マガジンのカバー画像

ショートストーリー

86
短い物語をまとめています。
運営しているクリエイター

#寝る前に読むショートストーリー

迷宮入り。

迷宮入り。

嘘しかつけない日に良い事があった。
正直に過ごそうとした日は怒られた。

嘘をついてはいけませんと教えられたけど、正直なことが良いわけではないらしい。ついていい嘘というのもあるらしい。

嘘をついて、笑って見せた。
正直に泣いた。

朝から、元気に挨拶した。
やりたくないことを断った。
みんなの話題に話を合わせた。
知らないところで起きた悲惨なニュースを消して、ゲームの続きをした。
もう会う気のな

もっとみる
〔ショートショート〕長袖で会う日の話 1

〔ショートショート〕長袖で会う日の話 1

 子供の頃、祖母の家に行くのが楽しみで仕方がなかった。それは小学生時代の夏休みの恒例だった。自宅から二時間半くらいの田舎町。車から見えるのは、退屈な田園風景ばかりが続く道のりだった。「もうすぐ着くぞ」と、眠ってしまった私を起こす父の声が車の運転席から聞こえる。寝ぼけ眼で見えるのは、いつも決まって同じ場所だった。道が大きく曲がる。そのカーブの先には大きな橋が架かっていた。
 「十円橋」。父は、橋の名

もっとみる
〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

 コーヒーゼリーの上からかけた白い生クリームソースが、スプーンの後を追って行く。「苦いのが美味しいね」なんて格好をつけたところで、本当はシロップ入りの生クリームがあるから好きなんだと、後悔した。僕は今日、初めて彼女を尾行した。

 仕事だと思っていたが平日が、急に暦通り以上の連休が取れることになった。付き合って半年の彼女と旅行にでもと思ったが、彼女の方は仕事らしい。だから、僕は以前から気になってい

もっとみる
〔ショートショート〕 友達図鑑

〔ショートショート〕 友達図鑑

 過ぎ去った年月の中に閉じこもるには、理由がある。でも大勢の人が、それを妨害しようとしてくるから煩わしくなって、それから嫌いになった。

 十歳の誕生日に、ボクはその本を盗むことを決めて、17歳のときに実行した。その本は、皆が言うには「みんなの」もので、100ページくらいあり、それほど重たくはない。
 本については常識的な共通のルールがあり、それを守るのが普通のことであるらしい。ネタバレをすること

もっとみる
幼い頃から

幼い頃から

 罪悪感を感じたというのが、はじめて恋を知った日の感想だった。
 その日、はじめて床屋に入った。中学に入学するからと父に連れられて入った床屋にあなたがいた。
 決して手が届かないと思った。けれど、それと同時にふれてみたいとも思った。手を伸ばしたいというより手を引かれていく、そういった感覚だったのを覚えている。

 まだ髭の生えていない頬をカミソリで剃る前に、あなたがゆっくりと撫でていった。冷たい手

もっとみる
〔ショートショート〕        シャボン液のような

〔ショートショート〕        シャボン液のような

 その日、4才のボクはシャボン玉をはじめて見たんだ。
 ストローで変な匂いのする水を膨らませると、風に飛ばされていった。
 まん丸に見えるシャボン玉の中身はボクが吹き込んだ空気で、シャボン玉の外側にはみんなが吸ってる空気がいっぱいある。だけど、同じ空気なのに変な匂いのする水は、ボクの空気だけを丸くしてどこかに連れて行こうとするんだ。母さんは、どこにも連れて行ってくれないのに。
 
 それから一週間

もっとみる
〔ショートショート〕        未来よりも明るい時間

〔ショートショート〕        未来よりも明るい時間

 アイマスクをして眠るキミを見るのが好きなんだ。キミの寝顔を見ながら、一緒に行った旅行先で見つけた振り子時計を思い出す。

 その時計があったのは古い小さな旅館で、駐車場にボクらの車が入るとすぐに女将さんが迎えてくれた。隅々まで掃除が行き届いている庭と、木の葉を風が撫でる音が気持ちが良かったのを覚えている。
 そして玄関を入ってすぐのところに、それはあった。「調整中」と書かれた札が貼ってある大きな

もっとみる
前触れの無く、雪。

前触れの無く、雪。

雨を背負った雪が纏わりつく。
本当はゆっくり掻き回してやれば綿菓子みたいな素敵な雪ばかりができあがるというのに、急かされた空が未完成の雪ばかり降らせている。雨の重さで未完成の雪は、街を嫌な気持ちにさせるだけさせて冷たく消えた。
こんな日は思い出にすら残らないから、さらに嫌になる。園長の猫が死んだ日も、たしかこんな日だった。

原因は分からない。ただ車に轢かれただけかも知れないけど、保育園の裏口のド

もっとみる
虹のくすり

虹のくすり

「虹が出る薬があるって知ってるか?」

 そう言って、ケン君がリスみたいに目を大きくして見せるから僕もつられて笑ってしまう。ケン君はいつも僕の知らないことを教えてくれる。晴天の風の中を洗濯物が泳いでいる。そのすぐそばで、僕らはいつも2人で遊んでいた。
 港のすぐ近くにケン君の家はあった。猫が2匹いる、いかにも漁師をしているといった海と魚のにおいのする家だった。車庫のそばには、漁で使う大きな茶色い網

もっとみる
ポケットにしまった記憶

ポケットにしまった記憶

海岸沿いに見晴らしの良い休憩所がある。
車が20台くらい止められる駐車スペースとトイレ。それと、そこからちょっと歩いていける屋根のついた休憩ベンチ。その一帯を区切るように囲む柵が、青く広がる海の迫力を一層盛り上げている。
天気は、やや曇り。

運転中にかかってきた電話に折り返すために、そこに駐車した。
若者が4台並べて駐車して、車外にでて楽しそうに談笑している。会話の内容までは聞こえないが、最近上

もっとみる
「ある男の日記」。

「ある男の日記」。

×月××日

強い女性がタイプだ。
精神的に、なんて括りを大きくするつもりはなく恥を忍んで言うが、肉体的に強い女性が好きだ。

こんなことは時代にそぐわない、極めて個人的理想だ。
でも、そんな差別的なボクの正直な理想を追求するのは、秘密にしておかなければいけない。

筋肉の発達を促している女性は、美しい。

性格的な強さがあるとエッセンスとしてはたまらないものがあるが、やはり軸になる肉体の強さに勝

もっとみる
卵が先か?

卵が先か?

美味い卵を産み出し続けて、いずれ死ぬ。
その時がきたら何となく理解し、恐怖し、感謝なんてないとしても終わってしまう。
それを残酷だと、声をあげるヤツがいる。
苦しく終わるのは、駄目なのか。
殺す為に生まれては、駄目なのか。
生まれてこないほうが、絶対いいのか。
苦痛は認めても、喜びの可能性は無視するのか。
始まる前なら、殺したことにならないのか。
こんなことを思うのは、冷たいのか。
苦しい最後を予

もっとみる
「なぁ、なんで春は花粉が多いんだ?」

「なぁ、なんで春は花粉が多いんだ?」

「なぁ、なんで春は花粉が多いんだ?」
兎が、となりで両目を瞑っているニワトリを肘でつつく。
「そりゃあ、春だし。なんか新しい生活のはじまりだって気持ちになるだろ」ニワトリが片目を半分だけあけ、また瞑る。
「あたらしい生命の季節ってことか?」
「ちがう」
ニワトリは寝ぼけたままだが、兎はそんなことには構わない。
「なぁって」
「んぁあ。ソワソワするだろ、だいたい。天気もいいし、気持ちも足取りも軽くな

もっとみる
「なぁ、なんでお前は飛ばないんだ?」

「なぁ、なんでお前は飛ばないんだ?」

ある二人の日常

「なぁ、なんでお前は飛ばないんだ?」
兎は同じ小屋にいるニワトリを肘でつつく。
ニワトリは、それを煩わしそうに体を揺すっただけで返事をすまし、また白くきれいな羽を手入れしてる。
そんなことには構わず、兎。
「なぁって」
「んあぁっ、なんだよっ」
イライラしたニワトリが、空を睨みつける。
「あんな汚ねぇ空なんか飛んだら、羽が汚れちまう」

短い物語をよく目にするので、わたしも試しに

もっとみる