秘めたる才能を開花させよ!

秘めたる才能を開花させよ!

跳ばない僕は、ただの優等生だ。 ──シベリアより愛をこめて  凡人に天才の思考は理解出来ないと、昔から話ではよく聞くものの、実際に納得がいく形でそれを実感したのは、後にも先にもこれくらいだろうと思う。  大学で知り合った葛西君、暇さえあれば図書館で小難しい文献を漁り、カフェブースの端に座って、なかなか減らないコーヒーを相手に首を傾げたり頷いたり。奇妙な奴だとさえ思う。彼が何の講義を取っていたのか、関係が希薄となった今では分からないものの、我々は図書館という共通の空間をもって

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記憶の旅日記10 シベリア

記憶の旅日記10 シベリア

今回は祖父の話。母方の祖父は僕の生家の隣町、鳴海に住んでいる。今年で98歳になって、酒も煙草も呑まず、毎朝決まった時間に起き、決まった場所に置かれた歯ブラシで歯を磨き、決まったルートを散歩に行き、祖母の仏壇の前で大きな声でお経をあげ朝ごはんを食べる。決まった銘柄の食パンを決まった時間トースターで焼き、マーガリンを4つ角に置き、すっ、すっと4回食パンを回しながらバターを伸ばしていく。茶道のような型がそこにあり、正しく生きることの教科書がそこにある。 祖父は20代前半の頃を中国

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おそロシアも割となんとかなる — 2.シベリア道中
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おそロシアも割となんとかなる — 2.シベリア道中

シベリア鉄道に乗り込み、荷物を整理したらいい時間になったので、買ってきた夕飯を食べることにした。といっても先程の爆盛アイスでお腹いっぱいであったので、キャベツのピロシキ一つで十分だった。 夕飯のお供に、ロシアの大体のスーパーで売っていたこのりんごジュース、非常に美味しかったので超おすすめです。あと各車両にサモワール(湯沸かし器)があって、いつでも熱湯が出るのでお茶も入れられる。天才すぎる。 写真を見て思い出したが個人的に延長コードは必須。複数人で行く場合はコンセントが圧倒

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シベリア出兵とは何だったのか――匝瑳胤次『深まりゆく日米の危機』より
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シベリア出兵とは何だったのか――匝瑳胤次『深まりゆく日米の危機』より

今回は昭和7年の海軍軍人、匝瑳胤次(そうさ・たねひろ)氏の『深まりゆく日米の危機』より「シベリア出兵」に関する文章を転載したいと思います。一部現代語調に変換しています。アメリカは当時1913年から1921年までウッドロウ・ウィルソン政権の時代であり、現在のアメリカを支配する層が権力を掌握した時代でもありました。 ウッドロウ・ウィルソン政権 アメリカの3A政策合衆国がかつてアメリカ・アラスカ・アジアを連絡するいわゆる3Aシステムの大鉄道計画を提議し、近くはハリマンの世界一周

「列の先」

「列の先」

朝 起き出すと 列 そこに並び トイレを待つ 洗面を待つ 列を作って 順番を待つ そんな集団生活の不自由 そんな経験 久しくない 経験したくもない 列 列というのは その先に何かがあるもの 列 見ると並ぶ 待てば何かが与えられる 列 並ばぬ選択肢はない 勤務先を夕方出て 徒歩で会場へ 列につき ちょっと並んだだけで 注射の番 整然とした列 どんどん進む列 何人もの係員が誘導する列 迷う間もなく 進め 進め と 案内する列 待っている感じはない ワクチン接種求め 老齢には

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ソビエトで見たもの

ソビエトで見たもの

私は1990年、大学の卒業旅行にソビエトを選んだ。いきなり初めての海外旅行がソビエトって凄くない?と思うだろうが、私には3つの理由があった。 1.シベリア鉄道に乗りたかった。 2.ショスタコーヴィチの交響曲が初演されたレーニングラード(当時。今はサンクトペーチェルブールグ)音楽院大ホールでレニングラードフィルの生演奏を聴きたかった。 3.医師国家試験の自己採点があまりに酷かったので黒海に身を投げて死のうと思った。 まあそんな理由でシベリア鉄道に乗ったのである。シベリア

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『からゆきさん』は、有名な売春婦のはなしですっ!!!!※『あめゆきさん』『ジャパゆきさん』もありますよっ!!

『からゆきさん』は、有名な売春婦のはなしですっ!!!!※『あめゆきさん』『ジャパゆきさん』もありますよっ!!

①からゆきさんWikipediaも参照して下さい 「一日一晩のうちに、49(人と)したよ……」。16歳の少女は、船底で汚物にまみれて海を越え、見知らぬ異国で春を売った。幕末から明治、大正にかけ、貧しさから海外に渡り、娼婦(しょうふ)として働いた女性「からゆきさん」。その一人が約60年前、その過酷な体験を赤裸々に語った約12時間分の肉声がテープに残されていた。からゆきさんが自らについて語ったり書き残したりした史料はほとんど残っていない。この女性はシンガポールで裕福なイギリ

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2010年極東国際列車旅行(2)

2010年極東国際列車旅行(2)

 ハルビン行き列車は夕方に発車。実際には間宮海峡の街ソヴィエツカヤ・ガヴァニ行きの一番最後に一両編成で併結されている形。車掌に切符を提示。車内はごく標準的な普通の2等寝台、クペー(Купейный)。ただし上段の寝台はすべてたたまれている。車掌は2名いるが、乗客はまだ私一人、と思っていたら結局そのままウラジオストクを出発してしまった。  列車は1時間少々走ったらウスリースクに到着。ここでソヴィエツカヤ・ガヴァニ行きの編成から切り離され、引き込み線に留置されたのちに一晩停泊。

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2010年極東国際列車旅行(1)

2010年極東国際列車旅行(1)

 中朝国境のビューポイントはほぼ見尽くしたような気がしたので、今度は中露国境にチャレンジ。  今回の日程は、船でウラジオストクに行き、そこからハルビン行きの国際列車に乗車、ハルビンを観光して大連に寄り帰国というもの。船で国外に行ってみたかったというのもこのルートを選択した理由。  その船ルートだが、2004年に富山から乗った船がマニアックに面白かったので、今回もそういうのがあればいいなと思っている。ただ、冷戦時代から存在した由緒ある極東航路は既になく、替わりと言っていいのかわ

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ちょっとした新聞記事から思いめぐらす、あこがれの鉄道の旅

ちょっとした新聞記事から思いめぐらす、あこがれの鉄道の旅

「莫斯科」 読めませんよね。 中国語の地名、駅名をいくつかは覚えました。行先案内板を見て、頭の中で地図を開きながら、この方面行きかと考える。北京駅での待ち時間の楽しみのひとつでした。 「合肥、哈爾浜、包頭、斉斉哈爾、莫斯科??」 調べると、「モスクワ」 直行便があるとは思いませんでした。そうロシアとは地続きなんですよね。 こんなことを思い出したのは、中国各地から鉄道便でモスクワを経由して欧州にモノを運ぶルート、これが今注目されているという新聞記事。日本からも中国まで航