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死ぬことすら出来ない辛さ

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難病を患ってしまった方の生活を覗いてみましょう。 あなたがその人と同じ病気になってしまったら、あなたはどう生きますか?家族はどう接してくれると思いますか? 色々と考えさせられる作…
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#点滴

死ぬことすらできない辛さ 14 〜退院当日 中編〜

点滴の管についたテープを上手く剥がせなかったため、結局管を取り替えることになった。

最初からそうすれば良いのに。
物品の請求ならうちにすれば良いんだから。

心の声は留めておいて、口では「 早くしてよ 」と急かしている。

ポートに針を刺されるのはやっぱり痛い。

ふんわり貼ってねと再度忠告する。

今度は大丈夫だ。

メインになる点滴、側管から繋げて流す痛み止めと胃薬、点滴以外の痛み止めの座薬

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死ぬことすらできない辛さ 13 〜退院当日 前編〜

進行方向と逆向きだと酔う人いますよね。
平坦な線路上でも気持ち悪くなるのに、坂や凸凹道で上下運動も加わったら拷問に近いと思いませんか?

同じことに耐えられる人って居るのかしら。

介護タクシーから降ろされて家の中へ。

やっと帰って来られました。

自室のベッド上に移動し、姿勢を整えてもらう。

あー、やっぱり我が家が一番いいわ・・・。

気持ち悪いのを抑えながらも寛ごうと思ったが、ベッドの周り

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死ぬことすらできない辛さ 11 〜退院させてもらえない〜

点滴をしているため定期的に通院するのはなかなかに難しい。
途中で点滴が抜けたらどうする?

それだけでなく、頻回な吸引も必要なため家まで診察に来てくれる往診がベスト。

入院が必要な状態になったら、往診医から病院に連絡して入院させてもらえば良い。

往診してくれるクリニックは比較的スムーズに決まった。

問題は朝夕の点滴と夫不在時の吸引だ。

夫は7時過ぎには仕事に行く。
そんなに早く行く必要はな

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死ぬことすらできない辛さ 10 〜意識不明〜

食べることを楽しむ私は入退院を繰り返した。繰り返しながらも、それはそれで割り切って生活していた。

きちんと食べていたし、水分補給もきちんとしていた

それなのに、脱水症で入院することになった。

暑い日が続いたと思うでしょ?

違うの。冬なの。

入院する所までは覚えている。
でも、それからの記憶が全くない。

夫や医者、看護師さん達の話によると、どうやら10日間意識不明の状態だったらしい。

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死ぬことすらできない辛さ 7 〜〇〇しやすくなった〜

変化の乏しい毎日。
平日はヘルパーさんと共に過ごし、土日は夫と過ごす日々。

変化をもたらす為に土曜日は外出し、年に1回は泊まりの旅行に行く。

そんな生活を続けて50歳となった。
発症して20年以上。

相変わらず口だけは良く動いている。
口が動かなくなったら助けを呼べないので一大事。
ある意味生命線と言える。

人間50歳にもなれば色々と衰えてくるのであろうが、私の場合は衰えなのだか病気の進行

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