【シュルレアリスム猪木】 『1976年のアントニオ猪木』柳澤健・著
実は猪木と私の蜜月は短かった。
猪木vsロビンソン、猪木vsシン(大阪腕折り)、猪木vs小林、猪木vsパワーズ、全てリアルタイムで観た。
今観なおしても、あの頃の猪木は光り輝いていた。
猪木vsアリもリアルタイムで観た。
しかし、その後から何かが違ってきた(筆者註:おそらく猪木の「もみあげ」が無くなった頃からである)。
猪木の試合を観ても胸躍らなくなった。
ハルク・ホーガンやボブ・バックランドらの対戦相手も、私には「下手」な相手でしかなかった。
スタン・ハンセンは面白かったがやはり下手くそで、彼のピークは全日本で四天王とやってた時期だと思う。
ただ、世間では猪木、タイガーマスクが大ブームを起こしており(私は高校生になっていた)、それに感化されたニワカたちが学校の教室で下手くそなプロレスごっこをしているのを冷ややかに見ていた。
ある日、高校の柔道場でニワカたちがプロレスごっこをしていたので、ふらりと参加した。
私は、まず「相手のワザをキレイに受けた」、基本中の基本である。
その時点でニワカたちが騒めいた。
さて、そろそろ技を出すか、と
私は「フロント・インディアン・デスロック」や「ローリング・クレイドル・ホールド」という、黄金の1970年代アメリカン・プロレスの名技を繰り出した。
タイガーマスクの真似ばかりのニワカたちが「凄え!」と絶叫した。
私がカナディアン・バックブリーカーを仕掛けた時にヤツらの興奮はピークに達した。
最後は、ニワカの技を受けてスリーカウント取らせて終わった。
直後、私とやったニワカの一人がつかつかと近づいて来て、
「あの~、、今度学園祭でプロレスやるんで、出て貰えませんか?」
と、私にオファーをしてきた。
「ああ、いいよ」と軽く答えた。
「プロレスは、プロレスという時空間を作り上げるアートだ。
単なる技の出し合いはプロレスとは呼ばない」
私のプロレス・レベルはニワカ高校生たちの遥か上空にあった。
さて、久しぶりの試合だ、とそれなりに楽しみにしていたが、
学園祭プロレスはプロレス嫌いの数学教員によって潰された。
「プロレスは世間との戦いだ」
猪木の言葉である。
さて、
改めて『1976年のアントニオ猪木』と言う本を読み直している。
1976年とは、猪木が五輪金メダリストであるウィリエム・ルスカ、モハメド・アリ、そして韓国とパキスタンで「相手の目をえぐり」「腕を脱臼させた」試合を行なった年である。
歴史を遡れば、プロレスという「アメリカの大衆芸能」を「真に受けて」、芸能とリアルファイトの間を揺れ動いたのが日本のプロレスである。
日本のプロレスの始まりは「大相撲 meets アメリカ」であった。
大相撲という「五穀豊穣を祈願する日本古来の神事」も、いつしか西欧近代主義に侵され、今や「スポーツ的な公正性」を求められてしまうに至った。
その大相撲の「良き部分」、すなわち「曖昧性」を受け継いだのが日本のプロレスなのである。
どれがリアル?どれがフェイク?という近代主義を嘲笑い、日本のプロレスの「曖昧性」は我々の日常にまで侵入してきた。
新宿伊勢丹前の路上で、タイガー・ジェット・シンが猪木夫妻(嫁は倍賞)を襲撃した事件は、当時の一般新聞にも取り上げられた(更にそれがまた仕込みである、という二重三重のレイヤー構造の作品でもあった)。
そして、皆がプロレス的な予定調和を望んでいたvs モハメド・アメ戦は、
奇しくも異様なリアルファイトになった。
この本『1976年のアントニオ猪木』が示すものは、近代国家である日本が国中を上げて「リアルとフェイクの境界線上」で熱狂していた時代の空気である。
例えば、アリ戦の前は、スーツ姿のサラリーマンから田舎の小学生まで、日本中が異様な空気に包まれていた(註:筆者は当時小学生として、その時の日本中の興奮状態はハッキリと記憶している)。
皆で「幻想」を共有していたのである。
1976年とはベトナム戦争が終結した年でもある。
皆が政治や社会運動に辟易していた年、日本のプロレスは、
現実の中に非現実が溶け込んでその境界線を喪わせる「シュルレアリスム」
を体現したのである。
「シュルレアリスム」とは、そもそもは大戦期にフランスを中心に起こった戦争に対抗する芸術運動であった。
それがアントニオ猪木によって「シュルレアリスム」が図らずも我々日本人大衆に血肉化されたのである。
力道山が「大相撲とアメリカ」を架橋し、その橋を通って、
アントニオ猪木がプロレスを一般社会に侵入させたのである。
そして現在に至るまで、日本のプロレスは無くなるどころか新たな「シュルレアル」運動を続け、今日も「虚と実の境界線」を揺さ振り続けている。
いかがわしさ、ペテン、胡散臭さ、怪しさ、混沌、闇、、、
これらは、この世界を輝かせる魔法のツールなのである。
この世界にもっとプロレスを!!!
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