窃視そして欲情

教会に来た女性と、男性の欲望、というか、わたしの性的欲望の話をした。あらかじめお断りしておくが、わたしは彼女に猥談をもちかけたのではないし、ましてや性的な圧をかけたのでもない。これまでnoteに書いてきたような話を、ただ淡々としただけである。

わたしの話に対して、彼女はこういう意味のことを言った。
「やっぱり男性はたいへんですね。わたしにはそんな欲望はないなあ。それに、わたしの周りの女友達もみんな、推しを応援したり旅に出たり、趣味を満喫しています。恋愛の‟れ”の字も出てきませんね。」

たしか進化心理学かなにかの話で、女性(メス)は求められる性、男性(オス)は求める性だと読んだ覚えがある。オス同士がメスの獲得を巡って激しく争う様子は、さまざまな動物にみられる。だから女性は女性同士で連帯しやすいが、女性を巡って争う男性は男性同士で連帯しにくい云々。そうであれば、女友達と趣味その他で親しく交流している上記の女性のようには、世の多くの男性は男性同士でつきあうのが難しいのかもしれない。けれども、それはそれで一理あるとして、わたしはまた別のことも考えていた。わたしは聖書の一節を想いだしていたのである。

ある夕暮れ時、ダビデは寝床から起き上がり、王宮の屋上を散歩していたところ、屋上から一人の女が水を浴びているのを見た。女は大層美しかった。

サムエル記下11章2節 聖書協会共同訳

ダビデはこのあと、この女に夫がいることを知るや、自らの権力を駆使して彼を激戦地に送りこみ、故意に戦死させる。彼女を寝取ったことについて、死人に口なしとするために。ダビデはなぜ、彼女を欲したのか。彼女が裸だったからか。しかし、たとえばうっかりドアを開けたら目の前で女性が真っ裸で水浴びをしていた、そういう状況だったらどうだろう。ダビデといえども、あわててドアを閉めたかもしれない。彼女は彼女で、びっくりして身を隠したかもしれない。

ダビデが彼女に欲情するためには、窃視する環境が必要であった。つまり、自らはその安全性に身を隠しつつ、裸の彼女をじっくりと覗き見る。彼女を観察し鑑賞する場所を持つことができる、権力が必要だったのである。ドアを開けたら裸の彼女とばったり、というのであれば、ダビデと彼女は対等な遭遇になってしまう。驚いた彼女は身を隠すだろうし、ダビデも彼女に無礼を詫びなければならぬ。しかしダビデは王宮の屋上にいた。まさに権力を持って、常人が立ち入ることのできない最高の場所から、彼女を舐めるように窃視できたのである。だからこそダビデは彼女に欲情し得た。

それで、なぜこの聖書の話を想いだしたかというと、わたしは教会に来た女性も、その女友達もみな、そのような窃視の権力は持ち合わせていない人たちであろうと察したからである。不安定な雇用形態のなかで必死に働いている女性は多い。(もちろん男性で同様の立場にいる人も非常に多くいる。以前、なぜセクハラは立場を持つおっさんに多いのかという話をした。)先日、女性の教師が生徒と性的な行為をして懲戒免職となったというニュースを見た。女性も窃視可能な権力を持った場合、セクシャルハラスメントは起こり得ることを示している。すなわち、生徒全体を見渡す教員という立場から、自分にとって見目麗しい生徒を覗き見て、欲情したのである。

窃視というと窓やドアの隙間から盗み見るイメージがあるかもしれない。ダビデも女性からは気づかれない高所に、ある意味で身を隠して裸を覗いた。しかし、いつも実際に身を隠しているとは限らない。男女関係なく、悪用すれば身など隠さず堂々と盗み見ることができる職位もある。上司と部下だったり、先生と生徒だったりと、権力関係が発生する場では、上の立場にある者は厳密に仕事のことだけ考えているふりをしながら、ちらり、ちらりと下の立場にある異性を盗み見ることができる。その場合、窓を囲む壁やドアのように身を隠すものに相当するのは、それはおのれの職位が持つ力である。

教会に来ているこの女性は、セクシャルハラスメントはしない、というかできないだろうと思う。なぜなら彼女には現状、自分が権力を行使して誰かを窃視できる社会的な立場がない。彼女の友人たちもそうだろう。そして、そのような立場にない以上、彼女たちは立場ある男性から窃視され、欲望の対象とされる危険はつねにあるのだが、自分のほうが誰かを窃視し、欲望することはないと思われる。

ここまで書いたようなことを、「恋愛の‟れ”の字も出ない」女友達に囲まれている、そして自身もそういうことにまったく興味を持っていない、彼女に答えた。彼女には醜悪な話に聞こえたかもしれず、いささか迷惑だったかもしれない。ただ、わたしはこういう話をすることによって、自らが誰かを窃視することを封じようとしているのだと、話してから思った。「わたしは窃視する権力を持つ人間です」と宣言することによって、窃視する際おのれの身を隠すのに必要な壁やドアを、完全に解体することは不可能だとしても、一時的に移動させるくらいはできるだろうからである。

拙著 弱音をはく練習 悩みを溜めこまない生き方のすすめ


ここから先は

0字
このマガジンの記事を踏み台に、「そういえば、生きてるってなんだろう?」と考えを深めて頂ければ幸いです。一度ご購入頂きますと、追加料金は発生いたしません。過去の記事、今後更新される記事の全てをご覧いただけます。記事は200以上ありますので、ごゆっくりお楽しみください。

牧師として、人の生死や生きづらさの問題について、できるだけ無宗教の人とも分かちあえるようなエッセーを書いています。一度ご購入頂きますと、過…

記事に共感していただけたら、献金をよろしくお願い申し上げます。教会に来る相談者の方への応対など、活動に用いさせていただきます。