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よすけの短編小説まとめ

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書いた小説を投稿した順にまとめています。短いのから長いの。暗いものから明るいものまで。ほっと一息つけるように。
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記事一覧

【短編小説】こんばんは、カレー

【短編小説】こんばんは、カレー

1,064文字/目安3分

 くつくつと歌う鍋に、ゆれて踊る湯気。
 部屋の中はカレーのにおい。

 今日はわたしが先に家にいる日だから、晩ごはんの準備をする。
 彼からはすでに『今から帰る』の連絡が来ている。帰ってくるまでの時間はわかるから、そこから逆算して調理を進めていく。家に着くちょうどのタイミングでご飯を食卓に並べられるように。

 これは完全にわたしの自己満足。ささやかなプライド。

 

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【短編小説】はんぶんこ

【短編小説】はんぶんこ

2,564文字/目安5分

 はんぶんこは得意だった。

 彼の部屋に置いてある、わたしの荷物を整理する。これは持って帰るもの。これは捨てるもの。これはもったいないけど捨てるもの。
 できるだけ自分のものを残さないように一つ一つ片づけて、彼一人だけの部屋にしていく。

 終わりなんだな。

 三年近く付き合っていたけど、別れる時はこんなにも事務的。それが当たり前であるかのように、終わりなんだと思っ

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【短編小説】愛しい時間

【短編小説】愛しい時間

567文字/目安1分

 彼との二人暮らし。

 外でデートをするのもいいけど、家の中で一日中のんびり過ごすのが好き。話をしたり、お互いに違うことをする時があったり、いつの間にか寝てしまったり。時間の流れはゆっくりに感じるのに、気がつけば終わってしまう。
 夕飯を食べ終えて、お風呂も入って、見るわけでもなくテレビをつけている。時折ぽつりぽつりと会話をしながら、ソファーに並んで座っていた。

「お腹

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【短編小説】明日休みの散歩道

【短編小説】明日休みの散歩道

820文字/目安1分

 あぁ、疲れた。

 久しぶりだ。こんなに遅くまで会社に残って仕事をしたのは。時計の長針が一周と少しまわれば日付が変わる。終わりそうな気配は全然しなかったけど、どうにかやり切ることができた。
 そろそろ会社から残業時間を注意されそうだけど、来週に仕事を残さなかっただけ自分をえらいとしようか。

 会社を出ると、コートをすり抜けるように冷たい空気が身体を包む。それがなんとなく

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【短編小説】君を待つ

【短編小説】君を待つ

497文字/目安1分

 ごめんね。あなたのことは確かに好きだった。でももう無理なの。だから連絡してこないで。

 君に振られた。あんなに好きだったのに。今も変わらず好きなのに。
 君とはずっと一緒にいるのだと思っていた。けんかもいっぱいしたけど、その分楽しいことも多かった。これからのことも、ずっと先のことも、二人のことをたくさん話した。
 君を傷つけてしまった。すれ違うとか、そういうことじゃない

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【短編小説】待ち合わせ

【短編小説】待ち合わせ

756文字/目安1分

 踏切の向こう側で君が待っている。

 待ち合わせは朝。少し早いけど、この時間でしか見られない景色があるから、どうしても一緒に行きたかったんだ。
 誘う時は断られないか不安だったけど、快くオッケーしてくれた。

 カンカンカンと一定の間隔で音が鳴る。

 反対側にいる君は小さく手を振っている。それがかわいらしくて、ついにやけてしまう。
 この踏切は駅のすぐ隣にある。停車して

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【短編小説】かたわら

【短編小説】かたわら

551文字/目安1分

 もし、この体が透明だったら。人の視線を気にせずにいられるだろうか。それでも誰かに見られる気になるだろうか。

 町は変わらず混んでいる。人ごみは苦手だけど、家に一人でいるのもいたたまれなくて外に出た。植木一つにしても煌びやかに飾られたこの時期は、どうにも好きになれない。輝きを増すほど、わたしの影が濃く暗くなっていく。
 その闇の中をただ歩く。
 すれ違う人。家族。男女の二

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【短編小説】ほえっほよ

【短編小説】ほえっほよ

1,577文字/目安3分

 雲はゆっくりと形を変えながら、どこまで続くかわからない空の中を進む。まるでわたあめのよう。太陽は流れる雲に時々隠されながら沈んでいき、一日を終えようとしている。
 この時間のパンは腹に膨れやすい。今にも爆発しそうだ。ああ、お腹がすいた。

 それはそうと、今夜は家の階段を登らないといけない。登ったら降りないといけない。降りたら手をあわせていただきます。その時はパンだけ

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【短編小説】色をつける

【短編小説】色をつける

635文字/目安1分

 また一つ、作品を送り出すことができた。

 もちろん楽しさはある。そうじゃなかったらやっていられない。だけど、時々すごく苦しい。頭の中にあるものが、描くものが、なかなか落ちていかないから。もどかしい思いをするから。

 そうまでして、なぜつくるのか。いつも考える。自分が何かを残す意味はあるのか。

 ある時、声が自分のもとに届く。例えば、温かい。例えば、切ない。自分の作品

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【短編小説】かけら

【短編小説】かけら

938文字/目安2分

 気晴らしにベランダに出ることにも、寒さのせいで身構えるようになってきた。
 だけど、部屋の中にずっといたら自分が腐っていく気がする。わざわざコートなんかを着て、マフラーもして、淹れたばかりのコーヒーを片手に窓を開け外に出た。

 冷たい空気が、ぴしぴしと体にあたる。
 ほう、と息を吹けば、白く舞い上がって風に溶けていく。
 目の前に高い建物はない。町を見渡せるこのベランダ

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【短編小説】漂

【短編小説】漂

535文字/1分

 ここのところ、かなりメンタルがやられている。そう思えるくらいには正常。でも、普段ほとんど浮き沈みがないから、落ちた時の戻り方がわからない。

 一日終える時の疲労感が半端じゃない。

 休んでも休まらない。考えていないのに頭がまわっている。心がずっとざわざわしている。意識してしまうと一気に疲れる。

 全部置き去りに、ただ息をして朝と夜を繰り返すのが楽。なかなかできることじゃ

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【短編小説】坂道のひとりごと

【短編小説】坂道のひとりごと

1,687文字/目安3分

 家の近くにものすごい坂道がある。

 自転車に乗ったままじゃまず登れないし、押して登ってもかなりきつい。昔はこの坂を途中で降りずに登れるかっていうのを何度もやっていたけど、ダメだった。下る途中でつまづいたらそのまま下まで転がっていっちゃうような、そんな坂。車がなんとかすれ違って通れるくらいの広さ。急ってだけでなんでもないただの坂だけど、私にとって馴染みの深い坂。

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【短編小説】日常

【短編小説】日常

485文字/目安1分

 早起きは三文の徳って?

 そんなことは知ってるよ。本当にいいことがあるかは知らないけど、朝の五分と夜中の一時間は同じくらいの価値があるよ。
 朝起きて支度して家を出るまでの時間と寝ようと思って布団に入るまでの時間はだいたい一緒だよ。むしろ布団に入るまでの時間の方が長いよ。なんなら布団入ってから寝るまでなんかもっと長いよ。体感はほんの数分なのにさ。

 五分早く家を出られ

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【短編小説】幸せのかたち

【短編小説】幸せのかたち

3,870文字/目安7分

「幸せに形があるとしたら、きっと三角形だよ」

 口癖のように話す彼女の言葉の意味が、当時小学四年生だった僕には分からなかった。
 住んでいるところは町にもならないような田舎だった。近所に歳の近い子が他にいないからと、ことあるごとに遊びに連れ回された。山へ虫を捕まえに行ったり、知らない細い道をどんどん入って行ったり、お互いの家の敷地全部を使ってかくれんぼをしたり。かくれ

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