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#ショートストーリー
フィリポ・ニュータウン③〔ショートショート〕
楽しい仲間と一緒にいれば、飲み物が薄まっていくのは気がつかないもんなんだ。最高のバリスタがいる店のアイスコーヒーだって常に美味しいわけじゃない。だってストローの先と氷は仲良くグラスの底にあるものだし。それでも勿体ないから薄まったコーヒーをストローで吸って、残りの氷を捨てた。そんな日がわたしにもあった。
わたしはこれからのことを考えて、きっとそれも忘れるしかないのだなと納得し始めていた。ここに
フィリポ・ニュータウン ➁〔ショートショート〕
「フィリポ」というのは「馬を愛する人」という意味があったはずだと思い出したのは、この“何も進まない場所”に名前でもつけようかと考えている最中のことだった。
小さいときに通っていた幼稚園はそういったことを教えてくれる先生がいた。教会が併設されていてそこで異国の物語を聞いていた。物語は退屈だった。けれどそこに出てくる馬には興味があり、馬について想像するのが好きになった。そして馬の中には額に角の生
フィリポ・ニュータウン〔ショートショート〕
ある朝、朝だと思う。正直なところそれ自体が確かでないような感覚の雨上がりの朝のことだ。だだっ広い駐車場。ここは大型ショッピングモールかどこかの工場の駐車場のようなところだろう。車止めの白線が規則正しく並んで見えるのは、わたし以外の車が無いからだ。
そこまで自分で車を運転してきた記憶はあるのだ。いつものように部屋を出て、いつも通り車のキーがポケットに入っているからそれで車に乗って走り出した。地面
漁師町のできごと〔ショートショート〕
これは子供の頃の話です。夏休みも半分過ぎ、日の長くなった夕方の過ごし方に退屈してきた頃でした。友人は家族旅行にいっており遊び相手の居ないわたしは、夕食までの時間を海で過ごすことにしました。
裏庭で植木に水やりをしている祖父にそのことを告げると、
「そんげんとこいくなて」
と、大人でもほとんど使わなくなった言い方でわたしを諭します。
「うん、ちょっとだけー」
と言ってわたしは振り返りもせ
太陽を見間違えるひとはいない〔ショートショート〕
7月のある雨降りの午後に、僕は太陽にそっくりな女性を見かけたんだ。
その日は内科の受診のために、駅前の総合病院を訪れていた。僕は看護師から渡された体温計で検温しながら椅子に座り、名前が呼ばれるのを待っていた。彼女が現れたのはそのときだった。
これはべつにその女性が、輝くほどの美人だったという話ではない。寧ろ、彼女は地味な顔立ちをしていていた。身長もどちらかといえば低めで、胸やお尻もぺたっとし
〔ショートショート〕長袖で会う日の話 1
子供の頃、祖母の家に行くのが楽しみで仕方がなかった。それは小学生時代の夏休みの恒例だった。自宅から二時間半くらいの田舎町。車から見えるのは、退屈な田園風景ばかりが続く道のりだった。「もうすぐ着くぞ」と、眠ってしまった私を起こす父の声が車の運転席から聞こえる。寝ぼけ眼で見えるのは、いつも決まって同じ場所だった。道が大きく曲がる。そのカーブの先には大きな橋が架かっていた。
「十円橋」。父は、橋の名
〔ショートショート〕海が太陽を吸った日の色のような
誰しも、ターコイズ色の靴を履くべき日がある。それはブルーでもグリーンでも構わない。だけど、来たるべきその日の為に準備しておくに越したことはない。そして、それは突発的かつ直感的にやってくる。いわば天気雨のように。したがって、それを晴天の空の下でただじっと待っているだけのような非効率的なことは馬鹿げているから、そんなに神経質になる必要はない。直前になれば自ずと分かるから。それが、彼にとっては今日だっ
もっとみる〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな
コーヒーゼリーの上からかけた白い生クリームソースが、スプーンの後を追って行く。「苦いのが美味しいね」なんて格好をつけたところで、本当はシロップ入りの生クリームがあるから好きなんだと、後悔した。僕は今日、初めて彼女を尾行した。
仕事だと思っていたが平日が、急に暦通り以上の連休が取れることになった。付き合って半年の彼女と旅行にでもと思ったが、彼女の方は仕事らしい。だから、僕は以前から気になってい
〔ショートショート〕 雨と無知
仕事から部屋に戻ると、いつも決まってまず風呂に入る。これが、この男の習慣だった。湯を張ったバスタブの中にふんぞり返って座り、ふちに足を投げ出して大股開きで座る。このとき、肩はお湯の中にしっかり沈め、首を通り越し顎の先にお湯が付くまで沈む。「肩までしっかり浸かれよ」。男が父親から言われたことで、一番理解できて、心から納得した教えだった。今日みたいに肌寒い日は、もう秒数を数えてもらわなくても良いくら
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