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安藤むるめ
2020年3月31日 12:00
■照射[読]しょうしゃ照り射す[例文]ボールは子供たちに転がされるがまま砂のコートをあっちにいったりこっちにいったりしていた。グラウンドの奥の方で陽炎がたち白い鉄の棒でできたゴールマウスがゆらゆら揺れているように見えた。炎天下で遠くに見える海から湯気が立っていた。よくみると大きなタンカーが煙をはいていた。そのあたりの海面は塩を撒き散らしたように白くキラキラと光っていた。しばらくす
2020年3月30日 19:46
■厳格[読]げんかく厳の格[例文]細長い木の戸口は、ぴしっと塀に埋め込まれていて、だらしない隙間は全くなく、外面的な形式をきちんと保つ口数の少ない痩せた淑女のように厳格そうだった。よく見ると角も擦れていて年月の経過を思わせる色褪せた木面に浮かぶ疲れた表情の奥には、実直であり続けるための、ある種の頑丈さがあった。かつては水を含んだような艶に包まれていた木面には、それにふさわしい
2020年3月28日 18:15
■土塀[読]どべい土の塀[例文]このあたりではもう珍しくなった土壁の塀には子供が木の枝で引っ掻いた長い傷が幾つもあった。通学路でもあるこの狭い道路で子供が悪戯しながらここを通り抜けるのは、風の吹き抜けた青い空に飛ぶ鳥を見つけて目で追いかけるのと同じように自然の行為だった。子供達が日々更新していくその傷跡は深い轍になって、風雨に抉られた自然の穴から細い木の戸口まで続いていた。大人の
2020年3月26日 19:23
■運命[読]うんめい運ぶ命[例文]いつのことか全く記憶にない神秘の年に撮影された家族写真が実家に飾られていた。父親の真剣な眼差しと母親の少し冷めた感じのする美しさが私たち兄弟のあどけない幼さを引き締めていた。幸福感よりは規律正しさが滲む写真だった。これと全く同じ構図で現在を撮ってもらおうと弟が言い出して、数日後に実際に正装して写真館に向かった。出来上がった写真をみると、父
2020年3月23日 21:11
■同僚[読]どうりょう同じ僚[例文]伸び伸びとしたところは子供時代に置き忘れてきたみたいにいつもオドオドしていてどんな質問にもうまく答えられない同僚がいた。彼女らしさという彼女の世界について、誰もその扉を見たことがないので、そんなものはないものだとほとんど全員が思っていた。見つめていると影が薄くなって消えていくんじゃないかと思うほど居心地が悪そうだったので、なんでいつまでもこ
2020年3月22日 16:48
■月光[読]げっこう月の光[例文]頭からかぶったシャワーの水が次第に体に流れて全身を浸していくように月の光がベランダに留まっていた闇の影を白い光で洗い流し明るく浸した。外に出てみると月にかかっていた雲がすごいスピードで逃げるように流れていくのが見えた。それにしても大きい月だったので薄い金糸の刺す輝きの隙間から月の地表が見えそうなくらい近くに感じた。人間はあそこに降り立ったんだ
2020年3月20日 14:03
■夜空[読]夜空夜の空[例文]ベールになっていた雲が右から左に流れていき、その下から粉チーズみたいな星の群れの素顔が現れた。星はまるで陽炎のようにチリチリと揺れていて、果てしない距離の向こうで星は燃えているのだ、と私は思った。星がつくる陽炎の中央に明滅するものがあった。それは消えては顕れてをゆっくり繰り返していて、その間隔は次第に短くなりやがてはっきりとしたプラチナの光が煌々と輝
2020年3月19日 17:36
■空席[読]くうせき空いた席[例文]電車は今日も空いていた。席には座らず白い吊り革の手すりが列車の奥まで続いているのを立って見ていた。こんな風に規則正しく吊るされていると、晴れた日に洗濯された白いシャツが並んでいるみたいで気持ち良いなと感心した。いつもの混雑した車内では誰かの横顔しか見えないのでそれを眺め続けるわけにもいかず窓の外を見ている。私はいつも朝陽の差し込む南側を
2020年3月17日 19:32
■情熱[読]情の熱[例文]人の美点よりは欠点ばかりが目に止まってしまうので、せめて自分の作るものは美しくしようと思った。あれもダメこれもダメだと言ってるうちにキャンプファイヤーの炎のように勢いがついてしまった負の感情は燃えあがって、そもそも何が良かったのかさえわからなくなっていった。たしかにあったはずの情熱は燃え尽きて、焼け焦げた木の枠組みは黒い灰になろうとしている。その
2020年3月16日 20:31
■蝗害[読]こうがい蝗の害[例文]真っ黒な雨雲が遠くの空に見えた。これは一雨くるなと思って雲が近づいてくるのを見守っていたらなんと翅虫の大群だった。彼らの翅の震える音が空から落ちてきて、太鼓を叩くように地面を揺らした。地に降り立った翅虫の、作物を咀嚼する口角の鋭い音と翅の振動が混ざりあって世の中のすべての矛盾と理不尽のために作られたような不快な音があたり一帯に響いた。彼らの牙
2020年3月13日 15:21
■月光[読]げっこう月の光[例文]優柔不断な気候が空の上で右往左往する3月の少し寒い夜に、月の光が白と金の柔らかい色で広がっていて、眠りにつこうとする民家を照らしていた。帰宅途中の私は路地の隙間から差したその光がいつもより眩しいことに気がついて、足を止めた。何かがおかしいなと思って、しばらくその場に留まり、見るともなく月を見た。何がおかしいんだっけ。考えれば考えるほど
2020年3月10日 18:08
■時間割[読]じかんわり時間は割れる[例文]毎日家にいるもんだから暇でしょうがないと娘が言うので、一緒に時間割を作った。学校の時間割を真似して作った一覧表は、大人でいうtodoリストになっていて①いつまでに②何が③どれくらいできるようになっているか記されている。妻は音楽を担当して、ピアノをおしえることになった。この科目の目標は、米津玄師のパプリカを弾けるようになることで、初日
2020年3月9日 18:13
■立入禁止[読]たちいりきんし立つのも入るのも禁止[例文]雨の降るしっとり濡れた空気が指にあたって冷たいので傘をさす持ち手を変えながら歩いていた。左手から右手に、また左手に戻したくらいの頃に図書館に着いた。扉を開けるとまず検索機があって、今日はその手前に二つ赤いコーンが置かれていた。先っちょに繋がれた紐に案内紙がぶら下がっていて「立入禁止」と大きく赤字で書いてある。中に入ると
2020年3月7日 15:23
■黒猫[読]くろねこよく伸びている[例文]試験会場に少し早く着いたのでカフェに入った。テーブルで娘は復習をはじめて、私はソフトクリームを食べた。ガラス張りの壁の向こうに、気持ちの良い陽光に浴して伸びをする黒猫がいた。猫ってあくびするんですね。娘に猫だよと言ったら彼女は顔を上げて、ホントだねと言ってまた顔を下ろした。2ヶ月くらいして日本漢字能力検定十級に合格した証明書が届い