と繰り返した。
「あかん。あそこは本当にあかん。悪いけどね、私はここで降ろさせて貰うから」
そう言って去っていく霊媒師の姿にスタッフが途方にくれた顔になる。スタジオの司会者も困惑した顔をしているが、隣の女性アナウンサーは失笑を隠せていない表情だ。
なんだか妙にいたたまれない気分になる。
この時代のバラエティは芸で笑わせるものよりも、人が笑われるものが多かった。素人をテレビに出して右往左往する様を笑いものにして搾取する。まるで小学生のいじめっ子のようなやり口だ。
いやいや、いかん。主観は抜きにして、仕事に集中しなければ。
福部は気を引き締めなおし、再び画面に意識を向ける。
家の中には2人になった霊媒師があちこちを歩き回っている。
袈裟を来た男は大声でお経を唱えてまわり、半纏の男は風水をもとにした家具の配置換えなどを提案する。
夫婦はその様子を困惑した顔で見守るばかりだ。
「ああ、あった。今のシーンだ」
そろそろ霊媒師たちが帰るというところで、福部が画面を停止する。
「え? なんかあったすか?」
「少し前のところ。画面奥に階段がうつるだろ。そこをよく見てろ」
少しだけ巻き戻して再生する。
画面手前では霊媒師が「これで大丈夫です」と話しており、その背後には2階へあがる階段が映っている。画面の角度的にぎりぎり2階の踊り場が見えるか見えないかといったところだ。
そこに、足が見えた。
はっきり足だとは分からない。2本の細い影だったが、足と言われれば足に見える。
次の場面ではその影がすっと横に動いて画面から消える。
ほんの一瞬。よく気付いたなと言うようなものだったが、確かに何か動くものが映っている。
「足? ですか? え、なんかたまたま外の街路樹の影が映ったとかじゃなく?」
「家に入る前にカメラが遠景をうつしてただろ。この家の周囲には影が入り込みそうな木はなかった」
「来年高校生になるっていう息子は、ああ、ええと学校に行ってるって、どっかで話してましたね」
「ああ。実際、霊媒師が2階をまわった時にも息子の姿はなかった」
「仕込みとしてやってるとしても地味すぎますしね」
これが全国放送の番組であったならば、この程度の仕込みでも気付く視聴者はいただろう。
福部には理解出来ないが、心霊系動画をわざわざスロー再生して確認する視聴者がいるらしい。
「ってか、心霊回って、これだけっすか?」
「いや、確か『山の方がよくない』って霊媒師が言ったあとにカメラが山側をとるところがあっただろ? あそこで、木々の間に子供の姿が見えたってのもあったな」
「はぁ~。……駄目っすね。自分は心霊の才能ないっす」
「安心しろ。俺もそっち方面はからっきしだ。けどうちのメインのネタは、さっき話した殺人事件に関してだ。それともう一件。つい最近、ほとんど同じ場所で殺人事件が起こった。流石に覚えてるだろ?」
「まさかそれってあの坂本家一家心中事件ですか? え、ちょっと待って下さい。あそこも小学生の息子が行方不明って言ってませんでしたっけ?」
「ああ、そうだ。まず子供が行方不明になってから殺人事件が起こる。規模こそ違えどよく似た話だ」
「そういえばさっき、子供がいなくなった件に関して宇宙人説やらなんやらで笑ってたのがお蔵入りの理由って言ってましたけど」
「よく覚えてたな。30年前の事件では、主犯になった男の息子がまず行方不明になった。その後、この男は息子の誘拐が新参者に対する嫌がせだと思いこむようになったんだ。理由としちゃ、息子の捜索に地元住民があまり協力的でなかったことらしい。
男は疑心暗鬼になりながらも、毎日せっせと息子の顔写真を載せたビラを駅前で配り続けた。ただ、精神状態が不安定だったことで、ビラを受け取らなかった人や、すでに受け取ったと断ろうとした人に対して暴言を吐いたり、時には殴りかかるようなこともあったようだ。
実際、地元住民と新興住宅地の住人との間には溝があった。地元住民は山を切り開くのに随分と反対してたらしいからな。そこに来て誘拐事件と、男の奇行。住人同士の溝はますます深くなった。
その結果、男はついに地元住民を掴まえて拷問の上に殺害という凶行に及ぶことになる。そしてそれには、新興住宅地の住人たちも加担した」
「なんで加担したんすか?」
「一緒に差別されてたからだよ。学校や近所のスーパーなんかであからさまに煙たがられたりしてたらしい。まぁほとんどは主犯になった男のせいなんだけどな。ただ、番組の影響がなかったとは言えないんだよ」
「あー、なるほど」
筒井はようやく納得した様子だった。
あの番組、わざと白けたようなあの雰囲気。それを見た人たちがどんな反応を示したか。あくまでも想像の域ではあるが、多少なりとも悪影響を及ぼした可能性は否定できない。
番組がなかったら悲劇は起こらなかったのか。
それもまた分からないことだった。
ただ局としては触れられたくない話題だったことは確かだろう。
それをまた今回はなぜ掘り起こそうとしているのか。新社長にとってみれば自身が物心すらついていない、完全に過去の話であるからだ。さらに言えば、自局の過去の過ちを潔く認めるやり方で若い世代の感心を引こうとしているらしい。
福部としては、似通った事件が起こったばかりでこの話題を蒸し返すのは、なかなかにグロテスクに感じてしまうところだったが。
「という訳で、この企画は過去の事件の洗い直し、今回の事件との関連性を探ることだ。結果がいまいちな場合は、オカルト系なこじつけでもして茶を濁せとのお達しだよ」
「なるほどっすねぇ。分かりました。まずは何からはじめるんっすか?」
「まずは当時の出来事に関してのインタビューからだな。途中で逃げ出した霊媒師がいただろ? あの人、誰かに似てなかったか?」
「えー、分からないっすねぇ」
「一秒でいいから悩んで答えろよ。ったく、ほら、あれだ。広報部の神崎さん。よく似てるだろ。あの霊媒師ってのは神崎さんのお母さんだよ。当時は局で働いてて、霊媒師が必要な回には顔を出してたんだ」
「やらせって事っすか?」
「どうだろうな。まぁその辺も含めてのインタビューだ。さて、約束は4時からだからな。急いで支度しろよ」
福部の言葉に、筒井は慌てて時計を見る。
時刻はもう3時半を過ぎていた。
「ちょ、マジっすか!?」
慌てふためく筒井を後目に、福部はタバコ休憩をすべくのんびりと部屋を出ていった。