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好きな記事、好きな小説、好きな文体

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2021年2月の記事一覧

【ショートストーリー】三条大橋の男

【ショートストーリー】三条大橋の男

「お母さんおおきに。行ってきます」

兎の結は、タクシーにのって、街から少し遠い料理屋のお座敷へ向かった。 

料理屋につくと、すでに地方の姉さんがたがついていて、一番下っ端の卯の結(うのゆう)は慌てて挨拶をした。

どうやら今日は、舞妓は卯の結一人だけらしい。

お座敷はいつもどおり進んでいき、5、6人の客も、芸妓の姉さんも酔いが回ってきたころ、卯の結は、自身に向けらている熱い視線に気がついた。

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画太郎先生、だぁ〜い好き♡

画太郎先生、だぁ〜い好き♡

あたくしは、

小学校四年生の時、すこぶるに頭が悪かった。

成績は、ゲボ吐くくらい悪かったのだろう。

担任の先生が、家庭訪問の時に

本当に褒める所がなかったのだろう。

「明るい。元気、明るい。いい子!」

その話題だけで1時間、しのいでみせた。

母親はそれを察知して、

「このままでは息子はとんでもないバカになる」

と思い、僕を本屋に連れて行った。

そして、なにか教養にいい本がないか

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「花束みたいな恋をした」と「ドライフラワー」における、花と恋と20代。

「花束みたいな恋をした」と「ドライフラワー」における、花と恋と20代。

映画「花束みたいな恋をした」を観た。

タイトルが"花束"なので、花束そのものがこの物語のキーとなるのかと思いきや、相手に花束どうぞするシーンなど全く出てこなかった。もちろん、卒業式にサプライズで花束を渡す所をTikTokに載せるシーンもなければ、真っ赤なバラの花束100本でプロポーズするシーンもない。

だからこの映画は、観た人に、この恋がどう「花束みたい」なのかを考えさせる作品なのだと勝手に受

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恋の行方はフルスイングの果てに

恋の行方はフルスイングの果てに

そんな綺麗で聡明な女の子と釣り合う訳がないんだよ、僕は。



高校で世界史の教師をしている。授業の評判は普通。寝る生徒はいないけど発言する生徒もいない。僕としては静かに授業が出来れば御の字。

時々隣の教室から盛り上がる様子が聞こえる。現代国語の佐内先生。授業がおもしろいらしい。作文の授業。出だしが良ければ本文を書かなくても「良」以上。でも、この三つを超えるものを出したらの話。

「吾輩は猫で

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「和菓子は、日本の宝だ」和菓子が嫌いだった僕が、2年間食べ歩いてみて、衝撃を受け後世に残したい16の名店。

「和菓子は、日本の宝だ」和菓子が嫌いだった僕が、2年間食べ歩いてみて、衝撃を受け後世に残したい16の名店。

2年ぐらい前から、和菓子屋めぐりにハマっていて、食べに食べた。今までちゃんとまとめてなかったな、と思いつくままにnoteに書いてみたいと思う。

老舗の和菓子屋さんは奥が深すぎて、名字が奥でよかったと思った。

歴史も長く、味わいも変わらない和菓子は、いつしか日本の宝なんじゃないかと思うようになった。

僕は甘いものをそこまで好んで食べない。

だけど東京の向島にある長命寺さくら餅を食べたとき、そ

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【掌編】簑沢さんの話をします。

【掌編】簑沢さんの話をします。

簑沢さんとは高校二年の一年間、同じクラスでした。

簑沢さんは、目立たない女の子でした。
年頃の男子にありがちな、「クラスで誰が可愛いか」といった論争にも、簑沢さんの名前が挙がることはありませんでした。決して、顔立ちが整っていないわけではありません。長い黒髪は艶やかで、白い肌に、おはじきのような黒い目と慎ましい鼻、さくらんぼサイズの唇が載った様は、十分にチャーミングなものでした。多分。そう、多分で

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待ち遠しい春

待ち遠しい春

先日、娘からライン電話が来た。「長野の会社、不採用だったよ」とのこと。娘は、大学3年秋ごろから「私は就活しない。卒業してからはバイトして、やりたい仕事を探す」と宣言していた。

娘は生まれたときからその泣き声の大きさで、私の頭をくらくらさせ思考停止状態にしてきた。おしゃぶり代わりにだし昆布をあげてヨダレだーだー、食欲満点、まん丸顔の金太郎のような元気な幼少期を過ごした。

17年前の中越地震で、1

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雲のはたて

雲のはたて

石牟礼道子さんの全集を、よく読む。
ふれるたび、思い出すということを思い出す。

石牟礼さんは古いことばをよくつかう。
(能く遣う、とも言える。能力として、とき放っているというか)

好んでつかわれている印象的なことばが「はたて」。
はたてとは、果てのこと。漢字としては、涯をあてたりもする。
遠ざかったはるかむこうの果ての果て、いちばん遠くにあって、見えなくなってゆくような、消え果ててしまうような

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【SS】兎の罠

【SS】兎の罠

巣穴から子兎が頭を出した。

自慢の長い耳。
どんな音でも聞き分ける。

風のざわめき、鳥のさえずり、猟師の足音。

「くれぐれも罠には気をつけるんだよ」
巣穴の奥から、母兎の声がした。

「もう子どもじゃないよ。罠なんか平気さ」

子兎は巣穴を飛び出した。
日差しがまぶしい。

元気に山を駆けまわる。
罠を見つけると、小枝を使って壊した。

一日中遊びまわった。

子兎が遊び疲れて帰ってみると 

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【小説】 つぎのおはなし

【小説】 つぎのおはなし

「ゆうちゃん、もうおしまい。帰るよ」
 そう繰り返す私の声は、徐々に厳しくなっていった。

 それは、入院している父を見舞いに行った帰りのこと。病棟の来客スペースにあるテレビを食い入るように見つめる二歳の息子は、一つのことに熱中しだすと、なかなか次の行動に移ってくれなかった。
「お母さん、これから買い物行かなくちゃならないの。はやくして」
 無駄だと分かっていても、イライラしてしまう。もうちょっと

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【ショートショート】フェイク彼女

【ショートショート】フェイク彼女

インターフォンが鳴った。女が言う、
「私はフェイク彼女です。入れてください」
「はい??」
「フェイク彼女です」
「彼女なら間に合ってます。お引き取り下さい」
「そんなはずないわ。テキトーなこと言わないで。あなたは昨日フラれたばかりでしょ?私が必要なはずよ」

 あまりの強引さに負けてドアを開けるはめになった。フェイク彼女は、案内されてもいないのにまっすぐリビングルームに向かった。

「何しに来た

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