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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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2020年2月の記事一覧

香山の13「夏の魔物 Ⅰ」(20)

 私は、お宮の話を聞きながら、自分が依頼されて、直接ではないにせよ殺害した女性Kのことを思い出していた。依頼に従い、明が彼女を絞殺したことは知っていた。その事実は、ニュースで確かめた。
『今日午前二時ごろ、福岡市内の宿泊施設にて、女性の遺体が発見されました。女性の身元は、現場から遺留品が持ち去られていたために、未だ明らかになっていません。なお、福岡県警は、金品を目的とした強盗殺人とみて捜査を進めて

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明の6「402 Payment Required」(21)

 椅子に縛られたお宮は、力尽きたのか目を閉じていた。呼吸を確認したが、彼はまだ存命であった。耳を切られたり、足に被弾した程度では人は死なない。映画というのは実によくできている。
 私は、自分の置かれた状況を今一度考えた。香山はお宮に襲われ、それを私が阻害、そして捕縛、彼を拷問すると、彼は私達が過去に行った仕事の被害者の交際相手から依頼されてい動いている(性欲の変貌した先が、生命を奪う殺意とはね!)

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香山の13「夏の魔物 Ⅱ」 (22)

「もしもし」
「お前が貫一か?」
「誰かね君は」
「香山という同業だが、そちらさんは名乗らないのかい」
「お前の言った通り、俺は貫一だよ」
 彼の声は、荒野に走る一本の道路のように平坦で、電話を取ったのが私であることにもさほど驚いていない様子であった。
「ということは、お宮はそこにいるわけかね。彼は、捕まったのか。計画はご破算というわけかね。ああ、そうかい。しかし俺はこの通り、まだ息をしている。と

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明の7「博多口」 (23)

 貫一は私との対面を隠蔽した。しかし、その理由は何なのか。彼が言うように、私がお宮を連れて博多口に行けば、お宮を奪還を試みるはずだ。
 貫一は駅構内に交番があるとは言ったが、その交番は駅構内の中心にあるわけではなかった。博多口の前にある広場の、極めて端寄りにあるために、駅の構内を見渡すことなどできはしない。そして、私も彼も、警察からの注目を好まないために、無理やりにでも貫一がお宮を連れ去ることは可

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明の8 「獣ゆく細道」(24)

 空港から博多駅はそう離れた場所にはない。香山が車を転がせばすぐに筑紫口に到着し、私はお宮とともにハチロクから降車した。逃げ出さぬようにお宮の肩に手を回して、強く握った。
 私の狡猾は、香山の加糖練乳よりも甘ったるい判断をあざ笑いはじめていた。それはじわじわと私の中に悪意を宿らせた。ちょうど、コーヒーに半紙を浸したような具合だ。
 計算だと? 冷笑が絶えないね。
 自分以外の存在が下劣と名付けるに

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明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)

 博多口を出ようとした。
 出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
 何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
 私は次にと

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明の10「茜さす 帰路照らされど…」(26)

 貫一の狙いを見透かした私は、裏をかくためにお宮の同伴という貫一の要求を無視することにした。ハチロクの中に、お宮と残っていた。私は一人、博多口付近で、二人の出現を待つ貫一を見つけ、iPhoneを介して香山と会話をさせる手はずである。香山は筑紫口のロータリーにハチロクを停車し、私からの電話を待っている。
 動悸と眩暈を感じ、私は心底貫一との対面を望み、同時にそれを否定していることを認めた。再び筑紫口

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明の11「シドと白昼夢」(27)

 今一度私はAirpodsの位置情報を確認した。Airpodsは、マクドナルドの下にある。姿を視認すれば切りかかれるように、ホルスターのナイフに手をかけた。そして、整列する掲示板によっかかっている貫一を見つけた。ナイフに殺意を注入するところであったのに、私はそれができないことを悟った。気づけば、私は柄から手を離し、しきりに雑踏の中に貫一を探すかのようにあたりを見渡している。また、私は彼を視認して、

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貫一の1「ハニーポット」(28)

 脇腹を何度か刺されたので、血が出ていた。そのままでは生死にかかわるために、止血しながら私は紅葉を電話で呼んだ。移動手段を確保する必要がある。
 河原の道を外れた雑草畑の上で私は足をのばしていた。この時間は、福岡市から唐津方面へ向かう車が多く、いつまでも橋の上は混雑していた。ここ数日はずっと晴れていたが、土はまだ湿っていて、腰を下ろすのは心地のいいものではなかったが、応急処置を済ませるためにはこう

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明の12「浮世のカテーテル」(29)

 人の首を切るのはこれが初めてではない。後ろから対象の口を押え、悲鳴を絶ってから強い力で引っ張る。そうすれば対象は確実に理性を失い、事態を理解できなくなる。そこで首に刃物の先端を入れてゆく。忽ちに血が飛び散り、痛みに耐えかねた対象は倒れる。あとは息の根が絶たれるまでめった刺しにし、八つ裂きにする。
 これは私が後ろから近付いたがために容易に成せる芸当だった。しかし、対象が私を認識している場合はさら

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明の13「正しい街」(30)

 私は変わらず緑を見ていた。この色に何らかの変化が起こるのを、佇んで待っていたのだ。鏡の中でも雨は降った。相変わらず、強弱に定まりがなかった。次第に私は鬱屈を覚えだした。こらえきれず気をそらそうと手のひらを見れば、それはサイコロでできていた。私の側には、一の赤い点が向いている。裏返してみると、それもすべて赤い点だった。どうも二層構造らしい。手を振ってみると、簡単に崩れてサイコロがぽろぽろと落ちて行

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明の14「積木遊び」(31)

 私は、肉体にとどまらぬ人の殺意を未だかつて見たことがなかった。あの拳は、確実に私を殺すつもりだったのか、いいや違う。彼の発言からも明らかなように、彼は私を殺すつもりなんぞ毛頭なかったのだ。彼は私の手で殺されることを拒み、自殺によって私から永遠に雪辱を奪ったのだ。あの拳に殺意があったようには思えない。死とは永続性をもつ概念であることを、私は心底味わされたのだ。果たして自分にそんなことが可能とは、思

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香山の14「仮想化」(32)

 明がお宮を連れて出ていった。ドアを閉める音がして、私は一人ぼっちになった。何となく、私はドアの淵を撫で、ざらつく素材が指に与える感覚を楽しみ、やがて私は退屈した。
 頭の中に、キャバクラの店内が映し出された。隣に座る嶋が笑っていた。過去を想起しているのだと気づき、彼の笑いの前の発言を私は思い出した。
「俺も含めて、この世の中は実に吐き気のするほど穢れた人間どもであふれていると思っている。みんな、

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香山の15「輪廻」(33)

 では死ぬのか? あの一種の臨死体験の際に見えた死には、確かに万物に絶対的優位を見せつける美しさがあった。今一度苦痛に伴われる死を眼前に置けば、再びあの美のシャワーをかぶり、そして私は、免罪を得て永遠に旅立つのではないだろうか? しかし、ここで、私は自身の死は遁走だという、反対の観念を得た。他人に負わせた傷と自身の負った傷の両方を私は抱擁し、癒さねばならないのではないだろうか? 私が死ねば、私の将

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