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立っている。歩いている。そんな我々をドアが妨げている。時間は平等に流れている。悲しいまでに流れている。だから涙を流さずに少しでもドアを開こうとした件について

 自動ドアの前に立っている。私が優しく手を前に出すと、それは何の抵抗も、我儘も言わず素直に我々の道を開いてくれる。空気は静かに循環して、苦言の一つも漏らさずに立ち去る。例外なく私は前に進む。ドアを開けた電力への感謝を持たずして、我々は一歩前に進む。意識なく、力なく、何の思考も持ち合わせない誰かであったとしても、ドアは素直に道を譲る。

 閉ざされたドアの前に立っている。かざした手は無視されたかのように泣いている。実際に私も涙を流してみる。座った後に立ってみる。声を出してみる。我儘を言ってみる。開かないドアに苦言を呈する。座った後に立ってみる。何も起こらない障害を前に、何も起こさない私が立っている。座っている。我儘を言った後に涙を流している。ただ、祈りの涙を流して──

 泣き疲れた私は、ドアを強く押してみせる。だが、それでもドアは開かない。指に力を入れ強く強く押してみる。だが、やはり開かない。指は白く変色し、やがて紫色へと姿を変える。土を踏む靴は擦り減り、前のめりの我が上半身はドアに密着した格好で醜く潰されている。

 一年が経つ。五年が経つ。十年が経ったなどと考えた矢先に、二十年が経つ。部屋の電気はずいぶんと前に切れてしまい、ただ暗闇の中で止まることのない時計の針が、私に時間の経過を伝えている。一分が過ぎる。五分が過ぎる。十分が過ぎたと考えた矢先、二十年が過ぎる。あっという間だった。あっという間に、時間は圧倒的な公平さを保って、たしかに我々の間を過ぎていった。

 財を成した者がいる。家族を得た者がいる。名誉を得て、後世に名を残した者がいる。皆が平等に時間を消費して、永久に切れることがない時計の中で、ドアを必死に押している。

 私は叫ぶ。残された力を振り絞り、周囲に助けを求める。数十年開くことのなかったドアはいとも簡単に外部の力で光を漏らす。

 翌日、私が寄り添っていたそれは自動ドアに姿を変える。いとも簡単に外部の光を漏らす。

 自動ドアの前に立っている。私が優しく手を前に出すと、それは何の抵抗も、我儘も言わず素直に我々の道を開いてくれる。空気は静かに循環して、苦言の一つも漏らさずに立ち去る。例外なく私は前に進む。ドアを開けた電力への感謝を持たずして、我々は一歩前に進む。意識なく、力なく、何の思考も持ち合わせない誰かであったとしても、ドアは素直に道を譲る。

 ──そして、忘れる。すべて忘れてしまう。

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