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小説

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短編/中編小説をまとめました。。長くないのでサッと読めます。
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プール・サイド・ストーリー 2

プール・サイド・ストーリー 2

 その日、久しぶりに雨が降った。山の手から遠く見える夕焼けは、そんなことなど素知らぬ態度で、ただ積乱雲の成れの果てを茜色に染めているのだった。馴染みのプールからの帰り、タイミング良くバスに乗り込んだ僕は、冷えた身体をどうする訳でもなく、ただ呆然と窓傍の席に座っていた。
 バスが停車のために速度を落とす際、わずかに開いた窓から、大粒の雨が車内に入り込んできて僕の肩を濡らした。ただ、濡らしていた。

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プール・サイド・ストーリー  1

プール・サイド・ストーリー 1

 九月の上旬、例年であれば夏の延長戦が如く蝉の糾弾も収まることを知らず、太陽にしても残業代をせしめる強い日差しは健在のはずで、我々は夏期休暇の思い出でも語りながら、ただプールサイドのビニール椅子に寝転がってさえいれば、しきりに吐く溜息さえも様式美として昇華されるはずであった。
 
「流石に、この肌寒さでプールはないだろう」
 電話口の向こうで葛西君がそう言えば、僕等は決して美しくない溜息を吐いた。

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夏の準備は風見鶏

夏の準備は風見鶏

 長らくご無沙汰をしてしまいました。というのも、あなたから教えて頂いた素敵な場所が、あまりに心地のよいものだから、本当であればもう色々と考え出さねばならない時分、つい僕は六月の雨音に酔いしれるかのような形で、そしてじきに過ぎてしまうでしょう梅雨の暖かな水滴の感触のみを記憶したままで、この手紙を書いているというわけなのです。
 従って、あなたから是非とお願いされた事項については、何の手もつけてはおら

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桜と共に散る雪を見たか

桜と共に散る雪を見たか

 今日、桜と共に散る雪を見たか。
 僕は見た。地面を染めるわけでなく悪意なき春雪の薄化粧。ほら、我々の視界は実に不明瞭でありながら、それでも苦し紛れに抵抗する桜の鼓動というものを、感じ取ろうとしている。数年前の、あの青年のように。

 青年には、昔から特別に想うところがあり、高校に進学するときも、大学へ入るときも、彼が見惚れた桜より離れることはなかった。彼らは幼い頃からの付き合いだったし、たとえ彼

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第七談話室

第七談話室

 いかにも悪そうな腰を屈めて、彼が暖炉に薪を焚べるところを見ていた。木炭が弾ける音、そしてこの談話室で唯一の熱源である暖炉から離れるのを、さも名残り惜しい面持ちで眺める友人を前にして、僕は少しばかりの心苦しさを感じたのだった。
「俺が誰かを責める権利など、あるわけない」
 こちらの心境を知ってか知らずか、僕に目線を向けないまま彼はそう言った。
「冷たい隙間風、建て付けが悪いせいだ。電灯は数ヶ月前か

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鎌倉少女

鎌倉少女

 あれから五度目の夏を迎えようとしていた。沈みゆく陽の光が、朽ちた小屋の窓から差し込んでくる光景。狭い空間は次第に薄暗くなり、右手に持つ招待状の文字列は、果たして何を表しているのかが分からなくなる。
 床のどす黒い滲みは、わずか数年の月日でここまで大きさを増したのだろうか。壁の端に捨てられたようにして積み上がる舞台衣装、歪んだ姿見からは、彼らの強靭とも言える意志が。
 そして、唯一その姿を保ってい

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立っている。歩いている。そんな我々をドアが妨げている。時間は平等に流れている。悲しいまでに流れている。だから涙を流さずに少しでもドアを開こうとした件について

立っている。歩いている。そんな我々をドアが妨げている。時間は平等に流れている。悲しいまでに流れている。だから涙を流さずに少しでもドアを開こうとした件について

 自動ドアの前に立っている。私が優しく手を前に出すと、それは何の抵抗も、我儘も言わず素直に我々の道を開いてくれる。空気は静かに循環して、苦言の一つも漏らさずに立ち去る。例外なく私は前に進む。ドアを開けた電力への感謝を持たずして、我々は一歩前に進む。意識なく、力なく、何の思考も持ち合わせない誰かであったとしても、ドアは素直に道を譲る。

 閉ざされたドアの前に立っている。かざした手は無視されたかのよ

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未来世紀の子供たち

未来世紀の子供たち

「知っての通り、航空車が普及した今となっては、航空法の改正により様々な物が規制されています。例えば、打ち上げ花火......」
 ──花火? 

 大人はいつだって、自らが知り得た物をさも創造主の様に語るのだ。僕等の世界は、どこまで行ったとしても彼等の延長であり、そんな生に取り憑かれている我々は、果たしてどこまで足を伸ばせるというのだろうか。

 人類が地を離れて二十五年が経過した。配食の普及によ

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華火116

 遥かなる未来の想像というのは、我々が辿ってきた数千年の歴史を想うより、いくらかは楽なものである。葛西教授は、まるで課題に手をつけようとしない私に向かってそう言った。
 ボードに描かれた様々な風景画、それは彼が創造した新世紀であった訳だが、当時十歳にも満たない少年には理解出来るはずもなかった。
「陸を離れ、空を目指す人類において、困難なのは水、そして食糧の確保だ。我々は天にまで届く太いチューブを介

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きらめけ☆青雲学院!

きらめけ☆青雲学院!

 ハロー! 私、青雲学院の夢見る女子校生、高野ゆかり。いつも退屈な授業ばかりでやんなっちゃう。でも、そんな日々にも心躍る瞬間というのはたしかにあって......。ああっ、噂をすればなんとやら。目当ての彼が、横断歩道を今過ぎようとしているわ。一人の男に翻弄される人生は、果たして惨めかしら? 滑稽かしら?でも、私だって輝かしい青春を、口に出したい年頃なの! 周りが何と言おうと、それだけは押し通させても

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秘めたる才能を開花させよ!

秘めたる才能を開花させよ!

跳ばない僕は、ただの優等生だ。
──シベリアより愛をこめて

 凡人に天才の思考は理解出来ないと、昔から話ではよく聞くものの、実際に納得がいく形でそれを実感したのは、後にも先にもこれくらいだろうと思う。
 大学で知り合った葛西君、暇さえあれば図書館で小難しい文献を漁り、カフェブースの端に座って、なかなか減らないコーヒーを相手に首を傾げたり頷いたり。奇妙な奴だとさえ思う。彼が何の講義を取っていたのか

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静かなる隣人、大いなる可能性を語る

静かなる隣人、大いなる可能性を語る

 よく顔を出すと言っても、駅前の喫茶店にて繰り広げられる平凡な日常の様ほど、代わり映えしないものはあるまい。肌を寄せあうように座る人々の内、幾らかは常連客かもしれない。幾らかは馴染みのない客かもしれない。彼らの半数は降り頻る小雨から逃れるため、残るは何かの目的をもって、湯気の立ち登る珈琲カップに口をつけるのだろうか。
 僕が玄関のドアを閉めたあとの自室。秩序が保たれ、無言、無音の世界であるはずなの

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Merry Christmas

Merry Christmas

 あの果てしなく続く階段を駆け降りて、君に自らの想いを......この胸に隠し持っていた2つとしてない気持ちを伝えてからから、はやくも5年の月日が経ったという訳だ。
今日も吉祥寺駅では変わらぬ人混みが列を作り来たる聖夜に向けて準備をしているのだろう。互いの表情を見合わせながら、プレゼントの袋を手に下げるカップルのなんと多い事か!

あの時の僕は、まるで気の利いた台詞の1つも言えず、緊張と乱れた呼吸

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螺旋階段の夜

螺旋階段の夜

 このような真夜中に考えつく文章は、如何に浅はかで展開を広げる余地もなく、ただ外の夜に浮かぶ月だか街灯だかに吸い込まれて行く運命にある。散り散りとなった思考を纏めたいのであれば、今にも閉じそうな瞼に力を入れる必要など無いものを、私はまた意固地になって何を表現しようと言うのだ。
──あの螺旋階段は、今もなお建っているか。貧弱な睡眠欲を奪い去ったのは、こんな考えから来る好奇心だった。あの螺旋階段、等と

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