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【短編小説】週3日投稿

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SF・ミステリー・コメディ・ホラー・恋愛・ファンタジー様々なジャンルの短編小説を週に3日(火〜木)執筆投稿しています。 全て5分以内で読めるので、気になるものあればご気軽に読んで…
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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 八)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 八)

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僕が入る墓(遡及編 八)

「この前、京太郎に畠さ買いてえと話したらしいやないか」

「ああ、けど到底おらにゃ払えねえ量やったです」

 太助は恥ずかしそうに久保田はんから目を逸らし軽く口角を上げた。

「あの畠あんたに返そう」

「え? とんでもねえだに――。おら払えねえですよ?」

「わかっとる。あんたからは米も金もいらねえ」

 久保田はんは太助の顔をまじまじと見続けた。

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 七)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 七)

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僕が入る墓(遡及編 七)

 太助の中ではすでに何かを失う覚悟はできていた。それは自分の畠かあるいは、他の者の畠か、はたまた久保田はんとの信頼関係かはわからなかった。しかし婆さんから言われた「家族をのことを考えろ」という言葉に対する太助なりの確固たる答えだった。太助にとって親や子だけでなく、友人や村の住人も家族も同然だった。

 自分の家族の暮らしを良くしたいという思いのもと、村中

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 六)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 六)

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僕が入る墓(遡及編 六)

 太助は又三郎の必死な表情に潜む見えない圧力に動じることなく、困惑した顔を隠して言った。

「いっぺん、考えさせてくれんか?」

又三郎はじっと太助の顔を見つめると、視線を他に移した。

「わかった。早めに返事をくれや」

「ああ――」

 清乃はちょうど井戸から水を汲み終わって家へと戻ろうとすると、昼間なのに珍しく父の声が中から聞こえた。母は父を問いた

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 五)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 五)

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僕が入る墓(遡及編 五)

「ああ、やけどどうすりゃあいい。米がねえんじゃ生きてくこともできねえ」

「諦めんとき――」

 太助は地主に顔が効くためなんとか小作料をまけてもらっていたが、又三郎はそうはいかないのだ。太助はどうすれば良いかわからなかった。いくら又三郎を宥めたところで、彼の貧しい生活は変わらないのだ。

「なあ、地主の久保田はんにおねげえしてみるってのはどうや? もう

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 四)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 四)

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僕が入る墓(遡及編 四)

 太助は収穫した米を俵に詰めて縄で縛っていた。小作料の支払いの期日はとうに過ぎていた。気温の急激な変化で収穫時期が遅れたのだ。この頃ほとんど雨が降らず稲が思いの外育たなかった。しかし又三郎という新たな助っ人のおかげで、米の収穫を無事終えることはできた。

 又三郎もまた自分の畠で獲れた米を俵に詰めていた。又三郎には養う家族がいないため、米の貯蓄は少なくて

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 三)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 三)

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僕が入る墓(遡及編 三)

 度々家に顔を出す又三郎は他の小作人たちとは風格が異なり、側から見るとまるでお上の人をもてなしているようだった。しかし又三郎の異常な人への依存体質は交わるはずのない二つの空気を無理やり一体化させ、たちまち上下左右のないまっさらな関係値へと変わっていった。太助には、その不自然さを認知するほどの聡明さはなかった。太助が重きを置くことは、自分の日々の労働の成果

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 二)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 二)

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僕が入る墓(遡及編 二)

 肌を切るような眩しい日差しを浴びながら、太助は肩にかけた布で頬を拭った。すでに昼過ぎだった。片手に握っている木棒の先には土の色が滲んだ鉄が地面に刺さっていた。太助はそれを大きく持ち上げると、畠の端にそっと立てかけた。畠のそばの高台に座ると、置いてある袋を開けて、ホウノキの葉に包まれた握り飯を取り出した。女房が握ってくれたものだった。湿気で海苔が萎え、飯

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 一)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 一)

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僕が入る墓(遡及編 一)

 蝉の鳴き声と共に暑苦しい朝日が昇ると、僕たちは長い廊下を抜けて外へと出た。そこら中の外壁や窓は崩壊し、外から見ると久保田家の屋敷はまるで敵軍の奇襲を受けた跡のように廃墟と化していた。門の表には顔を真っ二つに切られた警察が倒れていた。もう一人はお勝手口付近で気を失っており、義父が頬を何度か叩くと目を覚ました。事情を理解できていない様子で僕たちの疲れ果てた

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【短編】『僕が入る墓』(後終編)

【短編】『僕が入る墓』(後終編)

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僕が入る墓(後終編)

 門の前では警察官二人がたわいもない話をしながら呆然と満月を眺めていた。

「なんで俺たちがこんなことしなきゃならねえんだ」

「署長命令だから仕方ないだろ? それに夜勤代が出るんだから我慢しろよな」

「だってよ。俺これで三日も家に帰ってないんだぜ」

「明日は帰れるって」

「だといいけど。そもそも署長は俺たちのことこき使いすぎなんだよ」

「まあ、俺も

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【短編】『僕が入る墓』(中終編)

【短編】『僕が入る墓』(中終編)

僕が入る墓(中終編)

 明美の方を見ると、うっすらと目を開けて夢を見ているように僕たちのことを眺めていた。

「明美、ママだよ。わかる?」

「ママ?」

 明美は目の前の景色が夢でなかったとわかった途端、閉じかけていた目を大きく開いた。

「明美、パパだよ。どうだ具合は?」

「ちょっと、眩暈がする」

「そうか。少し水を飲みなさい」

 僕は義父の言葉を聞いてすぐに自販機へと急いだ。ペットボ

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【短編】『僕が入る墓』(序終編)

【短編】『僕が入る墓』(序終編)

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僕が入る墓(序終編)

 義父が太い縄だけでどうやって奴らを捕まえるのか知る由もなかった。すると、義父がその一つを手に取って僕の足元に大きな輪っかを作った。

「ここに足を入れてみな」

 僕は義父の言われた通りに輪っかの中央を踏みつけた。縄は小さな積み木のようなものに空いた二つの穴を通って、その先には大きな杭が付いていた。すると、義父がその杭を手に持って引っ張ると同時に、僕の足に

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【短編】『僕が入る墓』(後結編)

【短編】『僕が入る墓』(後結編)

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僕が入る墓(後結編)

 しかし後ろには誰もいなかった。

 再び妻の方に視線を戻すと、真正面から突然打撃を喰らった。身体はまるで中国のアクション映画みたく綺麗に宙を舞って台所横の扉のそばに落下した。敵は大した腕力だった。俺は背中を痛めつつもゆっくりと立ち上がって敵の姿を確認しようと目を擦った。しかし、その素早さから敵はすでに配地を変え、自分の視界から消えていた。あたりを見回すも、

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【短編】『僕が入る墓』(中結編)

【短編】『僕が入る墓』(中結編)

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僕が入る墓(中結編)

 部屋に戻ると、網戸のそばに腰を屈めた義父の姿があった。僕には気づいていないようで、必死にセンサーの機械を壁板のどこかに隠していた。すぐ横に生えた草の陰には一匹の足の折れたカマキリが妙な動きをしていた。僕はカマキリがあまり好きではなかった。よく見ると、バッタを捕らえて食べているようだった。バッタはすでに体の半分を失っており、生々しさが余計に気分を悪くした。

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【短編】『僕が入る墓』(序結編)

【短編】『僕が入る墓』(序結編)

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僕が入る墓(序結編)

 救急車に乗り込む頃には、貧血で明美はすでに意識を失っていた。僕は明美の名前を何度も呼んだ。義父も義母も僕の後から娘の名前を叫んだ。すでに止血は済んでいたためこれ以上血が流れることはなかったが、血管が破損していたため緊急手術が必要になった。救急車は夜中の田んぼ道を全速力で走行した。

 義父と義母は手術室の外のベンチに座りながら、膝に腕を乗せで必死に祈ってい

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