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築地波除神社に行って参りました
yayoiさんの記事を読んでいたら、築地波除神社のことが書いてあり、ふと「行ってみよう」という気になってので、行って来ました😆
yayoiさんの記事はこちらです。
築地本願寺や築地の街並みも書いてあり、充実した内容です。
築地波除神社のサイトはこちら
築地の街を散歩もしたので、久しぶりに魚屋さんの魚の匂いを感じられた日でした😄
築地も未来へと開発は進んでいくようですが、この神社がある
日向を出港し、椎根津彦を水先案内とした船軍は途中宇佐に立ち寄り、なぜか筑紫の岡水門へ向かいました
【いっしょに〝記紀〟を旅しよう!】第4話 筑紫への巻
速吸之門
日向を出発した神武天皇の船軍が速吸之門(豊予海峡)に至ったとき、珍彦という漁師が小舟に乗って現れました。天皇は珍彦に椎のさおをさしわたして舟に引き入れ椎根津彦という名前を与え水先案内としました(日本書紀訳)。
椎根津彦は水先案内だけでなく、後に大和の天香山の土を採取、兄磯城討伐などでも活躍し、東征メンバーの中で智将的な働き
オススメの社寺⑥ 気比神宮と常宮神社
今回は、北陸新幹線の延伸で注目の福井県敦賀市にある気比神宮と常宮神社をオススメします。
都怒我阿羅斯等
『日本書紀』第11代垂仁天皇の巻に、先代崇神天皇の時、額に角の生えた都怒我阿羅斯等が当地にやってきて、それが角鹿つぬが(敦賀)の地名の由来となったことが記されます。
仲哀天皇と神功皇后
次に『日本書紀』に当地が登場するのは仲哀天皇の巻です。「(仲哀天皇)2年1月11日、気長足姫尊(古
ニギハヤヒの伝承地を訪ねる⑨ 伊香色雄命と肩野物部氏
『新撰姓氏録』記載の物部氏関連氏族は約100氏族。その半数が祖神とする饒速日命六世孫 伊香色雄命。
今回はその伊香色雄命ゆかりの地と肩野物部氏について考えます。
前回の石上神宮の話しの続きですので、よろしければそちらもご覧ください。
伊香色雄命の邸宅跡
「ひらかたパーク」に隣接する大阪府枚方市伊加賀町。その高台にある宮山という場所は、かつて伊香色雄命の邸宅と伝わる意賀美神社がありました
オススメの社寺⑦ 大和神社
大和神社
奈良県天理市新泉町
ご祭神
日本大国魂大神(大己貴神の荒御魂)
八千戈大神(大国主神の異称)
御年大神(素戔嗚尊の御子神)
オススメの社寺と言いつつ、古代史の謎へご案内します(笑)
『好去好来』
私が大和神社に興味を持ったのが、山上憶良の歌『好去好来』です。「さようなら、ご無事でご帰還を」という意味で、遣唐使として出発する(733年)多治比広成に向けて詠んだ歌とされます。山上憶良
神社仏閣参拝の軌跡 若子神社〜寂光の滝
溢れるマイナスイオン🌱
二荒山神社さんの摂社さんとのこと。
実はこの日、二荒山神社さんも参拝してますが、写真が見つからない…👀💦
そもそも撮ってないのかも、てへ。
弘法大師空海さんがこの地で修行していたらしいですね。
夫はこういう隠れ家的神社が大好きなので喜んでサクサク歩いてました。
動きやすい服装及び靴で行くことをおすすめします(o^^o)
オススメの社寺⑨ 紀伊国一宮 伊太祁曾神社
伊太祁曽神社
和歌山県和歌山市伊太祈曽558 社格 式内社(名神大)、紀伊国一宮 御祭神 五十猛命 配神 大屋都比賣命、都麻津比賣命いずれも五十猛命の妹神
五十猛命は新羅の神なの?
ご祭神の五十猛命。Webで「(朝鮮半島にかつてあった)新羅の神」と書いてあるのをいくつも見ました。なぜそう書かれるのか? 素戔嗚尊や御子神の五十猛命が朝鮮の歴史書に登場することはなく、出典は『日本書紀』に他なり
物部氏の伝承地を訪ねる⑩ 石見一宮 物部神社
シリーズで投稿しています「ニギハヤヒの伝承地を訪ねる」ですが、最近は饒速日命だけでなく、話しが物部氏全般に及んでいるので、タイトルを「物部氏の伝承地を訪ねる」に変更しました。引き続きよろしくお願いします。
今回は島根県大田市の物部神社を訪れました。石上神宮、彌彦神社と共に、宮中以外でも鎮魂祭を行う神社です。鎮魂祭は、宮中で新嘗祭の前日に天皇の鎮魂を行う儀式で、神武天皇御即位のとき宇摩志麻遅