藤光

小説が趣味のつもりでいましたが、気が付くとぜんぜん書いていないことに気づきました。じぶ…

藤光

小説が趣味のつもりでいましたが、気が付くとぜんぜん書いていないことに気づきました。じぶんで気に入った小説をおいておく場所にnote使っています。写真もいいのがあったらおいておきます。

記事一覧

【小説】花の色は

 空を覆う白い霧の向こうから雨が降り募る。無数の水滴が糸を引いて地面を打ち、中庭のあちらこちらに大きな水たまりを作る。この雨はもう10年ものあいだ降り続いていた。…

藤光
2週間前
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雨があがれば

藤光
7か月前

【小説】縁日

 そこで足を止めたのは その暖かそうな明かりに惹かれたからかもしれない。その夜はとても寒かったから。  ――奈々に似てる。  夜店の屋台には、ほかにいくつもの人形…

藤光
7か月前
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秋桜《写真》

藤光
8か月前
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赤とんぼ《写真》

藤光
8か月前
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【小説】六感計

 ツイている人というのがいる。  ねじくれた恋愛感情をもって異性について回るストーカーや、死に際の強い妄念が彼をそこに縛りつけている地縛霊のことではない。そうい…

藤光
8か月前

【小説】魔窟の人~法医学研究室鵺野教授~

 ズルズル。  暗闇の中でなにかが引きずられている。  荒い息づかい――何いる。  きゅるきゅると金属が擦れている。  そして、衣擦れ。人だ――ひとりではない。  …

藤光
8か月前
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【小説】忘却書店

 ひさしぶりに、そこを訪れてみようと思ったのは、ちょっとした思いつきだった。前の晩、部屋を整理していると、押し入れの中から高校生のときに読んでいた本を見つけた。…

藤光
9か月前
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【小説】ロード

 阪神高速湾岸線を神戸に向かって走り出すと、夜は闇の衣を脱ぎ捨て、街は目を覚ましはじめた。  早起きはつらいけれど、夜明けの街を駆け抜けるのは気持ちがいい。アク…

藤光
2年前
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【小説】女たち

 昭和〇年、夏――。  両親が共働きだった子どもの頃のわたしは、家にいるあいだずっと祖母と遊んでいた。当時は三世代同居が普通で、農業を営んでいる祖父母と、勤め人…

藤光
2年前
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夏の思い出《写真》

藤光
2年前
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【小説】ありさの部屋

 そこは、ありさの部屋と呼ばれていました。  裏庭と向かい合わせになった大きな棚に亜梨沙がいるからです。栗色の髪、青い目、白い肌と桃色の頬。亜梨沙は両親が結婚す…

藤光
2年前
5

【小説】盗まれた日曜日

 月、火、水、木、金、土。月、火、水、木、金、土。月、火、水、木……。  お母さんと二人、朝の食卓。ダイニングチェアが三つ、ブルーのエプロンと黒いランドセル。テ…

藤光
2年前
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【小説】それ「青」やで!

 中学一年の夏休み前、期末試験を終えて弛緩した空気が揺蕩う教室で起こった出来事を、ぼくは今も鮮明に覚えている。それは突然やってきて、以来、ぼくのなかに居座りつづ…

藤光
2年前
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【小説】ぼくと彼女とコロとミケ

 コロはミケに恋をしている。  窓から明るい光が差し込む朝、トビオが目を覚ますとコロがうれしそうにしっぽを振っているところに出くわすことがある。視線を追うとその…

藤光
2年前
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トンボのいる池《写真》

藤光
2年前
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【小説】花の色は

【小説】花の色は

 空を覆う白い霧の向こうから雨が降り募る。無数の水滴が糸を引いて地面を打ち、中庭のあちらこちらに大きな水たまりを作る。この雨はもう10年ものあいだ降り続いていた。

「雨は止んで欲しくないわ」

 カーテンを取り払った《シェルター》の窓からの景色を眺めながら小町はそう呟いていた。雨のあいだ長く伸びた黒髪は、とうに彼女の腰を過ぎている。今日のために切ってあげようとしたけれど、だめだと言い張るのでその

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【小説】縁日

【小説】縁日

 そこで足を止めたのは その暖かそうな明かりに惹かれたからかもしれない。その夜はとても寒かったから。
 ――奈々に似てる。
 夜店の屋台には、ほかにいくつもの人形が並べられていたけれど、聡美の目は吸い寄せられるようにその人形の上で止まった。白熱電球の吊り下げられた縁台の上に並べられているのは、10センチに満たない布製の人形たちだった。
 その人形は、薄桃色のワンピースを着て、頭にも同じ色のベレーを

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【小説】六感計

【小説】六感計

 ツイている人というのがいる。

 ねじくれた恋愛感情をもって異性について回るストーカーや、死に際の強い妄念が彼をそこに縛りつけている地縛霊のことではない。そういう人たちも確かにツイているといえるかもしれないが、ぼくのいうツイているとは、運がよくて冴えていて、がっぽりと稼いでいる人を指していう。競馬で勝っている人のことだ。

 最近のぼくは競馬にハマっている。きっかけは馬を美少女キャラクターに擬人

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【小説】魔窟の人~法医学研究室鵺野教授~

【小説】魔窟の人~法医学研究室鵺野教授~

 ズルズル。
 暗闇の中でなにかが引きずられている。
 荒い息づかい――何いる。
 きゅるきゅると金属が擦れている。
 そして、衣擦れ。人だ――ひとりではない。
 声を押し殺して……嗚咽している。
 さいごに大きなため息。
 しばらくして部屋の引き戸がそっと閉じられる音がした。



 午後二時四十五分。休憩室に集まったわたしたち研究室のスタッフが、今日のおやつは何にしようかしらと相談していると

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【小説】忘却書店

【小説】忘却書店

 ひさしぶりに、そこを訪れてみようと思ったのは、ちょっとした思いつきだった。前の晩、部屋を整理していると、押し入れの中から高校生のときに読んでいた本を見つけた。その頃よく読んでいたSFやファンタジーだ。まだ、ライトノベルと呼ばれる小説はなかった。

 本が好きな高校生だった。授業が終わると自宅までの帰り道、書店をはしごして帰るのが、ただひとつの楽しみだった。学校にも、家にも居場所のなかったわたしは

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【小説】ロード

【小説】ロード

 阪神高速湾岸線を神戸に向かって走り出すと、夜は闇の衣を脱ぎ捨て、街は目を覚ましはじめた。

 早起きはつらいけれど、夜明けの街を駆け抜けるのは気持ちがいい。アクセルを捻ると、CBR1100XX「スーパーブラックバード」――20年来のおれの相棒は、即座に反応し、日常の風景を置き去りにして加速する。オートバイはおれを自由にしてくれる。

 空はだんだんと明るくなってきたけれど、大阪湾沿いを弓状に伸び

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【小説】女たち

【小説】女たち

 昭和〇年、夏――。
 両親が共働きだった子どもの頃のわたしは、家にいるあいだずっと祖母と遊んでいた。当時は三世代同居が普通で、農業を営んでいる祖父母と、勤め人の父母は同じ家に暮らしていた。きょうだいは姉がひとり。六人家族である。
 祖母は年中、祖父と共に畑に出て、草抜きと野菜の収穫に精を出していた。わたしは、畑の畦に寝転んだり、隙を見てはイチゴを頬張ったりしながら、爪のあいだに土が挟まった祖母の

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【小説】ありさの部屋

【小説】ありさの部屋

 そこは、ありさの部屋と呼ばれていました。
 裏庭と向かい合わせになった大きな棚に亜梨沙がいるからです。栗色の髪、青い目、白い肌と桃色の頬。亜梨沙は両親が結婚するときにお父さんからお母さんへプレゼントされたビスクドールです。たくさんのフリルがあしらわれた服に身を包み、いつも棚の上からわたしのことを見下ろしています。
「アリサ、お行儀よくしてね」
 亜梨沙とそっくり同じ布地のたっぷりしたワンピースを

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【小説】盗まれた日曜日

【小説】盗まれた日曜日

 月、火、水、木、金、土。月、火、水、木、金、土。月、火、水、木……。

 お母さんと二人、朝の食卓。ダイニングチェアが三つ、ブルーのエプロンと黒いランドセル。ティーカップに口をつけてお母さんは怪訝な顔。「なにしてるの」って。さっきから何度も曜日を数えているけど、いくら数えても一週間は月曜日から土曜日までの六日間だった。

「ねえ、お母さん。一週間って六日間でいいんだっけ」
「なに言ってんの当たり

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【小説】それ「青」やで!

【小説】それ「青」やで!

 中学一年の夏休み前、期末試験を終えて弛緩した空気が揺蕩う教室で起こった出来事を、ぼくは今も鮮明に覚えている。それは突然やってきて、以来、ぼくのなかに居座りつづけることになるのだけれど、ぼくはその意味に長い間気づくことができないでいた。教室の外に蝉の声がやかましい、暑い夏の日の出来事だった。

「今日の授業は、皆さんに自分たちの運動靴を描いてもらいまあす」

 いつものように、美術の鈴木先生は小さ

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【小説】ぼくと彼女とコロとミケ

【小説】ぼくと彼女とコロとミケ

 コロはミケに恋をしている。

 窓から明るい光が差し込む朝、トビオが目を覚ますとコロがうれしそうにしっぽを振っているところに出くわすことがある。視線を追うとその先にはいつもミケがいる。その時の気分に応じてピアノの上に、本棚の上に、そしてネコタワーの上に。三毛猫であるミケは高いところが好きだ。
 コロが懸命にしっぽを振ってみてもミケが意に介することはほとんどない。ワンと悲しげに吠えてみせると、うず

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