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ショートストーリー

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短い物語をまとめています。
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#ショートストーリー

迷宮入り。

迷宮入り。

嘘しかつけない日に良い事があった。
正直に過ごそうとした日は怒られた。

嘘をついてはいけませんと教えられたけど、正直なことが良いわけではないらしい。ついていい嘘というのもあるらしい。

嘘をついて、笑って見せた。
正直に泣いた。

朝から、元気に挨拶した。
やりたくないことを断った。
みんなの話題に話を合わせた。
知らないところで起きた悲惨なニュースを消して、ゲームの続きをした。
もう会う気のな

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フィリポ・ニュータウン③〔ショートショート〕

フィリポ・ニュータウン③〔ショートショート〕

  楽しい仲間と一緒にいれば、飲み物が薄まっていくのは気がつかないもんなんだ。最高のバリスタがいる店のアイスコーヒーだって常に美味しいわけじゃない。だってストローの先と氷は仲良くグラスの底にあるものだし。それでも勿体ないから薄まったコーヒーをストローで吸って、残りの氷を捨てた。そんな日がわたしにもあった。
 わたしはこれからのことを考えて、きっとそれも忘れるしかないのだなと納得し始めていた。ここに

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フィリポ・ニュータウン ➁〔ショートショート〕

フィリポ・ニュータウン ➁〔ショートショート〕

 「フィリポ」というのは「馬を愛する人」という意味があったはずだと思い出したのは、この“何も進まない場所”に名前でもつけようかと考えている最中のことだった。

 小さいときに通っていた幼稚園はそういったことを教えてくれる先生がいた。教会が併設されていてそこで異国の物語を聞いていた。物語は退屈だった。けれどそこに出てくる馬には興味があり、馬について想像するのが好きになった。そして馬の中には額に角の生

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フィリポ・ニュータウン〔ショートショート〕

フィリポ・ニュータウン〔ショートショート〕

 ある朝、朝だと思う。正直なところそれ自体が確かでないような感覚の雨上がりの朝のことだ。だだっ広い駐車場。ここは大型ショッピングモールかどこかの工場の駐車場のようなところだろう。車止めの白線が規則正しく並んで見えるのは、わたし以外の車が無いからだ。
 そこまで自分で車を運転してきた記憶はあるのだ。いつものように部屋を出て、いつも通り車のキーがポケットに入っているからそれで車に乗って走り出した。地面

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漁師町のできごと〔ショートショート〕

漁師町のできごと〔ショートショート〕

 これは子供の頃の話です。夏休みも半分過ぎ、日の長くなった夕方の過ごし方に退屈してきた頃でした。友人は家族旅行にいっており遊び相手の居ないわたしは、夕食までの時間を海で過ごすことにしました。
 裏庭で植木に水やりをしている祖父にそのことを告げると、

「そんげんとこいくなて」
 と、大人でもほとんど使わなくなった言い方でわたしを諭します。

「うん、ちょっとだけー」
 と言ってわたしは振り返りもせ

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雨の隙間に傘をさす〔ショートショート〕

雨の隙間に傘をさす〔ショートショート〕

「てるてる坊主はキレてるわ」と隣りで妻が言う。「明日も雨だって」。

「天気予報は当たるね」
と僕は返した。

 新潟市内から車を走らせる。妻のお気に入りのレストランで夕食を済ませたあとの帰り道。フロントガラスに垂れる雨を見てワイパーを1段階上げてから、僕は横目で助手席の彼女を一目見る。表情は険しい。

「気象予測」と妻。
「ん?」
「天気予報じゃなくて、気象予測。こんなにつまんないくらい予測でき

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太陽を見間違えるひとはいない〔ショートショート〕

太陽を見間違えるひとはいない〔ショートショート〕

 7月のある雨降りの午後に、僕は太陽にそっくりな女性を見かけたんだ。
 その日は内科の受診のために、駅前の総合病院を訪れていた。僕は看護師から渡された体温計で検温しながら椅子に座り、名前が呼ばれるのを待っていた。彼女が現れたのはそのときだった。
 これはべつにその女性が、輝くほどの美人だったという話ではない。寧ろ、彼女は地味な顔立ちをしていていた。身長もどちらかといえば低めで、胸やお尻もぺたっとし

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差別〔ショートショート〕

差別〔ショートショート〕

アパートの階段の踊り場に
白と黒の斑柄の蛾が飛んでいた。
壁を伝うようにして飛ぶ
ヨロヨロした様子は、
どこか見下ろして通り過ぎる私に
怯えているようだった。
外は曇り空、予報は雨。
向いの家の母子の会話が聞こえる。
小学生の息子は準部ができたらしく
ランドセルを背に玄関から出てくる。
「……いってきます」
「傘持ったの?」
母親の問いかけに、小さく答える。
「いらなぁい」
すぐに玄関から出てきた

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〔ショートショート〕長袖で会う日の話 1

〔ショートショート〕長袖で会う日の話 1

 子供の頃、祖母の家に行くのが楽しみで仕方がなかった。それは小学生時代の夏休みの恒例だった。自宅から二時間半くらいの田舎町。車から見えるのは、退屈な田園風景ばかりが続く道のりだった。「もうすぐ着くぞ」と、眠ってしまった私を起こす父の声が車の運転席から聞こえる。寝ぼけ眼で見えるのは、いつも決まって同じ場所だった。道が大きく曲がる。そのカーブの先には大きな橋が架かっていた。
 「十円橋」。父は、橋の名

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〔ショートショート〕海が太陽を吸った日の色のような

〔ショートショート〕海が太陽を吸った日の色のような

 誰しも、ターコイズ色の靴を履くべき日がある。それはブルーでもグリーンでも構わない。だけど、来たるべきその日の為に準備しておくに越したことはない。そして、それは突発的かつ直感的にやってくる。いわば天気雨のように。したがって、それを晴天の空の下でただじっと待っているだけのような非効率的なことは馬鹿げているから、そんなに神経質になる必要はない。直前になれば自ずと分かるから。それが、彼にとっては今日だっ

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〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

 コーヒーゼリーの上からかけた白い生クリームソースが、スプーンの後を追って行く。「苦いのが美味しいね」なんて格好をつけたところで、本当はシロップ入りの生クリームがあるから好きなんだと、後悔した。僕は今日、初めて彼女を尾行した。

 仕事だと思っていたが平日が、急に暦通り以上の連休が取れることになった。付き合って半年の彼女と旅行にでもと思ったが、彼女の方は仕事らしい。だから、僕は以前から気になってい

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〔ショートショート〕 雨と無知

〔ショートショート〕 雨と無知

 仕事から部屋に戻ると、いつも決まってまず風呂に入る。これが、この男の習慣だった。湯を張ったバスタブの中にふんぞり返って座り、ふちに足を投げ出して大股開きで座る。このとき、肩はお湯の中にしっかり沈め、首を通り越し顎の先にお湯が付くまで沈む。「肩までしっかり浸かれよ」。男が父親から言われたことで、一番理解できて、心から納得した教えだった。今日みたいに肌寒い日は、もう秒数を数えてもらわなくても良いくら

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消えた蜘蛛の居場所は知らない。

消えた蜘蛛の居場所は知らない。

 戸惑いながら怒るボクに、「ごめんね」とすぐに謝れるキミに恋をするのは1年後のことだった。

 小学校の掃除の時間。共にふざけていた女の子が急に泣き出した。箒の柄の木の部分でボクを叩いて笑っていたその子が、暫くして、ぼーっと他のことに気を取られていたから、ボクはその子の頭にコツンと箒の柄を当てた。すると、その子はしゃがみ込んで泣き出してしまった。すぐに「だいじょうぶ?」と、周りの女の子達が集まって

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ポンパドール

ポンパドール

 わたしは右手の甲に雀を飼うことにした。
 痛みを唄うこともことも許されないから、強くなれる。理不尽なことに押さえつけられるのは馴れているし、今回がはじめてというわけじゃない。だけど、だからこそウンザリするの。我慢さえしていれば、その声は野鳥のさえずりと変わらない平穏の括りの中に入れられる。
 だから、わたしは舌切り雀のタトゥーを入れることにした。
 
 そんな理由で雀が、わたしの右手に住み着いて

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