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待ち遠しい春

先日、娘からライン電話が来た。「長野の会社、不採用だったよ」とのこと。娘は、大学3年秋ごろから「私は就活しない。卒業してからはバイトして、やりたい仕事を探す」と宣言していた。


娘は生まれたときからその泣き声の大きさで、私の頭をくらくらさせ思考停止状態にしてきた。おしゃぶり代わりにだし昆布をあげてヨダレだーだー、食欲満点、まん丸顔の金太郎のような元気な幼少期を過ごした。

17年前の中越地震で、1週間の避難生活。それが影を落としたのか、自然現象を極度に怖がる小学生に成長した。とくに風。風が吹くと世界が壊れると言って、頭痛や腹痛に悩まされた。窓から草がなびいているのを見ても顔色が悪くなって布団の中に避難した。

まん丸顔の金太郎にもそういう繊細さがあって、まして思春期となると、人の目を怖がったり、すぐに泣いてしまう自分に自信をなくし、不登校から保健室登校になった。結局、卒業式には出ず、高校は地元は絶対に嫌だと、知り合いが皆無の遠方の私立校を選んだ。

もともとはまん丸の元気娘だもんで、そこでは水を得た魚のように、元気ハツラツで3年間過ごせた。部活はジャズのビッグバンド。そこで恩師に出会い、「君は腕力ありそうだから、ドラムやれ」とのありがたいお言葉を頂いた。大学でもジャズバンドを継続し、ドラム兼部長をつとめた。アメリカへの演奏旅行なども経験させてもらった。

そのまま、ジャズの方向へ行くのかな?と思っていたが、「有機農業がやりたい」と言い出した。

高校生のころ、赤峰勝人さんという、無農薬有機農法では有名な人の講演を聞きに行き、帰りに寄った喫茶店で、泣きだした。講演で聞いた、日本の農業の現状に腹が立ったようだった。なんとかしたい、でも今の自分では何もできない。それが悔しかったのかと思う。

その気持ちがずっと地下水のように流れていたのか。卒業したらバイトしてやりたいことを見つける、と言っていたけど、すでにネットでいろいろ探して、職場体験などにも申し込んでいたらしい。長野の会社は、ゲストハウスを運営しながら、自給自足で地元密着型の経営だった。

コロナ禍で、収益の80%を占めていた海外観光客向けの事業が出来なくなり、新しいサービスのための即戦力を求めていたようだった。新卒で、農業を学びたいという娘のような人は、採用されなかった。帰って来て意気消沈、それまでの自分の歩みまで、否定したくなっているようだった。私も「あんまり焦らないでいいよ、一旦うちに帰ってからまた考えれば」と言ってみたが、娘は「絶対地元に帰りたくない。みじめだもん」という返事だった。高校から地元を離れたことが、何かに負けたように思えているのだろうか。何者にもなれずに帰ってくることが、みじめだとでもいうのだろうか?

「自分はここにいるよ!」という場所に立ちたいんだと、悔しそうに言った。周りの同級生たちからは、ぼちぼち就職が決まったという知らせや噂を聞くのだろう。まだフラフラしているのは自分だけだと思っているのかもしれない。現実が思っていたよりずっと厳しくて困惑する。でも理想は持っていたい。あきらめたくない。

それから数日後「こないだは感情的になってごめんね」とラインが来た。「気にしなくていいよ、そりゃそうなるわな~」と返すと、意外や、画面には明るい文字が並んでいる。その不採用だった会社の代表からメールがきて、スタッフ間での娘の評価は応募者中では最高だったこと、取り組む姿勢や気遣いも高評価だったこと、関わったスタッフが一緒に働けなくて残念がっていること、などを伝えてくれたという。採用されなかったけど、すごく自信がついた、ということだった。

私はこの代表者の心遣いが、とってもありがたかった。就活って、(私は未経験なんだけど)いくつも受けて、不採用で何度も「あなたはうちではいらないよ」と言われて、どんどん自分に自信がなくなっていく。そういうイメージだった。(※個人の感想です)

でもこの会社では、不採用になった人もこうして気遣い、前向きな気持ちさえ引き出してくれている。自己嫌悪で、今までのすべてを否定したくなっていた娘が、自信が持てたと明るく言っている。ほんとにありがたいことだった。

娘はもう「地元に帰るのはみじめだ」とは言わない。いったん帰って、バイトしながら、また探してみるよ、と言っている。

中学卒業以来、7年目にして娘が我が家に戻ってくる。うれしいったらない。「県外。絶対県外に行きたい」と言ってはいるが、私はなんとかして近場に居てくれないかなと思ってしまう。なにか、娘にとって魅力的なことを企ててみるか…何だろうな。農業がやりたいのなら、手始めに義母の畑を手伝う、ってのが一番現実的ではあるけど。

どういう展開が待っているか。活動的な娘がいるだけで、私の毎日は俄然、色彩豊かになる。春が楽しみになってきた。



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