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立場をわきまえず語る
このところ、自らの性的な欲望について語り続けている。書きたいことは今、それしかない。
ときおり同僚から言われる。「そんな欲望をひそかに抱えている牧師も、じつは多いのではないか」と。断っておくが、わたしは自分の性的な苦悩を普遍化したい意図はない。わたしにとって、わたしの性的な苦しみは「わたしの」それなのであり、「じつはアンタも同じように助平なんでしょう」と囁きたいのではない。じっさい、「この人には
まなざしが手足を侵蝕する
心の中でなにを想おうが自由である。イエスがよけいなことを言ったせいで、人は悩まなくてもよいような私的な領域にまで葛藤を持ち込まなくてはならなくなった────たしかに、そう言えなくもない。ムスリムの知人と話したことがある。出典は不明だが、彼は言っていた。イスラームの教えにおいては、他人の内面の、たとえば信仰や不信仰については詮索しない。行いにおいて、その教えを実践しているか否かのみが問題となる、と。
もっとみるギャラリーストーカーという言葉を知る。
ギャラリーストーカーという言葉を知った。ギャラリー(画廊)や美術系の学校など、無料で作品を鑑賞できる会場に行き、在廊している若い女性作家にむやみに話しかけたり、連絡先を聞こうとしたりする男性のことを指すらしい。そしてその多くは40代以上の中年男性のようである。もともと美術関係に関心がない人であれば、そもそもギャラリーに行けば女性に会えるという発想がないだろう。したがって、ストーカー化してしまう男性
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