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トウキョウ百景

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東京生まれ東京育ちの30代。 太と環は、それぞれの東京で生まれ育ち、二十歳の時に東京で出会いました。 2人が見てきた東京の景色、東京での物語を、紹介していきます。 ぼくらが育…
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#トウキョウ百景

同級生と芝公園駅に向かいながら、僕は東京タワーを変顔で見上げた

同級生と芝公園駅に向かいながら、僕は東京タワーを変顔で見上げた

高校に入学して間もない春、同じサッカー部の同期が練習中に大怪我して入院することになった。
まだまだ、隣にいる同期が良いやつなのか、はたまた相性が合わないやつなのか、探り合っているような時期である。
そんな関係性だったけれど、誰かしらの発案でとにかく病院にお見舞いに行こうぜという話になり、10人近くで学校帰りにゾロゾロ赴くことになった。

場所は、御成門にある病院だった。
地下鉄で向かう途中、お互い

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「羽田空港行き」を見て思い出すこと

「羽田空港行き」を見て思い出すこと

実家から羽田空港へのアクセスが良かったこともあって、小さい頃は空港に遊びに行くことがあった。
乗り物全般が好きだったので、空港の屋上のような場所に、離着陸する飛行機を眺めに行った。
ポケモンジェットが話題になった時にも、観に行った記憶がある。
羽田空港に遊びに行こうか?と言われると、心が弾んだ。
ただ、色濃く残っている記憶が二つあって、それらは飛行機のことではなかったりする。 

一つは、ラーメン

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浅草にある橋のたもとのお寿司屋さん

浅草にある橋のたもとのお寿司屋さん

幼少期の記憶は「前世の記憶か?」と思ってしまうほどに薄い。しかし小学生になる前、父と浅草にあるお寿司屋さんで食べたマグロの握りのことだけは覚えている。橋のたもとにある数段の階段を降りて、左にくるりと回ると引き戸に紺色の暖簾がかかっていたお店だった。

店内は白っぽい電気で、白い服を着たすし職人がいたと思う。すごく活気があるわけでもなんでもなく、和食屋やそば屋的な馴染みやすい雰囲気だった記憶がある。

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目黒駅のホームから見た満天の空

目黒駅のホームから見た満天の空

中学3年生の春頃、家から自転車で通える距離にあった、全国展開している学習塾に通いはじめた。
その学習塾では、夏休みが明けて二学期が始まってしばらくすると、同じレベルの志望校を目指す生徒をさまざまな地域の校舎から集めて、特訓クラスが開催された。
特訓クラスが開かれる校舎は目黒で、隔週日曜日に僕は地元を離れて電車で通うことになった。

目黒での授業は、昼過ぎからだった。
顔馴染みのいない教室で僕は人見

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紀尾井町に一人だけ味方がいた

紀尾井町に一人だけ味方がいた

就活をしていて、周りの全員が敵に見えたことは一度や二度ではない。特に出版社の選考を受けていたときは、あまりの倍率の高さに、周りが敵に見える確率がかなり高かった。しかし、紀尾井町にある出版社を受けたときに一人だけ味方がいた。三橋くんだ。

三橋くんと会ったのは、二次面接のグループワークの時だった。線が細く、メガネをかけた三橋くんからは賢さが漂っていた。自己紹介をする声も低く落ち着いていて、「こういう

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吉祥寺のライブハウスを出ると、月が綺麗に見えていた

吉祥寺のライブハウスを出ると、月が綺麗に見えていた

いまから10年前。
大学4年生になったばかりの4月に、無事に働き先が決まった。
それと同時に、本来であれば最後のモラトリアムを、何も考えずに謳歌するような期間が始まった。
しかし、僕にはひたすら焦燥感があった。

本当にこの会社で良いんだろうか。
転勤がずっと付き纏うけど、本当に良いんだろうか。
面接で会った偉そうなおじさんたちみたいに、僕はなるんだろうか。
もらうことができる給料は見えたけれど、

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高校生の私は阿佐ヶ谷で熱唱した

高校生の私は阿佐ヶ谷で熱唱した

たしか火曜日だったと思う。私は男子バレーボール部に所属していたが、火曜日は体育館を使うことができず、筋力トレーニングしかできない日だった。体育館が使える日より1時間早く部活が終わり、放課後に時間があった。私は高校2年の約2ヶ月だけ、この火曜日にボイストレーニングに通った。

ボイストレーニングに通った理由をはっきり思い出せないが、歌いたかったというシンプルな気持ちだったと思う。高校生になり、本格的

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渋谷の明治通り沿いで迎えた絶望的な朝

渋谷の明治通り沿いで迎えた絶望的な朝

下北沢のチェーン店で「夜中に蕎麦をすするのが似合う」と言われてから7年の月日が経っていた。
秋から冬へと移る季節の変わり目のとある土曜日。僕は当時勤めていた制作会社の、渋谷にあるオフィスで眠い目を擦りながらパソコンに向かっていた。

担当していたイベント案件でトラブルが複数起きた。
朝7時に始業して、仕事が終わるのは翌朝5時。仕事を終えた2時間後には仕事を始めないといけないから、タクシーで退社して

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下北沢で太と出会った。だからこのエッセイが始まった

下北沢で太と出会った。だからこのエッセイが始まった

走った。大学の体育館で着替えると、先輩への挨拶もそこそこに駅へ向かった。小田急線の急行に乗り込んだ。到着するといつもの下北沢がなんだか違って見えた。

下北沢についてもなお呼吸が浅い。南口商店街をぐんぐんと進み、小さな事務所の扉の前に立っていた。そこは憧れの場所だった。

大学3年。就職活動が徐々に迫っていたが、周りに比べて私の計画は順調だった。大学へ進学する際、バレーボールに打ち込みながらマスコ

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下北沢駅前の居酒屋チェーンで

下北沢駅前の居酒屋チェーンで

大学3年生の春、就活の影が見え隠れするようになってきた頃の話だ。
ティーンの頃から音楽が大好きで、その音楽を仕事にできたら幸せだろうなあ、と漠然と考え始めたタイミングで、当時よく読んでいた音楽雑誌が「音楽業界で働くとは?働くには?」という内容の講座を開くというお知らせをたまたま見つけた。
「ここに行けば夢が叶うかも」と少し興奮してすぐに申し込み、月に数回下北沢に通うことになった。

講座には、僕と

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