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【短編小説】ほえっほよ
1,577文字/目安3分
雲はゆっくりと形を変えながら、どこまで続くかわからない空の中を進む。まるでわたあめのよう。太陽は流れる雲に時々隠されながら沈んでいき、一日を終えようとしている。
この時間のパンは腹に膨れやすい。今にも爆発しそうだ。ああ、お腹がすいた。
それはそうと、今夜は家の階段を登らないといけない。登ったら降りないといけない。降りたら手をあわせていただきます。その時はパンだけはやめておこうと思った。
帰るには公園を突っ切るのが早い。駅に行くのも公園を突っ切るのが早い。スーパーへ買い物に行くにも公園を突っ切るのが早い。
ただ、一つだけ問題がある。
本当は一つではないが、四捨五入をすれば一つになるからいいんだ。
公園を突っ切る時には、必ず噴水の近くにあるベンチの前を通らないといけない。問題は、カップルがそこでいちゃいちゃしていることだ。前を通るたびに照れてしまう。
「俺たち、もう別れよ」
「いいよ」
「引き止めても気持ちはもう変わらないよ」
「そうだよ」
「もう終わりにしよ」
「はーい」
「ごめんね」
そんな会話が繰り広げられているのを想像しながら、ぽっかりと大きくあいた心に西日が差し込むのを感じて歩く。影は長く伸びている。
さなえちゃんは元気にしているだろうか。さなえちゃん。昔はいい子だったのに。今はとてもいい子なんだ。さなえちゃんはかわいい。
階段を登ったら降りないといけないと言っていたのはさなえちゃんだった。いつかさなえちゃんと一緒にパンを食べたい。もちろん、腹が膨れるから食べる時間は気にする必要がある。
さなえちゃんのことを考えていたら水たまりを踏んでしまった。カップルはキスをしている。
今ここにわたあめがあればなぁ。
台所に立つ。まな板を置く。具材はねぎ、わかめ、絹のとうふ。鍋に水を入れて火にかける。
ねぎは丁寧に小口切り。緑色の部分までちゃんと使う。わかめは乾燥のカットわかめでいい。とうふはまだしばらく置いておく。
沸騰してきたら和風の顆粒だしを入れて、ねぎも入れて、少し煮立ったら火を止めてみそを溶かし入れる。
これが最後になりそうだ。
再び火をつけて、とうふとわかめを入れる。うっかりとうふを切り忘れてしまったが、まぁいいだろう。ふつふつとしてきたら、完成。お椀によそって一口すする。
ああ、おいしいなぁ。
公園の噴水の近くにあるベンチに座って、さなえちゃんが来るのを待つ。さなえちゃんに会えると思うとすごく緊張する。さなえちゃん。昔はいい子だったのに。
さなえちゃんが来た時のために、頭の中でシミュレーションをする。さなえちゃんは必ずこちらに笑いかけてくる。ここが一番の注意どころだ。さなえちゃんはかわいい。笑顔を見ると照れて何もできなくなってしまう。そうなったら負けないくらいの笑顔で迎え撃つ。よし、完璧だ。
しばらくもじもじしていると、さなえちゃんがやって来た。少し駆け足で向かってくる。かわいい。さなえちゃんは目の前に立って、「ごめん、お待たせ」と笑顔を向けてきた。かわいい。照れて何もできなくなった。
さなえちゃんと二人並んでベンチに座っている。近くの噴水から聞こえる水の音が、かえって静けさを際立たせているような空気感。何気ない会話を楽しんでいた。
「俺たち、もう別れよ」
「いいよ」
「引き止めても気持ちはもう変わらないよ」
「そうだよ」
「もう終わりにしよ」
「はーい」
「ごめんね」
やっぱりさなえちゃんとの時間が一番幸せを感じる。前を横切る男も照れながら過ぎていった。それを見てさなえちゃんも照れていた。これだからさなえちゃんが好きなんだ。
僕が笑うとさなえちゃんも笑う。そしてさなえちゃんが笑うと僕は照れて何もできなくなる。するとなぜかさなえちゃんも照れてしまう。
前を横切る男も照れている。
それがおかしくて、二人で一緒に笑った。
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